第12話 単独×最強=危機
『――――――――――
蝶の砂糖細工×2
コチリーのパイプレート×3
月灯の花篭×1
丁露の香り水×2
花菱のクッカナ焼き×5
チョーブサンド×3
冒険者たちは侵入を諦めました
冒険者は侵入を諦めました
冒険者たちは侵入を諦めました
冒険者たちは侵入を諦めました
冒険者たちは侵入を諦めました』
にわか挑戦者ラッシュから10日が経ち、なんとかダンジョンは平常運転に戻っていた。罠のストックを全種類上限まで溜め込んで、今は新しいフロアを編集中だ。
当然ながら電車のあるフロアが最奥……ではないが、扉にはダンジョンで一番厳しい条件を付けてある。その条件に必要だったから、今までのロスト品やにわか達の落とした道具、魔石の中で個人的にきれいだなと思った物を集めると、なんだかそれっぽくなった。
「まぁ、それっぽいっていうか、個人的にはそれそのものなんだけど」
つまりは、宝物庫。兼、最終避難所。兼――最終戦闘部屋。
開錠条件はとりあえず鬼に設定しておいた。クリアできるものならやってみろ。泣こうが叫ぼうがヒントなんぞやらん。
「要するに、主の部屋ってな訳だ」
まぁその割にシンプルな外見にしたし、小細工もがっつり仕掛けてあるので足止めを食ってくれることを祈ろう。こちらには(一応)睡眠も食事も必要ない以上、時間は味方である。
なので、あの通路を抜けた先のフロアは、もはや完全に時間稼ぎ以外をするつもりが無い。当然ながら見たら一発で分かる仕様で、フロアを一回りすれば脱力すること請け合いだ。
それでもまだ足りないと現在さらなるフロアを編集中。せっせと土を魔石に変えてスペースを広げ、あーでもないこーでもないと頭をひねって細工を施していく。
「まぁ、あーでもないこーでもない言ってる割に、思いついたことは全部仕掛けてあるという」
わっさりと周囲に呪印綿毛たちを漂わせながら作業は進む。
なんで大量に漂わせてるのか? クラゲみたいにへろへろ動くから癒されるんだよ。ギブミー癒し労い褒め言葉。水中のスライム(微小)もいいんだけど、よーく集中して見ないと見えないのが難点だ。
相変わらずの泥だらけ体操着姿でフロアを編集していき、魔力切れでそろそろ休憩するかと思った時、視界の隅で起こる小さな変化。
『冒険者予報
時刻:4日後
人数:1人
挑戦回数:2回目』
その表示は、いつもと変わらず淡々と簡単だったけれど。
――絶望を思い出すには、十分すぎた。
「んん。相変わらず、1つ残らず、隅々まで、必殺だなァ」
全身をマントで隠した冒険者が、たった1人で現れる。その声は前に聞いた時と変わらず、これ以上ないほど楽しそうだ。今は隠れて見えないが、マントの奥の金色の目も、獰猛に楽しそうな光を宿しているんだろう。
金鬼。
極細テンタクル情報では、冒険者最強の名を長い間ほしいままにしている正真正銘の化け物だそうだ。金の鬼の通称は、禁忌の音に通じるだけあって、ギルドでも取り扱い注意の札が張られている。
その行動は自由極まりなく、性格はと言えば気まぐれ以外の何物でもない。あっちをふらふらこっちをふらふらと世界中で神出鬼没、たまにその場のノリで雇われてやる事もあるらしい。
(……つまり、坊ちゃまの時はまだ名無しだったこのダンジョンの見物ついでに報酬ぼったくろうとした訳か)
ちなみに、雇われてやる時の金額も、気分によっては青天井だとか。そもそも基本額がとんでもないので、伯爵以上の貴族か王族でないと到底払える物ではないようだ。
そんなのに目をつけられた自分は不幸だったのか、とちょっとだけ思わない事も無かった。
が。
「……んなもん、この世界に問答無用で拉致られてる時点で、最悪最低に不幸だっての」
黒いコートに黒い帽子に黒いマフラーで黒いズボンと黒い靴。
汚れるのが嫌で、電車の外には持ち出しすらしなかった普通服。黒一色の装いに袖を通して、顔を埋めて手をポケットに入れてしまえば、パッと見で詳細まで悟るのは無理があるだろう。
(ま、目の前まで来られた時点で、既に終わってるんだけど)
そんな事を思いながら眺める画面の向こうでは、ぐきぐきと首のコリでもほぐすようなしぐさの金鬼。その動作が終って、正面に向き直り、
「んっ、じゃァ、まァ、行くぜェ」
軽く簡単に、そう言って、一歩を踏み出した。
「どォ!?」
避けるんかい。
え、トラバサミですけど何か? まあかなり大きめで、足首どころか本当の首が挟まるサイズってだけど。
とっさに首を縮めてトラバサミの一撃を避けた金鬼。頭上で口を閉じたギザギザの歯を見る目は呆れていたが、
「……っは、はははっ、だよなァ、そうこなくっちゃなァ!」
実に実に嬉しそうに言って、今度は弾かれたように前へと飛び出した。発動してから避ける、の究極の動きで先へ先へ、あっという間に半分の棘天井もクリアして、3分ほどで最奥へと到着してしまった。
うん、本気で規格外だ……。むしろこんなん居てたまるか! と叫びたい気分だよ。あれだ、MMOでチートしてる奴。あれよりさらにひどい理不尽を感じる。
「まァ問題は、こっから先の道が無いって事だったがァ……」
マントをひっかぶったまま首を傾げ、ぐるりと行き止まりを見回す金鬼。今の所、そこから先へ進む道はヒントすらも見つけられていない現状だ。壁が行き止まりだというのは何とか共通見識になったようだが、さて。
「……むしろ、何でコレで分かんねェのかが分かんねェなァ。揃いも揃って石頭ばっかかよォ?」
懐から何やら細長い棒を取り出した金鬼。その棒で突いたのは――例の、怪し過ぎるデカ赤スイッチである。カチン、という固い音に続き、
ピンポーン! ガパッ
また避けたよ……。
ちなみに、ガパッ、という音は天井が開いた音だ。開いた天井から縄梯子が落ちてきた1秒後に音も無く床がぱっくり開いたんだけど、さらっと避けて縄梯子につかまってる。
うん、流石っていうか、なんていうか。
「ン? ……おォ、これはこれでまたえげつねェ」
そして、床が閉じてから縄梯子の異常に気付いてケタケタ笑い出す金鬼。
実はあの縄梯子。……真ん中に切れ目が入っていたりする。そんでもって、油が染み込ませてあったりする。さらに言うなら、横と縦のくくり目には、痺れ棘が仕込んであったりする。
つまり、下手に片手で捕まると切れて落下。確実性を求めてくくり目に手を出しても痺れて落下。しっかり掴むには両手を使うか、切れ目の所をぴったり掴むしかない。掴んでもよほどちゃんと力を入れないと滑って落ちるけど。
「……一発で、片手でぴったり真ん中を掴むとか、どう考えてもおかしい。あれか、勘が働いたのか」
音符でも浮かんでそうなぐらいに楽しそうな調子で縄梯子を上る金鬼を見ながらうんざりと呟いたが、もはや遅い。いっそ縄ではなく蝋で梯子を作るべきか?
でもそれだと棘が仕込めないしな……うーん。
「とか何とか言ってる間に縦廊下も半分突破かっ!」
おかしい。途中にも色々仕掛けてあったはずなのに、なぜペースが変わらない。とか言っている間に、ガシャァン!! と横向きに棘天井が落ちた。
……日本語がおかしいようだが、実はこれ、ダンジョン作成の時に気づいた不思議機能の1つだったりする。
通路は、縦向きに設置する事が出来る。
もちろん必ず床の方向に梯子なり取っ手なりをつけないといけないから、総合コストで見ればもちろん横向きに置いた方がいい。
けど、棘天井に代表される職業ポイントで設置する罠。あれらは廊下の向きを参照しているようで、縦向きの廊下であれば、落ちる方向までもがそれに応じて変わるのだ。
それを利用して、壁が飛び出す仕掛け、のような感じにしてみたのだけど。
「……あー、ひょいっ、と棘天井の方に一瞬乗り移ってるのか……。他に出来るとは思えないけど、天井の横にも棘を追加しておこう」
ちゃかちゃかとダンジョン管理画面で他の棘天井を操作。……ポイントがどんどん消えていく。せっかく節約して溜めてたのに……
腹が立ったので天井の横に生える棘は麻痺毒付にした。どうせ効く訳ないとは思うけど、もし万が一麻痺して落下したら指さして笑ってやる。
ついでに棘天井の、巻き戻し時間の方を操作。順番に戻る時間を遅くして、そして最後のだけ最大速度に、と。
「しかし、何で天井が落ちるより巻き戻す方が早くなるなんてミステリーが起こるんだろう」
危なげなく(というのはピンチなのだが)棘天井をクリアしてくる金鬼を見つつ、最初に棘天井を設置したときに思った事を再度呟いた。巻き戻し時間を最大にすると、落下スピードの1.5倍くらいのスピードで戻るようになるというミステリーだ。
むしろそっちを罠として仕掛けたいと思ったわけだが、残念。罠を発動した状態で設置しておく事は出来なかった。その上落ちたままにしておく時間っていうのも設定できなかった。
……しかし、そんな小細工などまるっと無視して、
「到着しちゃったよ……」
金鬼は縦廊下の先の部屋へと、到着した。
例の時間稼ぎフロアなのだけど、どこまで通用するか……。
「なァーるほどォ。生成能力持ちのダンジョンマスターだったかァ、そりゃレベル1からレア度8相当の魔石なんぞでるわなァ」
部屋のど真ん中にある物を見て、金鬼は一言。え。あれレア度8相当だったの。確か自力蘇生アイテムの最低レア度が7だったから……おぉう、かなり相当やらかしたって事か!
ちなみに部屋の真ん中には、どーんっ! と超巨大な魔石が生えている。水晶みたいに綺麗に整えた巨大結晶は、何もしないのに内側から光を放っているので照明としても十分通用している。
兄貴さん達あたりなら完全に凍るだろうな、と思ってた物を前にしても冷静なままな金鬼に改めて戦慄しつつ、5mほどの高さの特大魔石を眺める金鬼の観察を続行。
「てェ事はァ……探しゃァもっとたくさん出てくるって事だよなァ」
おっ宝♪ おっ宝♪ と実に実に楽しそうに奥へ向かう金鬼。うん、躊躇い無しで穴だらけの壁に入ったか……。きっちり一番難易度低い所を選ぶあたり……。
「お宝希望。ならば、叶えてあげようか」
だがしかし、それはそれこれはこれだ。
「……なンだ、あれだ。この道は外れかァ?」
若干うんざりした調子で呟く金鬼。その視線の先にはあからさまにわざとらしい木の看板が立っている。若干傾いでいる看板の先には一本道、そして書かれているのは『この先振り向くべからず』。ちゃんと現地語です。
金鬼が今まで抜けてきたのは、全てがこういう“条件付き”の道だった。その通路で構成された迷路なんだからしょうがない。これで難易度低いのかって? ルールが分かってるだけ十分ぬるいと思うけど?
「振り向くな、なァ…………ただの土の道で、何を気にするっつゥんだ」
あーやれやれと足を踏み出す金鬼。まあ確かに、この通路部屋に入ってから既に1時間が経とうとしてる。かくいうこっちもいい加減引っかかってくれないかと飽きてきたところだし。
とはいえ、やっと本命の道に来てくれたようなので腰を据えなおす。ここが失敗したらどうしようかまた悩まないといけないのだ、しっかり様子は見ておかないと。
てくてく、というには十分はやい速度で金鬼は歩を進める。一本道をつまらなさそうに進んで行って……
「ン?」
ぴたり、と途中でその歩みが止まった。
かと思うと、映像の巻き戻しのような正確さで3歩ほど後ろへ下がり、その首が、くるりと左へ向く。
「…………んン?」
左の壁、現在の位置から1歩先の、下の方をしばらく眺める。そしておもむろに懐からでか赤スイッチを押した棒を取り出すと、おもむろに眺めていた場所を突いた。
つん。
ばらり。
「……」
つん。
つんつん。
他の場所もいくつか突き、その何処も土が剥がれ落ちない事を確認して、にやりと一言。
「なァるほどォ。振り向くな、なァ?」
棒をしまった、と見たら既に剣が右手に握られている。マントに隠れていた割には分厚く幅広く長い剣を軽々右手で一回転させ、
ドゴォン!!
「……力技でぶち抜くか……」
おかしい……ダンジョンの扉の筈なのに……。
響いた轟音に膝をつきそうになる。一応ダンジョン管理画面の方でも確認したが、そこには無情にも『仕掛け扉が破壊されました』のメッセージ。
「大丈夫、大丈夫……兄貴さん達も言ってたじゃないか、普通のランク7とかならともかく金鬼クラスにならないとどうのこうのって。つまり、アレが例外中の例外なんだ、普通っていうか出来る方がおかしいんだ……っ!」
謎の涙が滲んできたが、膝をつくのだけは何とか自己暗示で回避して、再び眺めた監視画面。既に小さめの元扉を抜けた先の小部屋に金鬼は入っていた。
ダンジョンの床や壁を問わず、土や岩をくっつけたままにょきにょき生えている色とりどりの魔石――あの小さな魔石1つでランク8相当だというのなら、今金鬼の目の前にあるあれらは文字通り宝の山だろう。一生王族より豪遊したとしたとしても使いきれない程の財産な筈だ。
思わずだろう。左手を顔の辺りにやって、口元がフードでも隠し切れない程ににやにやしている。今は豪遊計画を考え中といったところだろうか。
「でもさ、まさかとは思うけど、忘れてないよね」
それを見つつ、ダンジョン管理画面でいくつかの操作をする。そして左手でとある物を持ち上げて、監視画面の前へ突き出す。
「このダンジョン。侵入者を生かして帰す気どころか、利益さえ与える気すら微塵たりも無いって事」
左手に握りこんだスイッチは、思いのほか軽かった。
『侵入者の撃退に成功しました
90の職業ポイントを入手しました
3150の経験値を入手しました
1575のダンジョン経験値を入手しました
以下のアイテムを入手しました
・草豚のベーコン×7
・暴れ麦の黒パン×2
・世界魚の干物肉×2
・アプルルの砂糖漬け×10
称号【生き延びた主】を入手しました
称号【専守防衛主】を入手しました
称号【竜殺し】を入手しました
称号【太陽(小)を沈めた者】を入手しました
称号【生存最優先者】を入手しました
称号【奇跡を手にした者】を入手しました
称号【籠城する主】が【名防城の主】に変化しました
称号【生還者】が【奇跡を掴みとった者】に変化しました
称号【奇跡を手にした者】と【奇跡を掴みとった者】が統合されました
上位称号【奇跡すら己が力とした者】を入手しました』
「前の大量経験値、ほとんど金鬼さん1人だったんだ……」
長いお知らせを眺めて、思わず呟いていた。
死の修行所・獄 ※心折れ注意
属性:無・罠・境界・異次元位相
レベル:1
マスターレベル:1
挑戦者:2434人
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