第14話 定数1 マスターの性格考察

「えー、それじゃーただいまよりー、第5回死の修行所・獄 ※心折れ注意こと、心折(ここおれ)ダンジョン攻略、大っ反 省 会! を始めまーす」


 例によって『義兄弟』三番目の金髪の青年が、やけっぱちのように声を上げた。ぅおーす……。と若干元気のない揃っているだけの声が上がり、しかし食事の音は変わらずそのあとに続く。

 例によって宿屋の大部屋で、常連さん達と呼ばれている冒険者が集合している。今回は兄貴さんと呼ばれている黒髪の冒険者も無理に食事を止める事なく、しばらく黙々と手を動かした。


「……さて、いつまでも現実から目をそらす訳には行かないだろう……。頼んでいいか」


 やがて頃合いを見て、兄貴さんがおもむろに大部屋の角に向き直ってそう聞いた。聞かれた方は口を付けた杯を飲み干してから返答する。


「ンだよ、来ちゃァ悪かったかよォ?」

「……そういう訳では無いが」

「いちいち面倒くせェなァ。あの通路抜けたから情報やろうと思って来たってェのによォ」

「……そういうところがだな……お前は自分の威圧感をもう少し自覚しろ」

「してるつもりしてッから、普段は寄らねェんだろォが」


 今回のは不可抗力だっつゥの。と付け足して更に杯を呷る金鬼。いつもの飄々とした様子と比べて苛立ちが多分に入ったその姿に、そういえば、とトラ耳剣士と呼ばれている獣人の青年が貧乏くじを引いてみた。


「そういうお前はどういう死に方したんだ? あの通路以上の罠というとかなり、いや絶対想像したくはないが」


 集まった冒険者のほぼ全員が心の中で(無茶しやがって……。だが、お前は勇者だ!)と声を揃えている中、殺された瞬間を思い出したのか、金鬼の周りの温度が若干下がった。

 じりじりと無意識に戦闘時の緊張感が満ちていく中、更に杯を空にした金鬼は、ぼそっと一言。


「……王族が国をつぶしても出来ねェような豪華な死に方だった」


 数秒、緊張感もチャラになって、空白がその場を支配した。

 その間に金鬼は更に杯を傾けようとして、中身が空であることに気づいた。それを机の端に置いて、ため息とともに次の言葉を吐き出す。


「お前らよォ。……仕掛け通路に隠し扉があったら、まァ入るよなァ?」

「……入るな」

「入るだろ」

「入らないとかないだろ」


 その言葉に『義兄弟』の3人が次々答える。周りの冒険者も、うんうん、と頷いて同意を示した。

 それをフードの奥の金眼で眺めて、金鬼は次の言葉を吐き出す。


「そん中にィ、一抱えもあるような魔石がゴロゴロ転がってたら、まァ喜ぶよなァ?」

「むしろ歓喜して踊りだすかなぁ」

「罠だらけなのが分かってても飛び跳ねて喜ぶナー」


 全員が、「何を当たり前な事を」という顔で、うんうん頷くのをまた金眼で眺め、


「…………その魔石が、1個残らず爆発して、避けれッかァ?」


 はぁぁぁぁぁ、と、正真正銘のため息をついて、最後の言葉を継いだ。

 その言葉が全員の頭に染み込むまで、数秒かかり、


「……待て、一抱えもあるような魔石がゴロゴロ、って事は10個以上、全部爆発しただと!?」

「ちょ待て何考えてんだあのダンジョンマスター!?」

「もったいないどころの話じゃないよな!? 島すら作れるよなそれだけあったら!?」

「それが爆発って事は、お前1人殺すためだけの使い捨て爆弾扱いだったって事だよなぁ!?」

「意味が分からないどころじゃないんだナー!! 最強に心が折れる仕掛け過ぎるんだナー!!」


 ぎゃあああああ、と、まさに阿鼻叫喚の騒ぎとなった。勿体ねぇええええ!! とか、ありえねぇえええええ!! とか、そんな言葉が特に繰り返して叫ばれている。

 そんな、全員が全員【混乱】のバッドステータスを受けたような騒ぎの中、金鬼は心なしか死んだような眼で、更に呟く。


「ちなみにィ」


 ぴたり、と不気味なほどに騒ぎが静まり、全ての視線が金鬼に集中する。


「通路を抜けてすぐ、広い部屋が1つあったんだがァ」


 じーっと視線が集まるのを完全にスルー。というか、ここまで来たらからかいの域で眺め返し、


「その真ん中になァ」


 無駄にためてためて、更なる爆弾を投下した。


「この宿よりデッケェ魔石があったぞォ?」


 ビキリ。

 そんな音がして、空気が完全に凍りついた。

 その凍りつき具合は、静かな事に気づいた女将が部屋をのぞき、思わず暖炉の火を入れる程だったという。




 全員が落ち着くまで、優に半日もかかった。ので一度解散とし、宿屋に泊って夜を明かして、翌日。

 やっと金鬼による最初の通路以降のダンジョン解説が始まって終わって、その当人が山のような料理に集中している間に交わされた会話。


「……あのボタンが正解だったとは、な」

「確かに言われてみれば、ずっと変わらずあるのが正解だよな」

「そんなこと言われてもあれだけ天井怖いって刷り込まれれば誰だって避けるだろ!?」

「それはともかく、ボタンを押した直後に床が開いてしかも落ちてくる縄梯子は例によって即殺仕様……普通に死ねるなぁ」

「金鬼が通ったから、絶対梯子とかボタンとか、変更加えてくるよナー」

「横に落ちてくる棘天井って何なんだって話だろ……」

「あぁ、避けれる気がしないな」

「普通に槍とか矢が飛び出してくる中でだろ? 全く避けられる気がしない」

「しかも足場は少し間違えれば即落下の即殺仕様の縄梯子のみ。詰んでるな」

「……万が一そこを抜けて、一番最初に目に飛び込んでくるのがこの宿よりでかい魔石か……。……確実に足元に何か仕掛けられてるな」

「一定時間そこに居る事で発動する罠だっけか。無い訳がないな。動けるかどうかは別だとして」

「あーいう罠は見つけるのが難しいんだよなー……絶対、気づいた時には既に遅いんだ、例によってさ」

「しかも崖って言ってたよなぁ。スイッチ付きの仕掛けが一面にある壁といい、何というか、大掛かりになった凶悪さっていうのは最悪だよなぁ」

「金鬼が行ったっていう条件付き通路の迷路も大概だけどナー。あんなの普通は3本も通れば引っかかるよナー」

「そして神経を削られたところに魔石の小部屋。だがしかし使い捨て爆弾扱い。……心が折れるな」

「俺見ちゃったんだよ、金鬼が強制送還された直後、膝付きそうになったの気力で耐えてたの」

「魔石爆殺の帰りだろ。そりゃあ心が折れそうになってたんだって……むしろ復活した金鬼半端ない」

「でも、スルーなんて出来る訳がない。たぶん、分かってても何度だって引っかかるぞ、俺たち……」


 わいわいと続く騒ぎが大方脱線しだした辺りで、金鬼が食事を一旦終えた。酒の瓶へとその手が伸びた所でぴたりと止まり、その視線はドアへ向かい、手は剣を抜ける位置に添えられる。

 1人静かに警戒している――ように見えて、実は騒いでいる最中の冒険者たちの方もそれぞれの得物を手元に引き寄せていた。盗賊係と呼ばれている彼などスローイングナイフをドアから見て死角の位置に並べ終えている。

 全員恐ろしく危機察知能力が高いが、それは全て心折ダンジョンに挑み続ける事で養われたものだ。むしろあのダンジョンでは、最低このくらい出来ないと話にならない。

 なので、


「全員大人しくぎゃぁあああ待て待て待て待て何で迎撃できる!?」


 ドアが開くと同時、窓から天井から襲いかかった刺客たちは瞬時に叩き伏せられ、ドアを開けた代表者らしき男に至っては5人がかりで切っ先を向けられ指一本動かせない始末。

 とりあえず冒険者たちは刺客一行を部屋の中央に集めて身動きを封じ、ふと互いに目を見合わせて、


「……何でと言われても、これが心折ダンジョンへ挑戦する為に最低限必要な技能だからだが?」

「出来なければ本当に死ににいくだけだからな」

「大丈夫大丈夫、20回も挑めば出来るようになるって!」

「そんなに自力蘇生アイテムが用意できるかっ!!」

「俺らは用意したけどなぁ」

「最高の修行所だよナー」

「おかしい。話がかみ合わない」


 『義兄弟』に続き、『素早さ宣言』があっさり答えた言葉に頭を抱える刺客の代表者。

 結局動く必要が無いと判断して酒を飲んでいた金鬼はその時点で立ち上がり、ジョッキ片手に代表者を見やった。


「ッで、てめェらなンだ? ……って、おォ、珍しい所で見たなァその顔。あれ以来“お転婆”は元気にしてッかァ?」


 呆れた声は途中で驚きに代わり、最後はにやりとした笑みが添えられての問い。後ろから近づかれたせいで誰だか顔が見えない筈だが、その内容に凍りつく代表者。

 誰とは言わず、包囲している冒険者から「こいつら何?」という問いの視線が金鬼に集まる。ジョッキをぐい、と飲み干してから、金鬼はその問いに答えた。


「クラン『天秤は誰が手に』。の、黒皿組ご一行様だなァ」

「……あぁ、あのはた迷惑クランか」

「黒皿って事は被害が大きい方か」

「何の用だよ迷惑だな」

「襲われたのは確かなんだからギルドに突き出してみるかなぁ?」

「宿の窓と天井も弁償させた方がよさそうだナー」

「なんだ、また迷惑野郎どもか」

「手間取らせるなよ迷惑野郎」

「飯の邪魔すんな迷惑野郎」

「って言うか何で来たんだよ迷惑野郎」

「そこまで言わなくてもいいだろう!?」


 言葉による集中攻撃に、もはや代表者は涙目だ。

 が、全員の注目が集まったのを好機ととったのか、咳払いを1つ。きりっ、と真面目な顔に切り替わり、


「実は我がクランに、情報神からこのダンジョンの存在が教えられたのだ。よってその情報を買い取りたい。具体的には『あーいう罠は見つけるのが』以降の情報に、100万E出そう」


 何か語りだした。ちなみにEとは大陸共通の通貨単位で、エルと読む。普通一般人の年収が40万E。1E=10円ほどだ。

 100万Eといえば、情報量として出すにはかなりの額だ。買い取り、という事は他に売るな、という意味が含められるので、これ位出してもいいと判断したのだろう。

 その金額に、情報提供者である冒険者達は軽く目を見合わせ、何となく『義兄弟』の方に目をやった。答える事を要請された『義兄弟』はしばらく考え、


「……安いな」

「うん、安いな」

「安いのか!?」

「だって俺らが見つけた魔石、結局300万Eだったし?」

「はあ!?」


 代表者に結局、更なる驚愕をもたらした。


「お前ら、装備がよくなったと思ったら1人頭100万も入ってたのか、羨ましいなぁ」

「本当にナー。あれ以来魔石は1個も見つかってないしナー」

「……見つけた、というか、掴まされた、という感じなんだが」

「今から考えるとありえない位難易度低かったもんな」

「まさかと思いつつ、もしかして価値を探る為にわざと放出したんじゃ? とか思えてしょうがないんだぜ……!」


 すっかり白い灰になっている代表者をほったらかして進む会話。その最後の一言に、席に戻って酒を飲んでいた金鬼の手がふと止まった。


「もしかすっと、そのとォりかも知れねェなァ」

「「「?」」」

「だって、流石に有り得ねェだろォ。隅から隅まで常識が欠片も見当たらねェんだぜェ? 物を知らないガキじゃァねェだろォが、ほとんどそれに近いってェのは有り得るんじゃねェの?」


 その言葉に召喚されるは重苦し過ぎる沈黙。流石に自分たちが散々心を折られそうになったあのダンジョンのマスターが、子供かそれに近いというのは受け入れるのが難しいようだ。

 だがしかし、それを事実だと仮定してみれば――


「……言われれば、過防御なのも頷ける、か……」

「大の大人、それもがっつり武装した男が、わらわら殺しに来るのを考えると……確かに、加減なんてできないな……」

「俺、町に悪がき集団がいたから知ってるけど、子供って、本当物覚えるの速いんだよな……」

「武器や防具や道具より、食い物優先するよなぁ……」

「自分より大きなモンスターは、召喚したくないだろうナー……」


 ――思い当たる節が、出るわ出るわ。

 そもそもダンジョンマスターとは、ダンジョンコアを持った知的生命体の事を指す。普通はダンジョンコアを手に入れられる時点で相当な力を持っていなければいけない筈で、それ故ダンジョンマスターがダンジョン内で最強なのが普通だ。

 中には自分が戦うためにダンジョンを開設した戦闘狂もいるくらいで、そのダンジョンはダンジョンマスターと戦う、それだけの機能しか有していない。ダンジョンコアを手に入れた時点で上位存在へと『転生』するので、その能力は空恐ろしいものがあるのだが。


「女子供の可能性は十分あるって事かァ。こりゃまたやりにきィ相手だってのに気づいちまったなァ」


 ちなみに、金鬼はそんなダンジョンをクリアしたことが2回ほどあったりする。クリア当時は金鬼自身が強くなるためにダンジョンマスターになるのではないか、と大変危惧されたらしい。

 ダンジョンコアそれそのものは魔石の上位互換の上位互換の上位互換ぐらいの代物なので、ギルドに売れば人々の糧として消費され消えてなくなる。普通はそこで3代遊び暮らしても使いきれるか怪しい金額が手に入るのだが。

 刺客たちは相変わらずほったらかしのまま、妙に気まずい沈黙がその場を支配した。いつ溶けるとも知れないその沈黙を破ったのは、


「……まァ、女なら求婚してみっかァ。好みドストライクの性格だしなァ」

『っなにぃいいいいいいいいいいいい!!!??』

「あァ? 子供みてェな臆病さと純粋さと、あの罠とダンジョン構成を考える頭のギャップがいいんじゃねェか」

『分かんねぇえええええええええええええええええええ!!!!!』


 本日最大の、金鬼の爆弾発言だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る