第29話 5/13
翌朝、準備を整えて再び山を登りトヴィーの下を訪れた。
「昨日の傷は癒えたのか?」
「あんなものは怪我のうちにも入らない。さぁ――やろうか」
「貴様一人では昨日と同じだ。我は三人一緒でも構わないぞ?」
「そうか。なら、その言葉に甘えよう」
ナイフを手に背後を一瞥すると、それを合図にジンは握った棒を地面に突き立てた。
「《奮い立て――岩礁》!」
その瞬間、何も無かった平地の地面が隆起し地形を変えた。特別なことは無い。せり上がった地面が石柱を模り、俺の足場が出来た。
「ふぅ――っ!」
思い切り心臓を叩き、大きく深呼吸をすれば鼓動が速くなり血液が体内を駆け巡る。
ナイフを握り駆け出せば、昨日とは違う速度に気が付いたのかトヴィーは即座に身構えた。まだ警戒してるってところか。
それなら――
「なにっ!?」
直前で真横に跳んで石柱を跳ね回るが、トヴィーの目はしっかりとこちらを捉えている。だが、見えていても関係ない。
ほぼ真上からナイフを振って構えたトヴィーの拳を弾き、地面に着いた脚の反動を体の中に流し――そのままナイフを突き立てて体当たりをすれば背後に立っていた石柱に激突した。
「防いだか」
ナイフの先は鉄篭手の掌で受け止められていた。だが、過剰負荷の力が通用することはわかった。
「《千手――》」
トヴィーが魔法を使おうとした瞬間、その首に目掛けてナイフを振れば詠唱を止めて頭を下げた。
「魔法は使わせねぇ!」
確実に殺すための一撃を向けるが鉄篭手で防がれる。
速度を上げても篭手を弾くので精一杯な上に、詠唱無視の魔法を使っているのか視界が歪んできた。とはいえ、詠唱無視なら対して問題は無い。
体を回転させながらナイフを振って、拳を弾いたところに脚を蹴り出せば空を切り、跳び上がっていたトヴィーは指を絡めた拳を振り落としてきた。
「っ――!」
腕でガードをしたが地面に叩き付けられた体に振動が加わり沈み込んでいく。
「《千手――破》!」
すると、合わせた鉄篭手から広がった振動の衝撃波が、周囲に立っている石柱を破壊した。
「ハッ――甘いのはそっちだな」
「《岩礁》!」
破壊された石柱が再び地面からせり上がり、そのうちの一つは俺の体を持ち上げた。
おかげで魔法からも逃れたが、どうやら振動を受けたせいで強制的に過剰負荷状態が解除されている。狙ってやったのかはわからないが、二回連続で使うのは負荷が大き過ぎるから少しは間を置かなければ。
見下ろせば、こちらに意識を向けてくるトヴィーはクローバーの弓が足止めしている。
振動魔法――詠唱無視の攻撃なら大した影響が無いことは昨日のうちにわかっている。つまり、大技を出させないために詠唱をさせなければいい。対策はいくつかあるが……一つずつ試してみるしかない。
「っ――」
体が軋む。過剰負荷にはまだ、もう少し。
「クローバー! ジン! 大釜だ!」
石柱から飛び降りながら取り出した投げナイフを放り投げ、それが弾かれるのと同時に振り下ろしたナイフを避けられ、地面に着地した瞬間――一気にトヴィーとの距離を放すように退いた。
「やれ!」
「《岩礁》!」
せり上がった地面は弧を描き、トヴィーの姿を隠すように包んでいった。
対策一・完全な密閉空間に閉じ込める。空気を遮断した状態で振動を伝えることができるのかどうか。
「……ダメ、だね」
クローバーの呟き通り、ヒビの入った壁が崩れて開いた穴からトヴィーがゆっくりと出てきた。真空なら未だしも、さすがに閉じ込めただけでは無理か。
「次の手だ。ジン、いいか?」
「おおぅ、上手くいくかは知らねぇけどなぁ」
ジンが地面に棒を突き刺すと、その地面を四角に切り出してトヴィーのほうへ放り投げた。
切り出された地面の死角に隠れて接近し、トヴィーが振動魔法で地面を破壊したのとほぼ同時に横からナイフを振った。
「っ!」
浅いが入った。
対策二・振動魔法を使った直後を狙う。どんな魔法でもそうだと思うが、連続で使えるのか否か俺には判断が付かない。だが、少なくとも詠唱無視であれ無制限に使えるわけでもないだろう。
再びトヴィーから距離を取り、次々に投げられる切り出された地面に隠れて攻撃を仕掛けていく。
浅くとも斬り続ければ致命傷になる。
さすがは第四位のジンだ。絶妙にトヴィーに詠唱させないタイミングで地面を投げている。俺もそれに合わせるだけで上手い具合に攻撃が入る。
とはいえ、このまま殺せるほど甘くはない。
「なんだ……?」
切り出された地面の死角越しでもわかるほど、トヴィーの魔力が膨れ上がっていることに気が付いた。詠唱はしていない。していないのに――
「ジン! クローバー! 下がれ!」
次の瞬間――踏み込んだトヴィーの足から広がった衝撃波が地面から生えた石柱も宙を飛ぶ切り出した地面も全てを吹き飛ばした。
「くそっ――」
ダメージは無いが、距離を離された。しかも地面は
さて――地形変化も無意味となって、残された手はあと一つ。だが……それよりも、だ。
「貴様等の勘違いを一つ訂正しておこう。魔王を討伐した我が得たのは、魔法詠唱不要。元より我に詠唱は必要ないのだ」
つまり、詠唱していたのはこちらを惑わすための演出。それにまんまと踊らされていたわけか。命懸けの殺し合いの中でさえ、それだけの余裕があり実力差があると確信していなければ出来ないことだ。
……そもそも殺し合いとすら思われていない、ってことだな。
「はぁ……」
今になってウォードベル神父との訓練が思い出される。様々なことを学んだが、その全てを体得できたわけではない。
俺にあったのは俊敏性と膂力、そして耐久力。だが、ウォードベル神父はそこに柔軟性としなやかさがあった。
「受け流す術を知りなさい。時には受け止めないことが勝つための方法になることもある」
わかっている。でも、俺には無理だった。
弱い相手であれば受け流すことは出来る。しかし、英雄ともなれば別だ。
――だからこそ、考えた。考えることを続けて、ここまで来た。
ドンッ、と心臓を叩けば鼓動が速くなる。
巡る血液が、体を突き動かす。跳ね回ろうとする体を無理矢理に抑え込んで、一歩ずつ前へ進んでいく。
過剰負荷によって膨脹して震える筋肉が今にもはち切れそうだが、なんとか耐えてトヴィーの目の前までやってきた。
「不立のトヴィー……本気で来いよ。殺す気で」
「……死ぬぞ?」
「死なねぇよ。テメェ如きじゃあ、俺は殺せねぇ」
「そうか。ならば望み通りに――」
トヴィーの体に魔力が溜まっていくのがわかる。まともに食らえば間違いなく死ぬ。
「来いっ!」
過剰負荷によって生まれたエネルギーが発散されずにいるとどうなるか――簡単だ。負荷に耐えられなくなった心臓が停まる。
「《千手――芯》」
拳を向けられる寸前に限界を迎えた心臓が停まり、息が詰まった。そして、トヴィーの放った直線上の振動魔法を胸に受けた瞬間――再び心臓を動き出し、意識が戻ったのと同時に体に溜まっていたエネルギーの全てを載せた拳を振り抜いた。
「なっ――!」
顎を砕いた感触。吹き飛び倒れているトヴィーに追い打ちを掛けようとしたが、過剰負荷と一度心臓が停まった影響で骨が軋み、筋肉が震えて体が動かし難い。
「っ――ゴホッ」
吐き出した血が地面に零れ落ちたが拭うこともせず、未だ動かないトヴィーの下へ歩み寄った。
「き、さま……何を……」
「特別なことなど何も無い。ただカウンターで思い切りぶん殴っただけだ」
「だけ、か……それでもまだまだ詰めが甘いなっ!」
起き上がって跳び上がるトヴィーを見て、溜め息が漏れた。
「俺だけなら、な」
トヴィーは背後に現れた石柱に気が付かず激突し、そこに飛んできた矢が手足を貫き体を固定した。
「っ……ここまでか。しかし、我を殺すのが貴様で良かったのかもな」
「……勘違いを訂正してやる。俺じゃあねぇ。俺達だ」
握ったナイフを振り抜きその首を掻っ捌けば、吹き出た血が全身に降り注いだ。
手の力が抜けてナイフを落としたと思った瞬間、体の力が抜けて膝から崩れ落ちて地面に倒れ込んだ。
やはり、さすがに賭けが過ぎたな。過剰負荷の連続使用に、相手の攻撃を利用した蘇生――負担が大き過ぎた。
「ロロくん!」
駆け寄ってきたクローバーを見上げながら、失いつつある意識を保つので精一杯だ。
「よぉ、小僧ぉ。殺したなぁ」
「ジン、さん……すみません。僕がトヴィーを……」
「いや、オレぁ間違っていたようだ。想いは変わらねぇ。問題なのはオレが、じゃあねぇ。オレ達が、だろ? 嫁も娘も、満足しているはずだぁ」
その点だけは相容れない。俺にとって復讐は両親のためであっても、理由では無い。俺が俺を許さないための――どこまで行っても、俺自身のためなんだ。
「クローバーさん、ジンさん、すみません……少しの間――」
駄目だ。意識が保てない。
「ああ、眠っとけぇ。麓の宿にはオレが連れてってやらぁ。……とはいえ、麓の奴らもこれで廃業だがなぁ」
それは、確かにそうだろう。しかし、今はそんなことも考えられない。
英雄殺しの復讐譚 化茶ぬき @tanuki3
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