第6話 必殺1=力技^2
『以下が入手待機状態になっています
現在の冒険者の撃退後、5分間侵入者がなければ入手できます
・270の職業ポイント
・270の経験値
・135のダンジョン経験値
・青い固形燃料×8
・火打石×3
・赤い小型薪×2
・草豚のベーコン×19
・暴れ麦の黒パン×21
・蜜虫の団子×3
・幽魚の塩辛×2
・波蛍の壺漬け×1
・鬼鳥の手羽焼×2
・コッコナッツのクッキー×5
・紅羽の茶葉×2
・海羊のチーズ×2
・百ブドウのキャンディー×20
・ゾイサイト・カクテル×1
称号【抗い続ける者】
称号【切り拓く者】
称号【狙われる者】
称号【心配される主】』
地味にまだ準備中にも関わらず現れた6人組は、さすがに少し狭そうにしていた。その中心で無駄に豪華で動きにくそうなきんきらきんの鎧に着られている小柄な誰かが、がしゃがしゃとフルヘルメットをかぶったまま少し前に出て、
「ケチで卑怯で正当さの欠片も無いダンジョンマスターめ! すぐさま引きずり出してその首刎ねてくれるわぁああああっ!?」
……口上を述べている途中で罠を踏み、ダンジョンの天井に足首を括られて逆さづりになった。仕掛けた当人もびっくりの早さだよ。ていうか、あの罠は冗談で仕掛けたお遊び仕様だったのに、踏み抜くとは……。
「くっ、くそっ! お前らっ! 早く助けろっ!」
「無茶を言わないでください。話によると多段の罠がある可能性すらあるのです。あなたを餌に他の物を全滅させる仕掛けかも知れません」
「今調べてますからちょっとだけ我慢してください、坊ちゃま」
「坊ちゃまではないっ! リーダーもしくは隊長と呼べっ!」
うん、なんというか、あれだ。コント?
こちらの準備を大急ぎで進めつつも画面からは目を離さず、言葉にはせずにそんな事を思う。未だ首筋のぞわぞわする感じは去っていないから、緊張を緩めちゃいけないんだけど……。
しかし6人の内、今声をかけた2人は金持ちさんこと坊ちゃまのお付きで確定でいいだろう。ぞわぞわするのは、最初に声をかけた方の青年か――
「なァにやってんだァ、雇い主。たのむぜェ、そうそう簡単におっ死んでくれんなよォ?」
違う。
こいつだ。
さっきからの、嫌な感じの元凶。
思わず画面に目が釘付けになる。全身をすっぽりとフード付きのマントで覆っているから細かい事が何も分からない。ただダンジョンの壁にこっそりつけておいた目盛りと比較すると、かなり背は高いだろう。声はややハスキーか。
「言うなよ。ここのダンジョンがおかしいんだろ。それにオレ達が最後の侵入者になるんだ、害のない罠に引っかかってやるくらいサービスだって」
「そうね。少しでも罠を使い切って死んだ方が悔いも無いでしょう。たった3か月で殺される憐れなマスターに慈悲をかけてもいいじゃない」
残りの2人が笑いながらそんな事を言う。盾と長剣を携えたオーソドックスなスタイルのイケメン剣士と……お初となる、つばの広い三角帽子に黒いマントの魔法使いスタイルの美女さんのコンビだ。
初めての魔法使いとの遭遇(?)にテンションが上がる……筈、だが、今はそれどころじゃない。
(殺される……!)
間違いなく、あの謎マントはここまで到着するだろう。幸いなのは坊ちゃまが足を引っ張ってるって事か。つまり、あの謎マントは坊ちゃまより先か、最悪でも同時に落とさなければいけないという事だ。
雇い主と言っているし、坊ちゃまに必殺の罠を多重起動するスイッチを押させ、それに巻き込むのが最善か……いや、それでも足りないな。そもそも兄貴さん達が言ってたじゃないか、『一定範囲の罠を消し去る札』がある、と。
(……恐らく、密集地に行ってから使う筈だ。……いや? 何枚も乱発できるなら、全ての罠を軒並み潰しながら進んでくるか!)
「あァ、しかし、いいなァ、このダンジョンは。どれもこれも、1つ残らず必殺の意思を宿らせてつくられてらァ。……雇い主さえよけりゃァ、成長させてみてェもんだなァ」
考えをぶった切るように発言する謎マント。顔は見えないが、肩の辺りが揺れているのを見る限り、笑っている……の、だろうか。
ふと手元を見下ろして、指先が震えている事に気が付いた。あぁもう、怯えて震えてるような暇はないってのに……っ!
その時、やっと坊ちゃまが逆さづりから脱出した。はぁ、と肩を落として息を整え、すぐにがしゃっと鎧を鳴らして腕を組み、言い放つ。
「ふん、そんなぬるい意見は必要ない。富をもたらさないダンジョンなどただの害悪だ。さっさと叩き潰して富を際限なく生むダンジョンを招いた方が人の為になるというものだ」
待、て。
今、こいつは、何て、言った?
思わず震えも含めて全ての動きを止めてしまう。ダンジョンを招く……ダンジョンを、招く? 人の、意思で? 何も無い所に、ダンジョンを出現させる、と?
「さすが坊ちゃま。坊ちゃまなら素晴らしいダンジョンを招く事ができると信じております」
「その通り、ダンジョンの存在意義は我々人に富をもたらす事。死を撒きモンスターを吐き散らす物など、さっさと撤去してしまわなければなりません」
「いいねぇ、お貴族様は。ま、そんなダンジョンができたら呼んでくれよ。こんな陰気な場所に付き合わされたんだ、何回かぐらいいいだろ?」
「いいわよね、いい筈よ。この世界に千人もいない攻撃に足る風属性魔法使いの私を呼びつけたんだもの。当然よね」
…………成程。
兄貴さん達以下、このダンジョンに通う人らが毛嫌いする訳だ……。こいつら、人間として失格だ。どうせ万事が万事この調子なんだろう。謎マントは純粋に怖いが、その他は微塵切りにした上ですり潰しても本当に死なないならおつりがくる。
問題は、謎マントをどうやって先に落とすか、の一点か。普通に全面攻撃をしたら確実に1人だけ生き残るな。そうなると絶対にここまで来るだろうから、坊ちゃまは必ずセットで残さないといけない。これは前提条件として……さて、どうするか。
「しかし、ずっとこのまま罠が続くのか、小賢しい。おい、使ってもいいだろう? どうせこの通路の行き止まりに隠し扉があるに決まってるんだ。そこまで突破すればいい話。違うか?」
考えている間に坊ちゃまが尊大に言い放つ。それでも確認するように振り向いた先は、謎マントだ。
「……どォだろォなァ。最初に行き止まりまで行ったのは、『義兄弟』の奴らだからなァ……。ダンジョンの罠がコロコロ変わるとは聞いたがァ、構造自体が変わったとは聞かねェしなァ」
「あぁ鬱陶しい。お任せくださいな、いくら偽装しようと空間があるなら空気は繋がっています。魔法で一度風を掌握してしまえば確実ですわ」
笑いを収め、どこかおざなりにやる気無げにのらりくらりと答える謎マント。その発言に、美人魔法使いが割り込んだ。その右手にはいつの間にか杖が握られている。
ステッキと呼ばれる種類の長さの杖は全体にいぶし銀の色で、まっすぐな棒の途中に同じ色の握り、そして先端に、エメラルドカットで3㎝四方くらいの透き通った緑の宝石が埋め込まれていた。
……どー見ても魔法の杖ですね。そして風属性ですね。特注ですか、ドロップ品ですか、どっちにしろすごいですね。
「そうだな、そしてその道中を『大解除符・仙』で掃除しながら進めばいい。問題ないだろう?」
「…………そーだなァ。パッと見で穴は見当たらねェなァ」
「よし、やってしまえ」
ほう。『大解除符・仙』っていうのがアイテムの名前か。よし、メモったぞ。
「くすくすくす……さぁ、従いなさい!」
【スキル『風属性適正』マイフィールド展開】
杖を正面に向けて、高らかに宣言してスキルを発動する美人魔法使いさん。先端の宝石が輝いてその周囲の空間に揺らぎが生まれる。膨大な魔力を食って宝石の周りに風が巻いて、
(でもごめん。探索系スキルについては対策済みなんだな、これが)
……そんな事を思ったタイミングで、罠が発動。
ドザバー―――――――――――!!
生まれた風が一瞬圧縮された直後、6人のいた天井から、大量の水が降ってきた。通路全体を洗い流す勢いで落ちた水は、左右の足元に開いた高さ5㎝ほどの隙間に吸い込まれて広がらない。
滝と言って差し支えない勢いの落水は、たっぷり10秒続いて唐突に止んだ。ぞわぞわ感の続く首筋を一度撫でて、素早くその場に立ち尽くす人数を数える。
「ぶっ、っくく、くっはっ、や、やべェ、腹痛ェ……!」
……あぁうん、そりゃあ避けるよね……。分かってたさ、何となく。
ぽたぽたと体中から水を滴らせる5人から少し離れた所で、謎マントが今にも膝をつかんばかりの勢いで体を曲げて震わせていた。漏れ聞こえる声からして、足元が罠だらけでなければ転げまわって爆笑していただろう。
直前で偉そうにしていただけに、水浸しとなった5人は確かに笑える姿となっていた。映像記録機能があれば、「くすくすくす……」のところから記録してやったというのに、ちっくしょう。
「な……なっ、なん……っ!」
「そりゃァ、ダンジョンマスターの広域探査スキル対策以外の何物でもねェだろォ。力技で潰すってェのは確かにいィ手だ。っに、しても、これは、そうか、笑い殺す気ィか……!」
ぶるぶると、こちらは謎マントとは別の理由で杖を握った手を震わせながら美人魔法使いが要領を得ない声をこぼせば、当然とばかりの調子で解説する謎マント。
……まぁ、その後また笑いがこらえきれなくなったようで微妙にしまらないが。後、笑い殺す気はない。確かに面白い絵面を期待して仕掛けたが、そこまで受けるとは思わなかった。
「ふざけるんじゃないわ……」
美人魔法使いの頭の辺りから、ビキリ、という音が聞こえた気がした。おぉ? と期待を込めて画面に注目する。謎マントも何かを察したのか、笑いを収めて姿勢を正して美人魔法使いの方を見る。
「ふっざけるんじゃないわ! 私は攻撃に足る風魔法の使い手よ!? 世界に千人いない貴重な存在なのよ!? それを、弄んでんじゃないわよぉおおおおおおっ!!!」
【スキル『風属性適正』嵐槍乱舞】
美人魔法使いの怒号が響き、今度は圧倒的に密度の違う魔力が杖の先に集中した。揺らぐどころかダンジョン管理画面で通路のあたりが乱れる程の空間異常が起こり、直後、
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
文字通りに、杖から嵐が発生した。ダンジョンは壊せない、そう分かっていても崩壊を心配する勢いで壁と床と天井の表面を削りながら嵐は通路の奥へ突進していく。
放射自体は3秒ほどで収まって、美人魔法使いは杖を構えた格好のまま肩で大きく息していた。……感情のままに今使える最大の手札を切ったか。こんな狭い場所でそんな大きな術を使ったところでオーバーキルは確実だろうに。
けど、まぁ、
(思わぬ助けの手になった)
「あーァ、詰んだなこりゃァ」
思わず口角を上げて思えば、謎マントがでっかいため息を吐いて全く同時にそう言った。美人魔法使いさんを含めた残り5人は怪訝そうな顔(坊ちゃまに関しては空気でだが)を向ける。
「何故だ? 見る限り今の魔法でほとんどの飛び出し系トラップは発動してしまっただろう。地面に限定して使えば【大解除符・仙】の効果範囲はさらに広がる。楽になったじゃないか」
「そうだ。もうダンジョンマスターの首を取ったも同然だろう」
「意味が分かりませんね。結果的に良い一手でしたわ」
坊ちゃまとお付きが口々に言うが、謎マントはため息を返した。
「はっ」
……いや、ため息じゃないな。鼻で笑ったな、今。
「お前らなァ、ちゃんと経験者の話を聞ィたかァ? どいつもこいつも、口を揃えて言ってただろォがよォ。『壁がピンポイントで自業自得仕様になってる』ってなァ」
「だからどうした? 自業自得仕様というのは、与えた力をそのまま跳ね返すだけのつまらない仕掛けだろう? 正直何故存在するのか分からない位だな」
「おォありだ雇い主。頼むからもうちィっと頭ァ使ってくれやァ」
「貴様! 口のきき方に気をつけろ!!」
坊ちゃまはそんな呑気な事を言う。流石に謎マントもイラっときたのか乱暴な物言いが混じった。それに叫び返すのはお付きの青年だ。
しかし謎マントは全く意に介さず次を語る。
「『与えた力』をォ、『そのまま』ァ、『跳ね返す』。確かに、普通に当たっちまう分にゃァそうとしか思えねェだろォさ」
胡乱な目を向ける5人に向けて、謎マントの解説は続く。
「だがなァ、壁がピンポイントで自業自得仕様になってる、こりゃァおかしィんだ。壁ってェのは板だからなァ。仕様を変えるにゃァ、ある範囲一面を丸々変えなきゃァいけねェんだよ」
「……は? だからつまりどういう事だよ?」
今度聞いたのは、ずっと黙っていたイケメン剣士。はっは、水も滴るいい男じゃないか。呆然とした顔は間抜けだったけどな!
「どいつもこいつも頭が残念だなァ……。壁と、天井と、床が、削れただろォが? この時点で普通分かんだろォ?」
再度、ビキリ、という音。今度は複数人のようだ。
だがしかし、誰かが何かを言う前に謎マントが続けた。
「つまりここのダンジョンマスターはァ、この通路の全面を自業自得仕様にした上でェ、その上に土を盛って罠を仕込んだっつゥ事だァ。自業自得仕様の壁にゃァ特性があってなァ、同じ仕様の壁同士で力が跳ね返った時はァ、その威力が回数に応じて増していくんだよォ」
……読まれたか。まぁ、大きな術が使えなくなるだけだ。
「そんなトコにあんなデカイ魔法ぶち込んでェ、ただで済むわきゃねェだろォ? ダンジョンの性質なんぞ初歩の初歩だろォがァ、分かれよなァ」
謎マントの諦めた声が途切れるのに合わせて、とあるスイッチを押す。
それはいわゆる切り札と言われるたぐいのスイッチで、大きな魔法が撃ち込まれて行き止まりが袋状に変形した通路を、元の形に戻すという作用の物だ。
……あぁ、流石に謎マント以外は引きつった顔してるな。特に美人魔法使いさんの顔色が悪い。まぁ、自分が何をやらかしてしまったのか理解したんだ。しょうがないか。
何とかしのいだ。そう思ってほっと息をついた、その視線の先。
(――――っ!!?)
目を見開いた先には、ダンジョンへの侵入者をリアルタイムで監視する画面。今この瞬間だけは、ずっと眺めていたそれから、一気に距離を取りたい衝動に駆られた。
直後に画面の映像が乱れる。必殺を期して1万倍まで威力を引き上げた魔法が直撃したのだ。流石に、生きてはいないだろう。
『侵入者の撃退に成功しました
260の職業ポイントを入手しました
3300の経験値を入手しました
1650のダンジョン経験値を入手しました
――――――――――――――― 』
お知らせ画面にそんな文字が並ぶ。しかし、目で見ていても頭には入ってこなかった。今は、たった1つの映像に思考の全てを持って行かれていたから。
かたかたと震える体を無意識に抱きしめている事にすら気づかず、息が荒くなっているのもそっちのけで、ただ頭にあるのは、あの謎マント。
魔法直撃の寸前。
にやりと笑う口元同様、凶悪な色を乗せて、金の目が、合った。
その口が動いて、声なき言葉を紡ぐ。
『次は、もっと楽しませてもらうぜェ?』
名も無きダンジョン
属性:未定・異次元位相
レベル:1
マスターレベル:1
挑戦者:65人
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