第28話 条件2 マスターへの興味

【エグゼスタティオ】大掲示板

『第8回心折ダンジョン大反省会

 場所:『心休めに一服』亭 奥大部屋

 時刻:日暮れ7刻開始

 参加資格: 初期組の常識についてこれる事』




「えー、それじゃーただいまよりー、第8回死の修行所・獄 ※心折れ注意こと、心折(ここおれ)ダンジョン攻略、大っ反 省 会! を始めまーす」


 『義兄弟』の三番目、金髪の青年が微妙な声色でそう声を上げた。うおーす、と続く声は様々な色が入り乱れ本当に揃っただけで、やはり食事の音がそのあとに続く。

 宿屋『心休めに一服』の奥座敷とでも呼ぶべき大部屋に集まった冒険者たち。と、いうにはやや異色な人間が何人か混じっている辺り、今日は色々と特例なようだ。

 その様子を見てとって、酒で軽く口を湿らせるだけにとどめた『義兄弟』の一番目、兄貴さんと呼ばれる黒髪の青年が口火を切った。


「……さて、まあ、色々と違和感がある事はあるが、とりあえず各自、言いたい事をあげてみろ」

「なんでぇ、来ちゃいけなかったってのか?」

「はっはっは、相変わらず嫌われたものですねこれは」

「神の啓示があったのだからしょうがない……」

「うむ、仕方がないな」

「てめェらの事だッつの神官ばっか揃いやがッて」


 おやっさん、白い杖の人、灰色のローブに身を包んだ誰か、星蘭の順番で言われた感想に思わず金鬼が憎まれ口をたたく。順番に、鍛冶神、空間神、冥府神、生命神の神官だったりした。しかも何気に全員高位神官だ。


「おやっさんと星蘭さんはともかくとして、後2人は自己紹介、せめて名乗り位教えてもらってもいいか?」


 到底神官とは思えない作業着のおやっさんだが、鍛冶神は本神が質実剛健を推奨している為、立派な神官服である。というか、神官服兼用、という事になっていた。

 トラ耳剣士と呼ばれている青年が促すと、「あぁ、これは失礼しました」と白い杖の人が席から立ち上がった。


「空間神様にお仕えしております神官です。恥ずかしながら、透過杖、の名を神より戴いております。透、とお呼び下さい」

「ほう。失礼だが、名前付きの神官でここに来るという事は、心折ダンジョンのダンジョンマスターを召喚したのは貴方か?」

「恐らくそうかと……。とある方に、一度御業を披露すれば、神殿建設の費用を全額寄進していただける、との話をお受けしましたので」

「あー、それで近くに空間神の神殿が突然建ちだしたのか……」


 その紹介に星蘭が反応。返った言葉に、あー、と言う声が複数上がった。

 空間神の神殿は、中からモンスターが溢れる事こそ無いものの主無きダンジョンを内側に複数抱え持ったり、近くにあるダンジョンを強化してしまったりと色々困りものなので、なかなか建つことは無い。

 というか、建設が始まったらどうしようもなく空間神の神官を頼らざるを得ない事情が近隣の貴族以上の人間に起こったと言っていい。この場合は、金持ちさんこと坊ちゃまだ。

 その騒ぎが一区切りついた辺りで、こちらは見覚えのない灰色ローブが立ち上がる。フードを外して晒された顔は青年の物だが、病気かと見まごうほどに青白い。

 そしてその髪は銀色で、前髪の一房が灰色に染められていた。眠そうにうっすら開いた目は紫水晶のような深い色合いだ。立ち上がった所を見ると、青年というより少年かも知れない。


「えー……、冥府神様にお仕えしております者です……。灰菫の名を戴いておりますので……、そうお呼び下さい……」

「菫、っつゥとあれか、お前古代夜闇族の生き残りッて奴だろォ?」

「はぁ……、まぁ……、一応…………」

「何だ今夜は、千客万来か」

「いや、あの心折ダンジョンがどれだけだって話だ」

「珍しいな、古代種が2人も揃うなんて」

「バカこら、冥府神の神官は記録禁止だ」


 その紹介に反応したのは金鬼。認める声にざわめきが伝播するが、すぐに鎮静化した。


 古代種、とは、神がまだ大地に直接降り立つことができていた時代に、神自ら生み出した種族の事だ。今は隠れてしまった神に生み出された種族は減少の一途をたどり、また神が顕現している種族であっても神殿が建ちにくい種族は徐々に減少しつつある。

 夜闇族は、闇の神に生み出された種族。神の時間を謳歌する種族だったが、高い身体能力と不死性と引き換えに数は増えにくい種族である。

 ちなみに古代種が2人の発言で分かるが、金鬼こと太陽竜も古代種の1種だ。こちらは溢れる生命力の代わりに恋愛観が独特過ぎるらしい。

 閑話休題。


 誰でも知っているが、実物となるとなかなか出会う機会の無い神の神官が勢ぞろい。異例の事態に、兄貴さんがやや目を細めて問いにかかる。


「……で、その心は、やはりセイントブラッドのルール破りの進攻について、情報収集か?」


 核心を隠す事もごまかす事もしない直球の質問に、その場の空気が切り替わる。この場に集っているのは冒険者ギルドランク3~4、つまり、中堅からその上に足をかけた者ばかりだ。

 ダンジョンへの侵入制限は、あの坊ちゃまですら侵さないタブーだ。それを突然やってきて踏みにじったセイントブラッド。そして集まった神官たち。警戒するなと言う方が無理だろう。

 それでなくてもダンジョン消滅権を持っている空間神と冥府神の神官がいるのだ。それだけで十分最悪の可能性は捨てきれない。


「いいや?」


 だが、星蘭は敢えて軽く明るく涼やかな声でその緊張に応じた。


「私は生命神様からの知らせと伝言を伝えに来たまで。知らせは挑む全員に、あのダンジョンに『生命神の宿り木』が根付いたそうだ。もっとも、どの階層かは分からんがな。探してみろ。あと伝言は、金鬼、貴様にだ」

「あァ?」

「一度お話してあげますから宿り木か神殿まで来なさい、だ、そうだぞ?」


 突然話を振られた金鬼は疑問の声を上げるが、まるで生徒を呼び出す先生のような内容に盛大に顔をしかめた。何やら苦手意識があるらしい。

 それを受けて、ぐびりと酒を飲み干してから、おやっさんが口を開いた。


「俺からも単なる予告っつーか知らせだけだな。今構えてる工房を、1年経過で町解禁になった時点で神殿に変える。心当たりのある職人が居るんなら呼んでおけ。以上だ」

「え、本当? やったな兄貴、ルールニス呼べるぜ!」

「あいつの町、いい所なんだけど鍛冶神の神殿どころか炉の1つも作るの難しいからな。きっと喜ぶぞ」

「……幸い郵便配達屋も増えてきた。……明日の昼にでも手紙を出すか」


 ちなみに鍛冶神の神殿は、神殿と言うより公共用鍛冶場と呼んだ方が正しい。

 まだ自前の工房を持たない見習い鍛冶師の修行の場であり、熟練鍛冶師が集まって情報を交換する場所だ。神官長が親方と呼びならわされている時点で色々と一般の神殿ではない。

 わいのわいのという盛り上がりも一段落したタイミングで、透、と名乗った空間神の神官が口を開いた。


「こちらとしましても、さほど大きな知らせでもありません。神殿の方が近日中に完成いたしますので、心折ダンジョンの1年経過日と合わせ、開殿の祈りを捧げる事に致しました、というだけです」

「それでも普通は十分大事だがナー」

「心折ダンジョンに関しては救済策に見えるから不思議だなぁ」

「ちなみに、神官長は不足ながら、私が勤めさせていただきます」


 納得と了承の声がわらわらと上がる。厄介とはいえ神殿は神殿だ、数少ないとはいえ信者は巡礼しに来るだろうから、その分【エグゼスタティオ】が大きくなる助けになるだろう。

 んで? という感じで視線が集中するのは、灰菫と名乗った冥府神の神官。もそもそと外していたフードをかぶり直し、口を開く事には。


「啓示により心折ダンジョンの近くに神殿を建てる事となった……。のでその下見と住人の希望を聞きに来た……」

「……それはまた、冥府神も関心があるようだな。……まぁ、死者を一切出さないダンジョンなど初めてだろうから、当然と言えば当然だろうが」

「我が神はあのダンジョンのマスターにいたく感謝なさっている……。ダンジョンによる死者は増加の一途をたどっていた……」

「ダンジョン内部には生命神の宿り木、ダンジョンの近くには冥府神の神殿、はッ、随分豪華になってきたじゃねェか」


 ちなみに冥府神の神殿の主な役割は、墓の管理と葬儀屋だ。基本的に死者は全て冥府神の神殿で荼毘に付され、一握りの灰だけが一か所に集められて管理される。そのほか、ゴーストなんかの浄化も冥府神の神官の仕事だ。

 空間神の神殿が近くにあるとその骨に残った未練や屋根に溜まった不浄の念なんかがダンジョン化してしまうのだが、そこは神官長の腕の見せ所である。

 ……滅んでしまった町なんかでは、冥府への入口を閉じる儀式をしなかった/できなかった冥府神の神殿が元となってアンデッド系ダンジョンが展開されていたりするが。

 1つは必須だが、うっかりしてしまうと大変な事になる神殿。なので、普通は郊外に建てられる。が、この【エグゼスタティオ】は発展途上だ。現状ではどこに建てても中心部のどこかになってしまうだろうから、それで希望を聞きに来たのだろう。


「……だが、それを聞くなら女将の方がいいだろうな。……もしくは交易人の寄合所か、乱立しだした食材屋のまとめ役だろう」


 ただ、ここにいるのはほぼ冒険者ばかり。問題となるのは普通に生活している人間相手なので、多少場所が間違っていると言えなくもない。それもそうか、という感じで頷きを返す灰菫。


「まぁどこがいいかって言われたら、空間神の神殿と町の間のどっかなんだけどさ?」

「それは確かに、建ってくれたら安心は安心だが。あっち方面にはあまり広がってないし」

「距離の中間ぐらいなら十分な距離だと思うけどなぁ」

「まぁ俺らの都合だけで決める訳にもいかないしナー」

「一通り聞いて回ってみる……。がその意見も参考にさせてもらう……」


 またこっくりと頷いてそんな事を言う灰菫。ただ住人も似たようなことは言うだろうから、立地は決まったようなものだろう。

 神官達からの用事が終ったところで、ふむ、という感じで再び兄貴さんが口を開いた。


「……まぁ何だか気がそがれてしまった部分もあるから、真面目な討議はまた今度という事にしておこう」

「あれ、いいの兄貴?」

「微妙に同意。術師も多かったからいつ破られてもおかしくないしな」

「で、真面目な討議は先送りって事になると……あれかなぁ?」

「あれだろうナー」

「あれか」

「あれだな」

「だから板があったんだな」

「本来は裏を使う予定だったんだろ」


 場の空気がじわりと変わる。期待感の高まる中、兄貴さんはしっかり溜めて、宣言した。


「……――今来ている軍の奴らの、心折ダンジョン攻略進度トトカルチョだ」


 ぃよっしゃぁあああああ!! とか、待ってましたぁああああ!! とか歓声が爆発し、なんとフロア数単位で予想が大きな板に書き込まれていく中、金鬼は眉間にしわを寄せて、ぼそっと一言。


「だァれもクリアに賭けねェどころか、そもそも選択肢に上がってねェ辺りが心折ダンジョンだよなァ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る