第3話 退屈+集中=効率上昇

『冒険者たちは侵入を諦めました

 冒険者たちは侵入を諦めました

 冒険者は侵入を諦めました

 冒険者たちは侵入を諦めました

 称号【待ちぼうけ主】を入手しました

 冒険者たちは侵入を諦めました

 冒険者たちは侵入を諦めました

 冒険者は侵入を諦めました

 悪戯神の興味を引いたようです

 冒険者は侵入を諦めました

 冒険者たちは侵入を諦めました

 称号【凝りすぎ主】を入手しました

 冒険者たちは侵入を諦めました』




 異世界へ拉致されて、カレンダー付きの時計基準で1か月が経った。その間冒険者が入れ代わり立ち代わり『冒険者予報』に表示されては、お知らせ画面で諦めた旨が通達されるのを何度繰り返したか。

 『冒険者予報』の表示を見ては挑戦者が来るとビビり、仕掛けを一生懸命作って、結局諦められるというこのサイクル。いや、生き延びるって観点では大成功だから文句はない。

 冒険者の方だって実際に命がかかっている訳だし(このダンジョンでは命を奪いやしないけど)、侵入に必要なアイテムが限りなくレアなのだからしょうがない。


「……むしろこのままずーっとほっといてくれないものか……」


 荷物の中に入れていた体操着に着替えた状態で、また新しくお知らせに追加された『冒険者たちは侵入を諦めました』の一文を眺め、ぽつりと小さく呟く。両手は土の壁につけてスキルを発動。


【スキル『変性生成』土→石】


 ぽうっと手元が光って、収まった時に両手の間にあるのは白っぽい石。頭と同じくらいの大きさのそれを持ち上げると、よいしょと今いる空間の端に持って行く。

 山と積み重なった白っぽい石の塊を眺め、それに両手を押し当てて、再びスキル発動


【スキル『変性生成』石→岩】


 直径1mくらいの丸い白い岩を、今度は土の上を転がして穴の中へぽい。そしてまたさっきの壁の所へ戻って、スキル発動。地味な作業だが、ダンジョンの基本方針が決まってからはずーっと繰り返してる作業だ。

 ちなみに、ダンジョンに拉致されたせいなのか【ダンジョンマスター】という職業のせいなのかは分からないが、基本的に食事も睡眠も必要ないらしい、というのは最初の2日で分かっていた。

 作業に没頭する事で空腹を忘れて、どうしても我慢できなくなったら、鞄に入れていたお菓子をほんのちょっとだけ食べて満足する、という事で何とか耐えている。


「しかしそれにしても、自分に関する事はステータス含め一切分からないとか、なんて不親切設計なんだ」


 スキルを使って土を石に変え、それを運んでは一定ごとに岩にする、という作業をこなしながら、ついつい独り言が零れてしまった。

 そう。あれから本当に散々ペンダントを弄り倒し、いろんな機能を探し当てては見たのだが……ステータス画面だけは見る事が出来なかった。自分の事で分かるのはスキルスロット画面のみ、その他は一切分からない。

 食事・睡眠が必要ではなく、疲労の回復も随分早まっているのだって散々体を動かしてみた結果の経験則だ。たまに称号を入手しましただの、神の興味を引きましただのとお知らせは流れるが、今現在一体何がどうなっているのかさっぱり分からない。


「……次からは、ノートにメモしておこうか……」


 抱えて眠ったせいか、丸々こっちに来ていた荷物を振り返る。が、あれだってよく考えれば貴重品だ。もしかしたらこれから先見れるようになるかもしれない。……というか、見れなければおかしい。筈だ。

 また1個岩を転がして、ペンダントを起動。『冒険者予報』を呼び出してみる。


『次の冒険者

 時刻:5分後

 人数:3人』


「はいぃ!?」


 ちょ待て、こんなの30分前には無かった!! なんだこのスピード、あれか、気まぐれで「行ってみるかー」とかそんなノリか!?

 心の中では大動転しながらも、体はすぐさま侵入者対策の位置へと移動。ダンジョン管理画面で仕掛けを全て待機状態から発動準備状態に変更して、すぐさま全体図と侵入者観察カメラを同時起動。

 迎撃態勢が整ったところで5分が経過。ドキドキしながら『冒険者たちは侵入を諦めました』のメッセージが来るか、と待っていると。


ビィー―――――――!!


 今まで一度も聞いたことのない、強烈なサイレン音が頭に響いた。

 同時に、新しいお知らせが流れる。


『ダンジョンに3人の冒険者が侵入しました』


 あぁうん、確かにさっきフラグ発言したけどね!




「…………おい、どこが大穴のダンジョンだ」

「あっれぇ……? いやだって、普通期待するだろ。自力蘇生アイテムが侵入条件だぜ? こう、なぁ?」

「散々どいつもこいつも門前払いを食らって、条件が今一不明だからダメ元で行ってみようぜって……自力脱出不可能ダンジョンじゃねぇかバカ野郎!!」

「っでぇえ!! 本気で殴る事ないだろ!?」

「……不幸中の幸いは、何故かこのダンジョンのマスターは、俺たち冒険者を本当には殺す気が無いって事だな……」

「その分きっと即死罠のオンパレード確定だな。だが俺は感心するね、徹底した専守防衛、ここまで真正の引きこもりは逆に潔いくらいだ」


 ……読まれてる。8割がた読まれてるよ、もう既に詰んでるんじゃないのかコレ。

 内心だらだらと汗を流しながらも静かに観察する先には3人の男。2人は黒髪と金髪の人間で、それぞれ30代と20代くらい。重戦士と盗賊係という感じだろうか。もう1人は茶髪、装備からして攻撃専門剣士だろうが……頭の上でゆらゆら揺れる、ねこ、いや、トラ耳。尻尾も立派なトラ縞が……。

 ……亜人かー。やっぱり異世界なんだなー、ここ。


「……まぁ、侵入してしまったものはしょうがない。1人1つ自力蘇生アイテムを持つことが最低条件で、強制送還があるところまでは明記されていた。最低でも命は残る。それで良しとしよう」

「こーいうパッと見は大人しいタイプの奴ほど、縄張りに侵入された時の反応が怖えーんだよな。放っておけば無害なのにわざわざつついて自滅する奴は後を絶たねぇ……まさか俺らがそうなるとは」

「うぐぅ……。ああもう、俺が悪かったよ! 一番最初に引っかかりゃいいんだろ!?」

「……情報を持ち出すことすら警戒する猜疑心の持ち主だぞ。誰か1人でも引っかかったが最後、一気に全滅するタイプの即死罠だろうな」

「っつー事で、お前が引っかかっても何の解決にもなりゃしないんだよ」

「ぬあぁ……! せめて何の罠が使われてるかぐらいは情報を持って帰ってやる!!」

「……無理だな」

「激しく同意。分かったところで避けられないように作ってあったら終わりだろ」

「ぐ……っ! うぅぅうう、貧乏くじ引いちまったー!!」


 そうですよー、放っておけば無害ですよー。もはや完璧に読まれてるけど、理解がある冒険者の人ならまだ読まれてもいいやー。

 仕掛けが分かったところで避けられなければいいのは分かってる上にー、そもそも制限がきつくてまともに罠なんか仕掛けられなかったんだよー。

 しかし全員一人称が俺かぁ……。冒険者って皆こんな感じなのかなぁ……。


「あ、ちょっと待った」

「お?」

「……ん?」

「うっわすげー、こっから先、いきなりほぼ全面落とし穴になってら」

「……それはまた」

「あれだな、【臆病主】の称号持ちだな、間違いなく」


 称号まで読まれたよ…………。


「壁も注意な。自業自得仕様んなってる。それも落とし穴を避けて手をつきそうな辺りに」

「あぁ、うん、基本もしっかり押さえてるな」

「……落とし穴の中には、当然仕掛けがあるだろうな」


 基本だよねー。そこらで引っかかってくんないかなー。一応ピアノ線仕様なんだけど。

 直球で即死の罠っていうのは作れなかった。いくつもいくつも、偶然の要素が2つは絡まないと即死にならないんだから面倒で、一応これでも1か月苦労したのだ。

 しかしすいすい進むなあの3人。まぁ個人で自力蘇生アイテムを持てるんだからレベルは高くて当然か。武器も防具もきらきらしてるからきっと上等なんだろう。いらんけど。使わないから。


「あれ?」

「どうした」

「……隠し扉か?」

「いや、行き止まり」

「は?」

「……どういう事だ?」


 一発で入口から続く直線の通路を抜けた3人。しかし先頭を行っていた盗賊係の男の言葉に首を傾げる。盗賊係の1人は色々と調べているが……うん、そこには何も無いよ。正真正銘の行き止まりだから。

 何とか1段目のひっかけにかかってくれてほっとする。ダンジョンは破壊不能だが、何らかの手段であの先へ進んでもあるのはひたすら土だけだ。発想の転換が必要ですよ、お三方。

 しばらく問答していた3人だったが、やがて言葉が収まり、視線がある1点に集まる。そこには――いかにもわざとらしい、というかぶっちゃけ怪しい、でっかい赤ボタンが埋まっている。


 一番でかい重戦士の人でも微妙に届くか届かないかっていう高さの天井にあるうえ、足元はピアノ線+竹衾の超高致死率の落とし穴だけどな!!


 はっはっは、さぁどうする!? と久々に人の姿を見たせいか妙にハイテンションに心の中で問いかける。怪しい事この上ないのは間違いないが、絶対に気になる筈だ。


「……いや、止めておこう。このダンジョンマスターの性格からして、あれは間違いなくフェイクだ」

「だよな。流石に露骨に怪しすぎる。気になるのは確かだけど、きっとそれが目的だ。他に何かある」

「周りに気になる物はいっぱいありすぎて、逆に選べねー……」


 渾身のひっかけはあっさり流されてしまった。……な、泣いてなんかないやい……。

 まぁそれは置いておいて盗賊係の男が言ったように気になる物を集中させている。あのスイッチを見た後ではどれもこれも怪しく思えるはずだ。というか、既に仕掛けが集まってる時点で十分どれも怪しいけど。

 ちなみに正解はたった1つだから、がんばれ、盗賊係の人。


「ええい、どうせ本当には死なないんだ! やっちまえ!」


 あ。


「……いくらなんでも、その決め方はどうなんだ」

「だからお前は詰めが甘いって言われんだよ」


 あー、あーあーあー。


「んじゃあ仕掛けを全部教えるから3人でばらばらに押してみるか!?」

「人数制限が無かったからそれは悪手でしかないな」

「……それより、何も変化してないぞ」

「あれ?」


 周囲を警戒しながらも首を傾げる3人組。あーうん、そりゃー変化ないだろうね。でもなんていうか、うん……ご愁傷様。

 思わず合掌したこっちの気配に反応した、訳ではないんだろうけど、トラ耳剣士がぴくりと耳を動かした。そのまま天井を見上げて、やっと気づく。


「あれ、あの目立つスイッチはどこへ行った?」


 気づこうねー。あんだけ怪しさ全開にわざわざしたんだから、存在感が無い筈ないんだよ。それがなんでスコンと抜け落ちるかな。まぁそういう風に作ったのはこっちなんだけど。

 疑問符を乱舞させながらきょろきょろする3人。けどまぁ、はっきり言って、もう遅い。


「……一体何の仕掛けだった――いや、何の仕掛けだ?」

「ヤバい気はするけど、何がどうなってんだ。何も変わってないだろ?」


 勘の良い重戦士とトラ耳剣士がそれぞれ言う。きょろきょろしながらも黙っていた盗賊係の男は、ふと壁と天井とのつなぎ目に視線を向けて、


「――っそだろ……!?」


 ざぁ、と血の気の引く音がしそうな勢いで顔色をなくし、短く悲鳴を上げた。それに反応した2人に、ギギギ、ときしむ音がしそうな感じで振り返り、短く告げる。


「すまん、詰んだ」


 指を指すのは右側の壁と天井のつなぎ目。残り2人そちらに目をやり、同時に顔を引きつらせる。

 白っぽく丸い、直径5mはありそうな巨大な石が、天井にあいた穴から姿を見せ――


ドズン




『侵入者の撃退に成功しました

 100の職業ポイントを入手しました

 90の経験値を入手しました

 45のダンジョン経験値を入手しました

 以下のアイテムを入手しました

 ・青い固形燃料×2

 ・火打石×1

 ・草豚のベーコン×5

 ・暴れ麦の黒パン×3

 ・火花谷のワイン×1

 ・夜牛のチーズ×1

 ・スローイングナイフ×10』


「まことにご馳走様でした」


 電車の別の座席に、袋に入っておかれていた品々に、手を合わせて感謝したのは言うまでもない。













名も無きダンジョン

属性:未定・異次元位相

レベル:1

マスターレベル:1

挑戦者:3人

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