第20話 一夜明け、余波
血は雨で洗い流され、宿に着けばすぐに眠ってしまった。
そして翌日――街は混乱していた。
昨夜のドラゴンワーム出現と、英雄ラヴァナの死。ヴァイシュは護衛の五人を連れ立って血眼で殺した者を捜している、と。
「ロロくん、体はもう平気なの?」
「はい。一日眠れば大抵の傷は塞がります。クローバーさんが買ってきてくれた朝食も食べましたし、今日は簡単なクエストでも受けましょう」
掲示板の前には僕ら以外の冒険者も立ち並び、クエストを選んでいる。
「ん~……あ、これは? コープスワームの討伐だって。報酬額が少ないから弱い魔物なんじゃない?」
「コープスワーム――死体喰い、ですね。ワーム種の死骸を食べるワームで、確かに強くはないです。……そうですね。これにしましょうか」
クエストを手に受付へと向かえば、お姉さんは疲れた顔をして出迎えた。
「おはようございます。クエスト受注ですね」
「はい。これをお願いします」
「コープスワームの討伐、ですね。ロロさんとクローバーさんのお二人でよろしいですか?」
「はい」
「……お二人は昨夜の騒動を?」
「知っています。ドラゴンワームの出現と英雄の――」
「そうですね。英雄・ラヴァナ様が何者かに殺されたことにより、ギルドも大混乱です。ですが、冒険者の皆様にはいつも通りにクエストを引き受けていただければ、と思っています。クエスト、受諾致しました。気を付けていってらっしゃいませ」
「お疲れ様です」
いってらっしゃいの返答としては間違っているのだろうが、お姉さんの顔を見ていたら自然と言葉が出てしまっていた。
「何か必要なものある?」
「いえ、特には。このまま向かいましょう」
そうして街を出て、スワル大平原へ。
至る所に転がっているドラゴンワームの死骸を貪るコープスワームと、それを退治する冒険者も数人いる。
「私たちだけじゃないんだね?」
「数が多いですが実入りも無いので、複数の低ランク冒険者に依頼しているのでしょう」
「へぇ……弓で倒せる?」
「倒せます」
離れたところで死骸を食べるコープスワームに向かってクローバーが弓を射ると、矢が突き刺さり地面に倒れ込んで動かなくなった。
「本当だ。これなら私一人でも大丈夫かも」
「そうですね。では、二手に分かれましょう。周辺のコープスワームを倒したら集合する感じで」
「わかった~」
クローバーと別れ、目に付いたコープスワームに投げナイフを飛ばして殺していく。
……とりあえず、今日のところは丁度いいクエストがあって街を出られて良かった。あの場に殺したのが僕だと示すものは何も無いけれど、ラヴァナの書き掛けの本は持っているから、もし調べられでもすればすぐにバレる。
元々の滞在日程は今日を含めてあと二日だが、聞き及ぶに殺した者を見つけ出すまでは街を離れることはないだろう。そして見つかり次第、おそらくは即殺し合いが始まる。体調と体力を万全にしておくのは当然として、ドラゴンワームの死骸からも窺えるようにヴァイシュの力は周りを巻き込む。どちらにとっても戦いは街中じゃないほうがいい。
現状で外に連れ出す方法は思い浮かばないけれど……呼び出すほうが早いかな。
「ふぅ……さすがに一回一回ナイフを回収するのは面倒ですね」
だが、遠くからでもナイフ一本で仕留められるのは楽でいい。
「ロロく~ん! こっちは一通り終わったよ~」
「こちらも、大体片付きました」
「他のところも見に行く?」
「そうですね。先程、他の冒険者がいたほうも確認しに行きましょう」
一度コープスワームが噛み付いた死骸に他のコープスワームが群がることない。しかし、それを放置すれば共食いを始めて、次第に巨大になる。まぁ、大きくなってもそれほど強くないわけだが、芽は早めに摘んだほうが良い。
平原地帯――その半分は地面が抉れて、でこぼこになっている。
「これ、ドラゴンワームのせい……?」
「半分はそうですが、あとはヴァイシュの力によるものだと思います。こういう場所はひと月でもあれば元に戻るので気にしなくて大丈夫ですよ」
「冒険者が整備するの?」
「いえ、地中にいる魔物が土を耕し、上を歩く魔物が地面を均すんです」
「へ~」
先程まで居た冒険者たちの姿は無く、コープスワームも見当たらない。
「どうやらクエストは終わったみたいですね」
「……もう?」
「というより、僕らが後発組だったのでしょう」
「まぁ、でもコープスワームは倒せたしいっか。……戻って大丈夫かな?」
「ヴァイシュが捜しているのは僕です。でも、現状では見つけ出す手立てがありません。こちらから接触しない限りは大丈夫、だと思います」
「でも、なんか……なんだろう。ん~……不安かも」
「今日はまだ僕も万全ではないので、このクエストの報告をしたらまた新しいクエストを受けましょう。街中にいなければ、その不安もなくなりますよね?」
「……たしかに」
「じゃあ、戻ってクエスト報告をしましょう」
そして、ギルドへ戻りクエスト報告を済ませ、新たな採取クエストを受けて湿地帯へとやってきた。
「前はワードッグが居たけど……魔物がいない……?」
「昨夜のドラゴンワームの影響ですね。弱い魔物は暫く出てこないと思いますが、反対に強い魔物は普通にいるので、警戒は怠らないようにしましょう」
と言いつつも、周囲に魔物の気配は感じない。
湿地帯の沼の中で、
……クローバーの不安はわかる。例えば、リングやワンドルが僕の背格好や見た目をヴァイシュに伝えている可能性もある。とはいえ、ローブを着ている冒険者は他にもいるし、一瞥ではわからないだろう。
可能性だけの話をすれば、魔力感知もある。僕の場合は相手の気配と共に魔力を視認できるけれど、ウォードベル神父曰く高ランクの冒険者の中には魔力を探れる者がいるらしい。仮に戦闘の痕跡から魔力を追えたとしても魔力を持たない僕には関係ないはずだが。
「おっ、ロロくん! これじゃない!?」
「それは
「む~……」
ヴァイシュを殺すことは決定事項だが、問題はどう戦うか、だ。
場所は街の外で。本音を言えば、遮蔽物がある街中のほうが戦いやすいけど、無関係の者を巻き込むのは本意では無い。
そして、ブラフは油断していたから勝てて、ヴァルトはクローバーの手助けがあったから勝てた。ラヴァナに関しては本人の判断ミスと運が良かった。だが、次のヴァイシュは妹を殺された恨みで最初から本気で向かってくる。
ドラゴンワームの惨状からわかるように、厄介なのはヴァイシュの広範囲魔法だ。つまり、ラヴァナの時と同様にクローバーは近付けさせられない。まぁ、これは元々一人で始めた復讐だ。いつか終わる時が来るのなら、やはり一人で良い。
「あ、見つけました。これが朽傘茸です」
「ん~? あ、さっきのより傘の部分がおっきいんだね」
「はい。同じ物をあと二つ。見付けましょう」
泥に塗れて朽傘茸三本を収穫し、夕方前に街へと戻りクエスト報告を済ませて、一度宿へと戻った。
シャワーを浴びて泥を洗い流し、再びクローバーと合流すれば驚いたように目を見開いていた。
「ローブが黒になってる! なんで!?」
「裏表を逆にしただけです。効果があるかはわかりませんが念のためです」
「ああ、そっか。捜しているとしたら白いローブだもんね」
「はい。それともう一つ。外では極力他人として振る舞うようにしてください。もしヴァイシュに見つかっても仲間だと思われないように」
「わかった~」
軽い返事に不安は残るものの、広い街中で早々に英雄と遭遇することはないだろう。
とりあえず夕飯を食べに向かう酒場は大きいところを選んで入ることにした。
「店の奥、角で全体が見回せる席が良いですね」
小声でそう言って、フードを深々と被ったままクローバーと共にカウンター席の一番奥に腰を下ろした。
「いらっしゃい。注文は?」
「ミルクと、何かオススメがあればそれをお願いします」
「私はお肉が食べたいです!」
「はいよ。とりあえずミルクを二つだ」
出されたミルクを一口飲んで、店内を見回してみた。
……これまでとは雰囲気が違う。酒を飲んでバカ騒ぎをしているのは変わらないが、皆どこか引っ掛かりを感じているのだろう。誰もが英雄と直接的な関係があるわけでは無いが、自分たちの滞在している街で英雄の一人が殺されたことに、少なからずの屈辱を感じている、ってところか。
まぁ、僕があれこれ言うのは正しく筋違いなのだろうけれど。
――バンッ
勢いよく開かれたドアに、酒場にいた冒険者全員の視線が注がれた。
そこにいたのはヴァイシュと護衛の五人――まさかこうも簡単に接触することになるとは思わなかったが、大丈夫だ。ここで変に反応するほうが怪しまれる。
他の冒険者と同じように向けた視線は外さずにミルクを飲めば、店内を見回していたヴァイシュと目が合った瞬間――空気が固まった。
「っ――貴様かぁあああ!」
どうしてバレた? いや、今そんなことはいい。それよりも詠唱無視の魔法が来る。避けるか? 無理だ。とりあえず、横に座っているクローバーを突き飛ばして壁に向かって跳び上がれば、飛んできた魔法が弾けて爆発に包まれた。
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