第32話 不調=制約×???

『ダンジョンに3人の冒険者が侵入しました

 ダンジョンに2人の巡礼者がやってきました

 ダンジョンに1人の従属希望者がやってきました

 侵入者の撃退に成功しました▽

 ダンジョンに4人の冒険者が侵入しました

 ダンジョンに1人の研究者が侵入しました

 ダンジョンに1人の巡礼者がやってきました

 侵入者の撃退に成功しました▽

 『謎の卵』は成長しています

 ダンジョンに5人の冒険者が侵入しました

 ダンジョンに1人の従属希望者がやってきました

 侵入者の撃退に成功しました▽』




 えー、絶賛大不調のダンジョンマスターです。相変わらずベッドの上でぴくりとも動けません。そろそろお風呂入ったりご飯食べたりしたくなってきました……。

 まぁ『お知らせ画面』は見れるから、ダンジョンの様子は分かるのだけど……うん、巡礼者と従属希望者はね。もう何というか、コメントしようがない。うちは神殿じゃないよ? むしろその対極に位置するよ?

 クラウドと金鬼は、何やら揃って探し物らしい。あまり連絡がつかなくなったのは、裏口を通って外へ行っているからのようだ。身動き取れないから早めに帰ってきてね2人とも。ていうかクラウド。


(……にしても……なんか、日に日にダルさが増しているような……)


 思考操作の練習として、いまだ到達者のいない崖フロアのオプションを色々操作しつつ、侵入者の皆さんのペースで何とか把握する時間経過を考え、そう首をひねった。いや、ひねりたくなった。

 体の感覚はいまだない物の、金鬼との初めての直接対決……その後、死ぬまでの間に似た感じで、零れてはいけない物が滴ってしまっているような、嫌な感じなのだ。


(ここで問題なのは、このままだと私はいずれ、再び死んでしまうという事)


 いくらダンジョンのルールに違反したからと言って、これはあまりにもペナルティが重すぎないだろうか。手応え的に、ダンジョンのルールは公平さだけは徹底されていた筈だ。

 それが、知らずに破るぐらいの物でかなり相当苦しみつつの強制ゲームオーバーとは……。うん、幾らなんでもおかしいだろう。流石にこの世界に疎いとはいえ、これはあまりにも“無い”。


(まぁ、だからこそ、クラウド、とついでに金鬼も、何かを探してるんだろうけど……)


 程よく疲れて来たので操作を終了。開いていた画面を残らず閉じて、回復のための微睡に移る。このうとうとしている間にどれだけ時間が経ったのかが分からない。

 侵入者の皆さんの侵入ペースも昼夜入り乱れるようになってきたから、お陰ですっかり侵入のサイレンにも慣れてしまった。まぁ、熟睡するのは地味にヤバい気がするから良い感じに叩き起こしてくれていいんだけど。


(に、しても……。クラウドは制約を食らってるとか、言ってたけど……)


 そもそも制約とは何だという話だ。いやまあ、字面で見ればなんとなくわかるが、肝心なのはその性質とか管理者とか、そういう細かい所だ。そこが分かれば、何で食らう事になったのかと言う詳細を聞ける筈。

 そして詳細を聞く事が出来れば、妥当かどうかの判断が付くだろう。その判断が付けば、抗議する事も出来る。まぁ、抗議したところで一蹴される可能性も高そうだが。

 何せ大事な物の管理を神本人がやっている世界だ。おそらくこういう契約系統も対応する神が居るのだろう。


(……あれ? じゃあ、その神様に聞けば、一発解決……?)


 ふとそう思ったが……まぁ、普通に考えて、そんな神様は忙しいだろう。貴重な物だから見せてもらうにしても対価が必要な筈だ。時間がかかる筈である。あの2人が時間をかけているのは、むしろ本来の意味でのクエストをこなしているからかもしれない。

 自分の事なのに人に頼りきりと言う状況にげんなりとため息を吐きたくなり、本気で疲れて来たので思考を止める。意識の集中を解いて、うつら、と眠気が軽くやってくるのを待ち、


『――じ? あれ、主ー……? もしかして、寝てるー……?』


 ふと、その間にクラウドからの念話を拾った。気分的に呼吸を整え、再度集中。

 クラウド、どしたのー?


『あ、良かった。いや、良くは無いか。寝る直前だったっしょ主。大丈夫?』


 寝るって言っても熟睡できるわけじゃないしー……。何か進展あったら、そっちの方がいい。


『そか……。ざっくり手短に説明すると、何だ、契約限定の鑑定士兼交渉人が確保できた。でもダンジョン外で画面開けないから、連れて入っていい?』


 ……大丈夫、なんだよね……?


『大丈夫大丈夫。俺も金鬼も目は離さないから。元々そんな気も無ければ戦闘って意味での実力もそこそこな相手だし』


 んー…………。

 ……分かった。でも、崖フロアに繋がってる裏口から帰ってきてー……。


『了解ー。次の報告は主が起きてからにするから、おやすみ、主』


 うん……。

 あ、クラウド……ありがとー、色々してくれて……。


『それが良い配下ってもんだからな! 主には――――』




「『それが良い配下ってもんだからな! 主には武器の恩もあ――』あ、切れた」

「……オイ親父。なンだ今の件……、ッまさか、オレの武器と平気で打ち合えたのは……ッ!?」

「今頃気づいたのか。そうだよ、主特製の専用武器。本人は適当に作った試作だって言ってたけど、ありえない性能だぞ?」

「………………!!」

「血涙を流すな。全力で睨むな。信用が地に埋まって穴を掘るような行いをしたお前自身が悪い」

「……ものの見事に凹んでしまいマシタが?」

「気にすんな、いつもの事だ。それより主から許可が出た。早速案内するから、付いてきてくれ」

「気にするなというなら習いマショウか。しかし、性格がのんびりしているとはいえ、これだけのダンジョンを作り上げるダンジョンマスターを身動き一つとれなくさせる程の制約……はて、そんな物ありマシタかね?」

「俺もそれは気になってるんだよなー。一応、主に警告文を見せてもらったけどいまいち繋がらなかったし」

「あなたから見ても過剰だったという事デスか? それは困りマシタ、正しく判定できるか自信がありマセンね」

「仮にも随一の加護持ちが自信を無くさないでくれよ……。正直あんたがダメなら、それこそ神降ろしの儀をダンジョン内でやらないといけなくなる」

「はは、ご冗談を――」

「いィや、心底本気だぜェ。何せ、マスターの命が現在進行形で零れてッてんだ、必死にもならァ」

「――なんデスって?」

「待て、愚息。お前何でそんな事が分かる」

「むしろなンでオレより上位の配下な親父が分かンねェんだよ……。あるだろォが、マスターの命に合わせて、こっちの命も擦り減ってッてる感覚が。冥府に長くいたせいで鈍ってたら知らねェが」

「ぐぅ……反論できん……」

「待ってくだサイ。その減り方、まさか一定で止まる気配がないのデスか?」

「一定――では辛うじてねェが、マスターが休んでる間はちッとゆっくりになるだけッぽいなァ。止まる気配の方は全く欠片も感じられねェ。間違いなくじきに死ンじまう」

「一応、『黄泉返りチケット』はまだ持っていた筈だし、冥府神様もこの間お茶を用意してたぐらいだから、体さえちゃんと治れば戻れるとは思うが」

「その体が治るかどォかさっぱり不明なんだろォが。しかも制約のキツさから言って、素直に魂が冥府にたどり着けるとは思えねェんだが」

「ぐ、ぅ…………またしても、反論できん……!」

「……身動き不能。術の行使も辛うじて。体感覚の完全な消滅。思考すら消耗対象。生命力の継続的な零落…………」

「…………。ちッと失礼すンぞ、連関契約見廻り官殿」

「気づいて無いな……が、まぁ好都合だ、急ぐか」




 ふと気が付くと、いつの間にか真っ暗い場所に居た。


(夢か。またなんとも最悪な部類だけど)


 現在の状況が現実からかけ離れている事からそう判断。何せ体のあちこちに私の腕ぐらいはある太さの真っ黒い杭が突き立てられ、そこから親指ほどの太さのこれまた真っ黒い鎖が何重にも伸びて、私の体をがんじがらめに縛っているのだ。どう考えても普通は死んでいる。

 喉にも鎖がかかっているらしく息苦しいが、ある意味で現在の状況をそのまま表した夢ともいえるかも知れない。辛うじて目だけで状態を把握するに、どうやら私は杭と鎖で立ったまま磔にされているような恰好らしい。


(真っ暗な中で、私だけがぼんやり光っているのがまた何とも、一層現実感のない)


 ちなみに服は白い……何かだと思う。何せ首すら満足に動かせないうえ、杭と鎖で体はほぼ埋まっているからよく分からない。

 まぁ、現実にこんなことをされれば杭の時点で既に死んでいるだろうから、確実に夢なのだが。


(思考操作の練習ができる分だけ現実の方がマシだ。早いとこ目が覚めないものか)


 とかなんとか思ったのが伝わったのかただの偶然か、ギチリ、と音がして、鎖の締め付けが強くなった。息が少し苦しくなり、全身に痛みが走る。

 にしても、周囲も杭も鎖も真っ黒けなせいで広さがよく分からない。まぁ夢だからそんな物ないのかもしれないが、にしてもこの杭、なんで上に出てる方が尖っているんだろうか。


(……いや、周りと同じ色だけに、地面から生えてきてるのか……?)


 根元は杭と鎖に遮られて見えないから、どこまでも予想でしかないが……だとすれば、まぁ納得ではある。となると、小箱のようなものに押し込まれている可能性もあるかも知れない。


(まぁ、夢なんだからどこだろうと関係ないか)


 早く覚めろ、と思いつつ息苦しさを耐える。

 しかしなんて悪い夢なんだろうか。もしかしたらクラウドが言っていた『制約』という言葉と体の感覚の無さから無意識に想像したのかもしれない。にしたって、息苦しさとか鎖で締め付けられる痛さとか、そんなものまで再現する必要は無いだろうと我ながら思うが。

 杭に貫かれる痛みが無いだけまだましか、と思考を何とか前向きに持って行った辺りで――ふと、恐らく遠くの方に、ぽつりと何かが見える事に気が付いた。


(……光?)


 ここはかなり相当広かったらしい、というのは置いておいて、微妙に揺らいでいるその光に目を向ける。その光はゆらゆら揺れながら……こっちに来てる?

 視界はまだ霞んでいないので、目を凝らしてその光をよく観察。


(色が……2色、かな。大きいのと小さいの……、小さい方が、青色? 大きい方が……金色……)


 いやいや、何で夢の中まで怯えなきゃいけないんだ。とはいえ何だか色々と麻痺しているのか、今の所ちょっとぼんやりしたまま見れている。


(んー……しかし、これ、本当にただの夢か……? なんか、やたら長い上に、現状を表し過ぎ、のような、気が……)


 そんな事を考えつつ光が近寄ってくるのを眺めていた、のだが、途中で何故か追加された鎖によって頭もおおわれてしまった。そのせいでほぼ視界が無い状態となっている。もちろん締め付けもきつくなり、息をするのがやっとだ。

 光が近寄ってくるごとに厳しくなっているとしたら、やはり歓迎できない存在なんだろうか。にしては、なんだか敵意とかそういうのを感じない。


(……そろそろ、だいぶ、近づいてる筈、だけど……金色が、四足……? 青色は、思ったより、小さいな……。位置的に……金色に、くわえ、られてる……?)


 鎖の隙間から光を見る。背景が真っ暗いせいで遠近感が死んでいるが、私の現在の視点よりやや低い位置あたりなら、もうすぐ目の前の筈だ。鎖に遮られて、結局どういう姿をしているのかは分からないが。


(とにかく……もう、息もやっとの上、指一本動かせないんだから、アクション待ちは、確定――)


 やはりその位の大きさだったらしく、2色の光の動きが一度止まる。そちらを何とか見つつ、せめて息だけでも整えようとしていると。


(――だ……っ、ぅ、あ……っ!?)


 ギギギチギチギチ、と軋むような音がして、燃えるような痛みが体の各所に広がった。何、と原因を考えている余裕もない。思わず悲鳴が漏れそうになるが、喉へ食い込んだ鎖がそれを許してくれなかった。

 は、と掠れた息すらも外へ出たかどうか。心なしか目線の高さも上がった気がする。鎖の量は増えて、先ほどまで見えていた光は完全に隠されてしまった。


『ダメじゃないの』


 意識だけは薄れることなく、そのせいで余計に苦しい中、どこか舌っ足らずな甘い声がうっすらと聞こえた。


『あなたはわたくしのモノなのだから。わたくしよりつよくなったらいけないし、わたくしのもってないものをてにいれるのもダメなのよ?』


 当然、とばかり、むしろ子供に言い聞かせるような調子でその甘い声は続ける。


『いまはおしおきしているのだから、くるしいのはあたりまえなの。いたくてくるしくてこわいのよね? ごめんなさいってあやまって、いまもってるものをぜんぶわたくしにけんじょうしなさいなの』


 その声の甘さと内容は置いておくとして――舌っ足らずさだけは、思い当たる節があった。


(お前……っ! あの張り紙の、誘拐犯か!!)


 痛みをすら一瞬忘れ、心の中であらん限りの声をあげる。甘く舌っ足らずな声は数秒だけ沈黙し、


『ゆうかいなんてしてないのよ? あなたはかみさまからわたくしへのおくりもの。だからわたくしのモノなのよ』


 実に実に不思議そうに、何を疑う事があるのかと、心底からと分かる調子でそう返した。

 これではっきりしたことは2つ。私の世界越しの誘拐は、やはりこの世界の神のいずれかが犯人である事。そして――私は今現在進行形で、この甘く舌っ足らずな声の持ち主に、命を握られているという事だ。


(……ふざけるな)

『あら、はんこうてき。まだおしおきがたりないのかしら?』


 その声に合わせ、一段と痛みが酷くなる。息が完全にできなくなり、このままでは窒息してしまうだろう。いや、それ以前に、体が五体満足なままでいられるかどうか。

 だが。


(ふ……)


 そんな物は、無視した。


(……っざ、けるなぁああああああああああ!!!)


 歯を食いしばって心の底から無音の叫びをあげる。それに合わせ、乗せて、この世界に来てから手に入れた力、今現在の身でも操れる唯一の自分の物――魔力を、全方位に爆発させた。


『きゃっ!? こ、この、おにんぎょうのくせに――』

(私は――)


 一瞬拘束が緩むが、すぐさま勢いを取り戻す。その方向を見定めて、さっき以上の圧力でその力を押し返した。触媒どころか何もない状態での魔力操作、とんでもない勢いで魔力が削られていくが、ここだけは負けるわけにいかない。

 合わせて見えなくなっていた金色の光を探す。魔力の先に、何度か直接相対した存在が触れた。相手の方はちょっとどころではなく驚いていたようだが、余裕が無いので無視する。

 触れた部分に魔力をロープのように巻きつけて、一瞬手ごたえを確認。杭の刺さっている場所がどうなるかと考えて、敢えてそれも無視する事にする。

 気持ち悪さから言って残りわずかな魔力を一度収縮し……叫ぶと同時、最初以上の勢いで周囲に叩きつけた。


(――人間だっ!!)

『きゃぁ!!』


 バキン、という何かが割れたような音を確認する間もなく巻きつけた魔力を思いっきり引っ張る。狙い通り金色の光の近くで地面に叩きつけられ、それでも何とか拘束から逃れる事には成功した。


《ちょ、バッ、おま、何やッてやがる!?》

《それより一度離脱しマショウ! 魂は貴方の体で預かればヨロシ!》

《それはそれでオレの理性が、だァくそ、悩ませろせめてよォ!!》


 成功、したはしたが、まぁ何というか思った通りと言うか、体のあちこちの感覚が無い。そしてその周囲が猛烈にどころではなく痛むので――まぁ、スプラッタでは済まない姿にはなっていると思う。

 思う、というのは、痛さを耐えるのに全力で歯を食いしばって目を閉じてるからだよ。息苦しさはちょっとマシになったけどまだ継続してるし!

 周囲を認識する事は出来ないが、どうやら金色の光に乗せられたらしい。体感だけにしても結構なスピードが出ているその上で、ようやく意識が霞みだす。


『いたいわ! ひどいわ!! おにんぎょうなのに、わたくしのおにんぎょうなのに!! せっかくかみさまにずーっとおねがいして、やっともらったおにんぎょうなのに!!』


 甘く舌っ足らずな声が何かを叫んでいたが――

 ――何故だか、その声が聞こえる向こうに、黒髪黒目の、黒いドレスのお姫様が、見えた、気がした。
















死の修行所・獄 ※心折れ注意

属性:無・罠・境界・異次元位相

レベル:2

マスターレベル:1

挑戦者:25714人

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