第26話 変化/心当り=勝手

『――――――――――――――――――――――』




「んー……っ、あー、よく寝た……」


 どれくらい時間が経ったかは不明だが、息苦しい感じはほぼ無くなった。頭が多少痛いのは、あの頭痛が残っているのか寝過ぎなのかは分からない。

 やはり体を伸ばして眠るというのは良いものだ。長らく電車の椅子でしか寝てなかったからすっかり忘れていた。大きく伸びが出来るのも良し。うん、ふかふか布団は素晴らしい。


「……けど問題は、ここからな訳だ」


 伸びをしてベッドの上に起き上がり、やっぱり見知らぬ部屋を見回してため息を1つ。

 そう。結局何も解決していないのだ。そもそもこんな可愛いパジャマでうろつける訳がない。いつの間にか右手の腕輪が外されてしまっているし。


「ペンダントは……あるか」


 胸元を探ればいつの間にかしっくりとなじむ鎖の感触はあった。それを手繰って先を引っ張り出し、一度タッチしてみる。


『―――――――――――――――――――

 ダンジョンにセイントブラッド国【釩杖隊】第4部隊が侵入しました

 ダンジョンにセイントブラッド国【釩杖隊】第5部隊が侵入しました

 ダンジョンにセイントブラッド国【釩杖隊】第6部隊が侵入しました

 ダンジョンにセイントブラッド国【釩杖隊】第7部隊が侵入しました

 ダンジョンにセイントブラッド国【釩杖隊】第8部隊が侵入しました

 ―――――――――――――――――――             』


「って、まだ侵入すら終わってないとか……」


 全く一体何人来るんだと言いたい。いや、それとも気を失っていた時間が思ったより短かったんだろうか。ずらずらと並ぶ文字を見ていると、また気持ち悪さがぶり返してきた気がする。とりあえずお知らせ画面を閉じて、ペンダントをパジャマの中へ。

 さてどうするか、と改めて部屋の中を見回して、床は全面カーペット敷きであることに気が付いた。手を伸ばして触ってみると、毛足は短いながらもふわふわと柔らかい。これなら裸足でも大丈夫だろう。

 とりあえず頭の方の壁に置いてある4段の引き出し箪笥を目指してみる事に。ベッドに腰掛ける形で足が動くことを確認して、そろりと立ち上がる。うん、こけたりはしない……な。

 で、向かった先の4段引き出し。適当に1段目を開けると、


「……誰の趣味だこの女の子色……」


 思わず脱力してしまう、白とかピンクとかで埋め尽くされた中身だった。形から見るにシャツのようだが、うーん。

 とりあえず2段目、3段目と順番にあけていくと、やはり中に入っていたのは服で間違いない。ただ、どうしてここまで乙女な色に染まっているのか。ていうかフリルが見えた。もっとシンプルなの下さい。


「私みたいのがこんなん着ても似合わないだろに……誰チョイスだ一体……」


 一通り中身を確かめて戻した引き出しを前にため息を1つ。腕組みをして考えてみるが、まさかクラウドではあるまい。かと言って女神様達が干渉するかというとそれは無いだろう。とすると…………


「……ダンジョンのオートチョイス、か?」


 まぁ、それこそ有り得ないとは思うが。それを言うなら、この快適謎部屋はどこから出て来たかを追求した方が先だろう。どうも部屋の雰囲気とかから察するに、この服はこの部屋のセットのようだし。

 頭をかいてベッドに戻り、ふちに腰かけてペンダントを取り出す。表面をタッチすると、当然ながら怒涛の勢いで文字が流れるお知らせ画面が表示されるが、


「はいはい、後で後で」


 即座に閉じて文字は見ない。

 代わりに呼びだしたのはダンジョン管理画面。これには色々な機能があるが、マスター、つまり私の現在位置も表示されるのだ。最奥の部屋のある第一層を表示して自分の現在位置を探す。


「電車、ある。『精霊神の別邸』、ある。『生命神の宿り木』、ある。即殺通路横・縦、ある。迷路回廊、ある。壁面スティックパズル、ある。フロアは増えてないし……んん?」


 だがしかし、幾ら見ても自分は表示されていない。まさか、と思いつつ他の階層を見てみるが、やはりそちらにもいない。


「どーいう事?」


 しばらく、侵入者だろう赤点が大量に動いている第二階層をぼーっと見ながら考える。まぁ、見ている間に増えては消えて行っているから、侵入は終わっていないものの仕掛けは上手くいったのだろう。

 それにしても、一体何がどうなっているのか。ダンジョンはダンジョンマスターを倒す事でクリアとなる。クリア不可能なフロアや仕掛けは作れなかったから、もちろん私の脱出や到達不可能な場所への移動も不可能な筈だ。

 となると、やはりこの謎の部屋はダンジョンの中のどこかという事になる。しかし、ダンジョン管理画面にこの部屋どころか私の居場所は表示されなかった。


「……もしかして、生活用の特殊空間、とか?」


 正確にはダンジョンではない、としたら、ダンジョン管理画面には表示されなくても仕方がないだろう。しかしこの場所に引きこもっていられる訳では無い筈だ。きっと無理やりにでも外へ追い出される仕組みがある。

 あの侵入時に鳴り響くサイレン。ダンジョンマスターを叩き起こす目的で鳴り響いているなら、もしかしたら、侵入者が特定位置に来たら強制的に追い出されるのかもしれない。ダンジョン内ワープなんてものがあるくらいだ。ある程度それを強制できるシステムがあってもおかしくはない、か。


「だと、すれば……その、召喚後の位置っていうのは表示される筈、か」


 そして探すのは転移陣。階層移動用に設置したものを除いて探すと、


「成程、これだな」


 こっそりボス部屋、と呼んでいる、あの金鬼との戦闘になった部屋に、設置した覚えのない魔法陣が置いてあるのを発見した。タッチしてみれば『ダンジョンマスター出現地点』との表示。これでおそらく間違いないだろう。

 オブジェクト詳細を呼び出し、どこへ繋がっているのかを確認する。珍しく……というか、初めて、画面の上に砂時計が浮かんだ。そんなに重いのか。ていうかそもそも砂時計なのか。

 数十秒待って表示されたのは、賃貸案内なんかで見る見取り図風の画面。ちゃんとダンジョンマスターが居る事を示す矢印もついていた。マップ名を確認する為に視線を左上にやれば、


『居住空間:マスター専用』


 との表記が。やはり生活用の特殊空間らしい。

 内訳としては正方形の全体図に、左上の内側に一辺3分の2ぐらいの正方形の部屋。その部屋の辺を取るように長方形の部屋が2部屋。下の部屋はやや狭く、右下にもう1つ小さめの部屋。

 その合計4部屋の構成のようだ。窓が無いからわからないが、ここは自力で広げるというのは無理がある気がする。残念だが、ここを変えたければ職業ポイントを使うしかないのだろう。


「……右下の部屋は、出撃部屋なのか。転移陣が設置してあるし。となると……横の部屋は浴槽とかか?」


 部屋の部分をタッチしてみれば、浮き上がって拡大される。右側の長方形の部屋は廊下から繋がる小部屋がたくさん繋がっているようだ。その数は4つ。ダンジョンの限界階層数と同じなのは気のせいでは無いかも知れない。

 で、下側の小さ目長方形はやはり廊下が繋がり、風呂やキッチンと言った水場周り。生理的な物の方は、おそらくダンジョンマスターになった時点で必要なくなっているから設置されていない、という感じか。


「まぁ、食べてるのに出ないっていうのにも慣れたしなぁ……」


 そもそも最初はその食べる物すらなかった訳だから、こればかりは純然たる慣れだ。

 しばらく画面の中をうろうろとして、機能を手探りする。途中でまた眠気がやってきたが、目をこすって我慢。

 とりあえず分かったのは、小部屋はそれぞれの階層を詳細に見て管理するための階層別管理部屋、ダンジョンマスターが居る部屋の編集は不可能、そして今まで罠を出していた職業ポイント交換画面に並ぶ品が、生活雑貨と食材に切り替わっている事を確認した。


「…………最初にこの部屋に気づいていれば、飢えずに済んだのか……」


 あのひもじい日々はなんだったのか。拉致をするならするでせめて説明書をつけろ犯人の阿呆。

 若干涙目でそんな事を思いつつ品物の一覧を見ていく。うーん、何というか、流石生活雑貨。ポイントがほとんど一桁だ。そりゃあ手ごわい侵入者1人当たり30Pしか入らないのだ、普通の交換レートはこんな物だろう。

 しかしこういうのを見ていると【料理】とか【裁縫】とか欲しくなるな……生存最優先だからそんな余裕は無い訳だけど。……いや? 毒餌だって料理じゃないのか?


「いやいや、素直に【調合】とかを取ろう」


 脱線しかけた思考を頭を振って元に戻す。とりあえず服の一覧に戻り、まずはせめて替えの肌着を、と思ったところで、単位が2つある事に気が付いた。


「Pは職業ポイントとして、E?」


 Pの方は多くても2桁だが、Eという表示の方は5桁近くいっている物もある。考えるに、こちらの世界の通貨、だろうか。銀貨と銅貨にはそれぞれよく分からない図形が描かれていて、単位は分からなかったのだが。

 だが仮にこちらの世界の通貨だとして……どうやってこの引きこもりに稼げと言うのだろうか。誰かしらと契約して、ダンジョンのお宝を外へ売り払ってもらうしか思いつかない。

 が、今の所そんな相手はクラウドだけだし、うちの大事な戦力である以上おいそれと外へは送り出せない。そもそも、契約をしている=敵という認識でフルボッコにされる可能性も高いだろう。危険だ。どう考えても危険だ。

 それに、契約能力は半年を過ぎた時点で解放された。それ以前のダンジョンマスターではどう考えてもEは稼げないのではないだろうか。


「んんー?」


 ……いや、そうやってポイントを消費させるのが狙い、か……?

 とか何とか疑心暗鬼になりつつあったところで、ふと気づく画面上のもう一つのアイコン。今色が暗くなっているのはカゴの絵で、その横に、リストのような絵がついている。

 てん、と指でタッチしてみれば、2つのアイコンの明暗が入れ代わり、画面自体も切り替わった。横に細長い枠がずらりと並び、その左側には『持ち物一覧』という略されたアイコンがアイテムボックスのように並ぶ枠と、『出品設定確認』という3つの入力欄に確認というボタンの枠。


「いや、ダンジョンマスターが誰相手にオークションするんだっての」


 オンラインゲームで出てくるようなオークション出品画面を見て、思わず突っ込みを入れてしまった。しかし、Eを得る方法は分かった。ここにダンジョンで生成したお宝を入れて、どういう人種だかは知らないが、こちらの世界の人たちに競り落としてもらう。

 ダンジョンマスターはEを入手でき、参加者はダンジョンの宝を金で手に入れられる。なるほど、WinWinな取引なわけだ。

 が、単純にそうもいかないだろう。なにせダンジョンの宝と言うのはひどく貴重だ。それをほいほい放出してしまえば当然値は下がり、また高品質な物が溢れかえるという事で攻略速度も上がってしまう。


「うちの場合、上限で鉛コインガチャの景品までかな」


 ちなみに、ガチャのランクは魔石>白金>鋼銀>鍛鋼>金>銀>銅>鉄>鉛>錫の10段階ある。下から2つ目のランクまでとした判断基準は、兄貴さん達なら鉄ガチャぐらいまでは辿り着けると思ったからだ。

 え、酷い評価だって? いやいや、鍛鋼ガチャになると十分普通の戦いではオーバーキルな手札が混じりだすし、金ガチャですらマジックアイテムが混じる。銀ガチャにたどり着けるだけでもすごいよ?

 というか、鍛鋼以上はそもそもコインを入手する所から鬼難易度だし。それ以下であっても、コインはあってもガチャが無い、という状況だから、頑張れとしか言いようがない。


「なにせ、引き返さなきゃいけないからねー……本格的な迷宮になったこのダンジョンを」


 まぁ、パーティメンバーを先行させ、コインを入手ししだいダンジョン内召喚とかすればあっさりガチャは成立するんだが。

 しかしまぁ一応クラウドに相談しておこう、と思って、腕輪が無い事に気づき、


「……あの部屋使えばいいんじゃね?」


 と、とてとて部屋を移動した。




 向かったのは階層別に管理できる小部屋の、第2層担当の部屋。今は入り口になったこの階層のややこしい所にクラウドはいる筈なので、真ん中に設置されたリアルタイムで動き続けるダンジョンジオラマを覗き込む。

 ……何となく騎士だったり魔法使いだったりする人形がわらわら動いているのを見るのは楽しいかも知れない。これもつつけば何か出るのだろうか、と、離れた所で1人うろうろしている騎士っぽい人形をそっと触ってみた。


『なっ、なんなんだこのダンジョンは……っ! 何故こうも我らの進攻を予見していたような階層が入り口になっているのだ!!』


 涙目ですな、騎士様。その様子だと命からがら、小隊とかの中で1人生き残った感じか。あ、そっちは落とし穴だらけの曲がり角だからあぶな


『ぎゃぁああああ!!』


 あー、沈んだか。

 しかし触ると声が吹き出しで表示されるのか。これはこれでまた面白い。てん、てん、とあっちこっちの兵士さん達をつつきまくってみる。


『明らかに貧乏くじ引いたんじゃないのかこれー』

『ひっ! ……な、なんだ、ただのもよ――ぐはぁっ!!』

『何でまた国王は突然こんな秘境に軍を派遣したのかと思ったが――』

『あぁ、これは俺たちが対処するに値する』

『罠があったり無かったりやっぱりあったり……、勘弁してくれ!』

『……まさか、そのうち条件付きの通路とか出てきやしないだろうな……?』

『行き止まりか。これで何度目の引き返しだ』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

『これで……1F、だと……?』

『いいい今、冥府の、冥府の使いが! 冥府の使いが壁から見ていた!!』

『あれ、ここ、さっきも通ったような……』

『は、腹が減った……。だが、装備のためには、これを食う訳には……っ!』

『地図はどうなんだ? くそ、この通路、曲がってやがるのか!』


 うむ、思惑通り踊ってくれて満足です。一部危機感を感じる発言や見事に心が折れてしまった発言があるが、まぁ、概ね予想通りだ。そのままうろうろし続けろ。

 ちなみに冥府の使いとはクラウドの事だと思われる。一部をマジックミラー仕様にして、ちらりと姿を見せるだけなのだが、うん、やはり効果は高いようだ。

 って、いやいや、今はクラウドだ。確かさっき目撃発言があったから、その辺りを探してと…………あ、居た。色が違うからわかりやすいな。

 とりあえず、てん、とつついてみる。


『しっかし主、いつになったら起きるんだか……案外寝坊だな』


 ……うるさいな、ふかふか布団は偉大なんだからしょうがないじゃないか。


『侵入者の方も途切れないし、あー暇。もうちょっとポイント使っちゃおうか』


 ちょっと待て、何勝手に使おうとしてる?


『いーよなー、この試し切り人形とか。人数いるから細かい数字とか気にしてらんないだろ。後は……そうだな、剣の手入れキットもなかなか……』


 おい? おーい、クラウドー?


『……厳選、超高山食用植物、詰め合わせ……!? こ、これが、たったの90ポイント、だと……!?』


 金鬼1人分はたったとは言わない!!


『これは…………買いd』

「クラウド?」

『っのぅわぇばばば!?』


 なんだその謎すぎる驚きの声は。


『あ、主起きたのか! いやー良かった! いつ目覚めるかと心配してたんだ!!』

「の割に楽しそうに買い物してたね」

『………………』

「ポイントも結構使ったみたいだね?」

『いやあの、つ、使ったって言ってもぶっちゃけ主のその部屋に使ったっていうか、そう、必要不可欠なものに使ったわけで』

「厳選超高山食用植物詰め合わせが?」

『………………………………』


 ぴきーん、と動きを止めている人形に、にっこりと笑いかけた。


「クラウド。ちょっと、おはなし、しようか。……上がってきて?」




死の修行所・獄 ※心折れ注意

属性:無・罠・境界・異次元位相

レベル:2

マスターレベル:1

挑戦者:――――(カウント中)

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