第9話 定義1 ダンジョンの名前

「はいっ! それじゃーただいまよりー、第三回名も無きダンジョン攻略大っ反・省・会! を、始めまーす」


 『義兄弟』三番目、盗賊係と呼ばれている金髪の青年が無理やり明るく声を上げる。ぅおーす、とやる気はないが揃っている声が上がって、続くのは食事の音。

 ここは、何故だか冒険者を本気で殺す気が無い、の癖に罠のレベルがどう考えてもおかしい不思議なダンジョンの前に建てられた宿屋の一階。

 平屋気味の建物の奥にある、結界で中の音が外へ洩れないようになっている、常連さん、と呼ばれている冒険者達が定期的に行う情報交換会専用の大部屋だ。


「……あー、まずは、食べ物以外で落とした被害を上げてみろ」


 とりあえず全員が全員食事に没頭してるのを見て、『義兄弟』リーダー、兄貴さんと呼ばれている冒険者が全体に声をかける。その手にも既にパンが掴まれているが、自分の事は棚上げするようだ。


「投げナイフ5本」

「万能ナイフ。ちなみに鍛え直してもらったところだった」

「銅貨30枚と小銀貨5枚」

「キーレス・ピック8つ。おやっさんの新作」

「カメノメ1本」

「スラッパー2つ」

「砥石が2つに簡易手入れ道具と炉の一式」

「フランキスカ3つ」

「……なんというか、散々だな……。主武器や防具を落とした奴はいないようだが」

「待てコラ。儂はかなりでかいモンをとられとるだろが」

「おやっさんはしゃあないよ……だって食い物、一切持ってかなかったんだろ」


 抗議したドワーフのおっちゃんことおやっさんは、盗賊係の彼の正当すぎる言い分にぐうの音もでず、仕方なくぐびりと振る舞いの酒を飲んでごまかした。


「しかし金持ちさんの自滅に巻き込まれたっても、金鬼を追い返したのはスゲーよなぁ。その上今度はおやっさんだろ? ……正直な所、あのダンジョンは俺らの手には余るぜ。即死罠の練習に手土産と授業料持ってってるんだって割り切ってっけど」


 『義兄弟』2番目、トラ耳剣士と呼ばれる彼がぼやくように言う。ぐぅ……と詰まる参加者たち。


「……それを言ってしまったら終わりだろう。正直なところ、今唐突に消えられると、そちらの方が消化不良になるのは否めないが……。まぁ、ともかくだ。今回に限っては別の目的がある」


 兄貴さんが一通り静まるのを待って発言。ん? と注目が集まる中、ついと立って扉の所まで行き、何か声をかける。

 扉を開き、兄貴さんが招き入れたのは――何やら、学者風の眼鏡美丈夫だった。


「……これだけの人数が返り討ちになったんだ、名前を付けてもいいだろう」


 兄貴さんの言葉に、美丈夫の正体を悟って、あー、と納得の声を上げる参加者たち。


「何人か見知った方もおられますが、一応はじめまして。『命占士』のツルヨミと申します」

「……という訳で、あのダンジョンについて思った事を並べてくれ」


 【命占士】、とは、エクストラスキル『名称鑑定』の持ち主の事だ。3つ以上の『占い』系統のスキルと2つ以上の『鑑定』系統スキルに加え、記録神の加護がなければ発現しない、貴重な職業だ。

 普段は子供が生まれた際の命名相談や城砦や戦艦と言ったものの命名を行っているが、【命占士】としての一番重要な仕事は、名も無きダンジョンに名前をつける事だ。

 ダンジョンに名前を付けるというのは、そのダンジョンの方向性を決定する事に半ば等しい。何がどうなっているのかは未だ不明だが、名前がついて以降のダンジョンは、その名前らしい姿へと進化していく事が分かっている。

 なのでダンジョンの命名は、数か月の間そのダンジョンを念入りに調査し、その上で攻略されそうもないダンジョンにのみ行われる。だから普通、名前の付いたダンジョンは、既に多数の命を奪っている札付き要注意ダンジョンという事だ。


 参加者たちは、兄貴さんの言葉にしばし顔を見合わせて、


「さっき言われたけど、練習所? 難易度鬼だけど」

「練習ってかもはや修練だろ。授業料も難易度も地獄の」

「修練? 修行? あ、でも血の字はいらないな」

「地下とか洞の字も無しにしないか。あの水フロア見ちまうとな……」

「素で異次元位相属性ついてたもんなぁ。山とか平原とか出てきそうだよなぁ」

「一回水フロア潜ってみたら、細かいスライムに寄ってたかられて沈められたんだよナー。雑魚に殺られることもあるってよい教訓になったんだナー」

「全力で殺しに来てるもんな……。加減はどこ行った」

「最初からねぇよそんなもん」

「しっかも、こっちのレベルとか相性に合わせて罠を組み替えてくれる親切仕様なんだぜ!」

「……流石に、5連続で酒を落とした時は、心が折れそうになったがな……」

「「それはしつこく酒を持って行く兄貴が悪い」」

「あ、でも心が折れそうになるっていうのいいなぁ」

「同感だナー。命が残る分、余計に心へのダメージがでかいんだナー」

「あぁ思った……。いける! と思った布陣と作戦であっさり殺られるあの無力感。心が折れるな」

「しかも隙をつくならまだしも、動きの癖とか作戦の穴をつかれるんだ。心が折れるに賛成」


 わいわい、と一見勝手に意見を言い合う参加者たち。ツルヨミはそんな騒ぎをしばらく眺めて、話の大筋が大体脱線しだした辺りでようやく口を開いた。


「ふむ……。練習。修行。修練。難易度が地獄。または鬼。心が折れる。この辺りが共通見解のようですね」


 特に異論ないのか、頷く頭が多数。

 ツルヨミは更に瞑目して何事か考え――


「では、この辺りで神意をうかがってみましょう」


 1枚の紙に何かを書付け、角の丸く取れたサイコロのような石をいくつか懐から取り出した。かすれたように薄れているが、美しい色彩を見て幾人かの目の色が変わる。


ゴゴゴンッ!

「バッカ野郎どもがっ。【命占士】が魔石を使うのは、ったりめーの事だろうがっ」

「「「すいやせん、おやっさん……」」」


 その何人かにはおやっさんの拳が突き刺さって、すぐさま沈黙していたが。

 ツルヨミは何かを小さく呟きながらしばらく手の中で石を転がし、やがて紙の上で慎重に手を開いた。コロコロと転がっていった石は、ぶつかり合いながら移動して、やがて1か所に集まって動きを止める。

 ツルヨミは石を1つ1つ丁寧に手の中に戻していき、その手に言葉を吹き込むようにして何か呟いた。そして石を懐に戻し、にこりと笑う。


「驚いたことに、全神一致での結論となりました」


 それはそれで珍しい事だ。と誰かが呟き、残るは期待感の満ちる謎の沈黙。

 ツルヨミはにっこりしたままゆっくり全員の顔を見回し、

 さほど溜めずに、宣言。


「ダンジョンの名は――“死の修行場・獄 ※心折れ注意”に、決定です」




 後日、そのダンジョン名を聞いた金鬼は、


「ぶふぅっ!!?」


 飲みかけの酒を思わず吹き出ししばらく行動不能になるほどに笑い転げた、とか。

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