第19話 3/13
十三人の英雄譚曰く――ヴァイシュは妹であるラヴァナを溺愛しており基本的には行動を共にして互いを守り合っている。まぁ、どちらかというと兄が一方的に妹を愛でているようだが。
ヴァイシュは妹を守るためならなんでもする。それが本を読んだ上での僕の印象だ。
それだけ過保護ならば安全を確保するために宿一つを丸ごと貸切ることもするだろう。夕方はクエスト帰りの冒険者や店を閉めた商人、夕飯を食べに外に出る住人などが街を行き交う。
敢えて街の外側に滞在するという手もあるが、三日間ならむしろ宿の多い通りに泊まったほうが見つかる可能性は低いだろう。
その中で――見つけた。
一切の人の出入りが無い宿が一つ。高級な宿じゃないところが上手いな。
「では、行きましょうか」
旧王城から隣の建物の屋根に飛び移り、目的の宿の横の建物までやってきた。さすがに中に這入れば気付かれるだろう。屋根に乗るのも駄目だ。とはいえ、想像は出来る。
三階建ての宿の――おそらくは三階、そこの真ん中の部屋にラヴァナがいるはずだ。左右の部屋とドアの前を護衛で固めれば守りやすくなる。
とりあえず屋根から降りて宿の裏側に回った。
「やり方次第ですが……」
全神経を掌に集中させて、壁に手を着いた。
響く足音と話し声――内容まではわからないが、話しているのが二人で動いているのが三人、か? 選ばれた護衛と英雄が合わせて七人だから、人数的には間違っていないだろう。
あと一押しの確証は欲しいが、下手なことをして警戒心を強められても困る。
「……貸し切り、ですか」
入口のほうに回って『貸切』と書かれた看板がドアに掛かっているのを見て、一先ずの確信としよう。
店仕舞い直前の商店でパンの詰め合わせを買って、クローバーの待つ宿へと帰った。
「おかえり~」
「夕飯を買ってきました。食べながら、計画のことを話しましょう」
向かい合うように椅子に腰を下ろし、パンを食べ始めればクローバーが徐に口を開いた。
「いつやるかは決まったの?」
「今日です。予想通り、英雄は一つの宿を貸し切っているので住人や商人に迷惑が掛かることはないでしょう」
「そっかぁ。よく見つけられたね」
「見つけること自体は難しくありません。ですが、明日以降も同じ宿に泊まっている確証はないので今日中に決行します。クローバーさん、自分の役割を認識していますか?」
「うん。八時を過ぎたらスワル大平原に置いてきた石の圧縮を解く、だよね?」
「そうです。八時過ぎなら街の商人や冒険者の大半は競りのため旧王城に集まっています。寝床に突然、岩が出現したドラゴンワームは飛び起きて地上に出てくる。そうしたら西の門番からギルドへ、ギルドから冒険者へと討伐要請が出ますが、すぐに討伐に向かえる冒険者は多くありません」
「ドラゴンワーム自体強いんでしょ?」
「はい。なので高い順位の冒険者だけが呼ばれますが、おそらく足りません」
「だからって英雄にお願いするかな? 二人は離れないんだし、二人ともが討伐に向かっちゃうんじゃない?」
「ヴァイシュは未だしもラヴァナはワーム系と相性が悪い力なので、危険に晒したくない兄は一人で向かうはずです」
「行かないって可能性は?」
「無くはないですが、ドラゴンワームが街を襲えばラヴァナも危険になります。十中八九、出てくるでしょう」
「……わかった。私はどこから圧縮を解除すればいい?」
「この宿からでいいですよ。安全な場所から、僕の心配が及ばないところでお願いします」
「じゃあ、そうするね」
食事を終えて時計を見れば七時三十分を回っていた。
「では、そろそろ準備に向かいます。あとのことはよろしくお願いします」
「うん。ロロくんも気を付けて」
ローブのフードを深々と被り、宿を出て闇へと溶け込んだ。
今度は横ではなく英雄たちの泊まっている正面の建物の屋根へとやってきた。一応、被害は最小限にするつもりだ。ドラゴンワームも、命知らずな冒険者が無茶をしない限りはヴァイシュ一人でも倒せる。
さぁ――始まるぞ。
――ズズンッ
大地が揺れる。
門番が地上に飛び出たドラゴンワームに気が付くまで数十秒。早馬でギルドに伝えるのに約二分。冒険者への討伐要請に約五分。そして――お、意外と早かったな。
周りを気にしながら宿に入っていくのはギルド関係者、もしくはギルド長だろう。
約三分後、ギルド関係者と共に出てきたのは英雄・ヴァイシュとキカン、ミン、イワンの三兄弟だった。人選としては正しい。冒険者でコンビネーションに優れた三人ならばヴァイシュの邪魔になることなくドラゴンワームの牽制くらいは出来るだろう。
つまり、護衛に残っているのは元近衛兵のリングと、街一番の腕っぷしというワンドルだな。
屋根から降りて離れていくヴァイシュを見送り、『貸切』の看板が掛かったドアを開けて中に這入った。
「――ふぅ」
宿の店主がいたら即座に行動するつもりでいたが、さすがは英雄だ。誰であろうと締め出すか。
無人のカウンターを通り抜け、息を殺して足音を立てないように階段を上がっていけば、思った通り三階に人の気配があった。
ドアの前には槍を持ったリングと手甲を嵌めたワンドルが立ち塞がっている。
――コツンッ
わざと足音を立てれば二人の視線がこちらに向かってきた。
「そぉら、敵さんがおいでなすったぜ、リングの旦那。俺から行かせてもらう! ――《伸びろ》!」
駆け出してきたワンドルの手甲が
今度は確実に顔を狙ってきたリングの槍を首を逸らして避け、一気に距離を詰めて鷲掴んだ頭を床に叩き付けた。
飛び散る血とひび割れた床――脈は安定しているから死ぬことはないだろう。頭の血は派手に見える。
ヴァイシュがドラゴンワームを倒して戻ってくるまでおそらく二十分程度だろう。その間に、こちらも片を付けるとしようか。
ドアを蹴破り部屋の中に這入れば、ラヴァナはこちらを見向きすることなくテーブルに向かって文字を書き続けていた。
「……外の二人は殺したのか?」
「いえ、気を失っているだけです」
「そうか。それで、君は私を殺しに?」
「はい。十三人が英雄の一人、蛇毒のラヴァナ。殺させてもらう」
「……勝てると思われていること自体が気に食わない、というのもあるけれど――理由は?」
立ち上がったラヴァナの手にはレイピアが握られている。冷静な口調でも相対する気はあるってことだ。
「十年ほど前、東の山中で行商を襲ったのを憶えているか?」
「……憶えていないが、察するに君の肉親だったのかな?」
含み、というよりは確信しているような口調だな。
「憶えていない、か。それはそうだろう。お前の書いた本にそういう後ろ暗いことは何一つとして描かれていなかったからな」
「なんだ、私の本を読んでくれたのね」
「当然だ。その本を参考にブラフとヴァルトを殺したのだからな」
「……そうか。まぁ、それは措いとくとして――私の下にはね、救いを求める人が集まってくるんだよ。本を書いたせいかな? 言葉が欲しい、と」
「有り得ない。魔王を倒したとしてもお前ら英雄が恥ずべき行為をしてきたのは誰もが知っているはずだ」
皆が口に出さないまでも、これまでの街を見てきて少なからずそういう空気は感じていた。
「必要悪だと思わないか? 十三人の内、数人を除いてほとんどは野蛮な素行があるけれど、それを無視しなければ魔王は倒せなかった。こう考えてはどう? 君も冒険者なら強大な魔物を前にすれば足元の花を踏み潰しても仕方が無いと思うだろう? 君の肉親も、道端の花だったということだ」
「……つまり、魔王を討伐するためには花を踏み潰す必要があった、と?」
「その通り。時にはガス抜きをしなければ暴発してしまう。私たちにはそれが許されていたからね」
英雄と相対するのはこれで三人目だが、これまで一度たりともまともな会話が出来たとは思っていない。
根本的にずれているんだろう。致命的に、何かが違う。
なぜ、こんなものを容認できる? 見て見ぬ振り? いや、そうじゃない。人類を脅かしていた魔王を倒した英雄は正しい、と信じ込んでいるんだろう。
「もういい。構えろ」
ローブを脱いでナイフを握れば、ラヴァナはレイピアを腰に下げたまま手を伸ばすこともしない。
「君がブラフとヴァルトくんを殺したのが事実だとしたら、それは二人が油断していたからだろう。だが、私は違うんだ。誰であれ敵意と殺意を剥き出しの者がいれば、初めから殺す気でいかせてもらうよ」
「それは望むところ――っ」
駆け出そうとした瞬間、全身の力が抜けて床に倒れ込む寸前で手を着いた。
体に走る激痛で息が詰まる。
「言っていただろう。私は蛇毒のラヴァナ。狡賢い蛇の毒使いだ。君がこの部屋に入ってきた時から毒を付与していたが――タフだな。外で倒れている二人なら即死する毒だぞ?」
おかしな話だが俺は今、感謝をしている。英雄とはいえ、女だ。あの時に何もせずに笑顔で眺めていただけのラヴァナを殺すことには多少の抵抗があった。
だが、そちらが殺す気で来てくれるのなら――こちらも躊躇なく殺せる。
取り出したデトックスポーションを飲み、立ち上がった。
「解毒用ポーションか。用意が良いな。だが――」
その瞬間、体の内側に焼けるような痛みを感じて血を吐き出した。
「ごほっ……なん、だ?」
「解毒用ポーションの効果を毒に変化させる毒だよ。効果は上々のようだが、やはり体が頑丈のようだね。本来であれば滝のような血を吐き出して絶命するはずなんだけど」
どうやらナチュラル・ギフトは力が強くなったり体が頑丈なだけでなく、毒への耐性も高いらしい。が、あくまでも即死していないというだけだ。このままでは確実に死ぬ。
「っ……そ」
片膝を着いて、吐き出した血が床に広がる。
体の内側は燃えるように熱いのに、指先が冷めていく。
ラヴァナが
毒――毒、か。
時間が無い。やるならすぐだ。太腿の骨と血管の位置……いや、面倒だ。
「っ――!」
抜いたナイフを太腿に突き刺し、その痛みと共に立ち上がった。
「
「ふぅ……本当にそうか?」
体の熱が治まってきて、指先の感覚も戻ってきた。駆け出すことはできないが、一歩ずつ進むことは出来る。
「なんで、動けるの? そのナイフ――聖物のようね」
「ああ、これで毒は効かない」
「そのようね。けれど、私の魔法は毒だけじゃない。《黄泉から目覚めろ――白蛇》!」
その瞬間、床から這い出てきた大量の白い蛇が一斉に俺の体に巻き付き噛み付いてきた。
視界を覆うほどに全身が蛇に噛み付かれて、足が止まった。
「どう!? それは私の魔法で創った蛇よ! 的確に敵の痛点を突いて――」
語る言葉を無視して、一歩ずつでも脚を踏み出せばラヴァナは口を閉ざした。
「っ……痛みだと? お前は、知らない。叫びそうになるのを堪えて、口の中に流れる血の味を。飛び出しそうになる体を押さえ付けるために握り締めた拳の中で、爪が皮膚を裂く痛みを。両親が――目の前で殺される痛みを!」
一歩近付く度に、噛み付く蛇が力を無くしてボタボタと落ちていく。
「毒も蛇もダメなら、私の奥の手を見せてあげる」
すると、ラヴァナは懐から出てきた白蛇を自らの首に噛み付かせた。
体に噛み付いていた全ての蛇が落ちた頃、目の前のラヴァナは膨れた筋肉によって体格を二倍の大きさにしていた。
「
「魔王討伐後、私は自らの欠点を補う力を得た。これで私も、守られることなく戦える!」
毒と蛇のせいで体の自由が利かないが――こいつは、何もわかっていないな。
「掛かって来いよ、英雄」
「《纏い融かせ――毒拳》」
毒を纏った拳を頭に振り下ろされたが避けることはせず、真正面から受けた。
「このっ! ――このっ!」
何度も拳を振り下ろされるが、それでも脚を止めることはせず、ナイフの間合いに入ったところでその手首を掴んだ。
「俺は、お前のことを買い被っていたようだ。もしも、お前が毒か蛇の魔法を強化していれば俺が殺されていたかもしれない。単純な力なら――まだブラフのほうが強かったぞ!」
掴んだ手首を握り潰せば、骨の砕ける音がした。
「っ――ああッ! くそっ! 《食い荒らせ――だいっ――》」
言い終わるよりも先に、その首元を裂いた。
「待ってやる義理も無い」
噴き出す血を浴びながら部屋の中を見回せば、テーブルの上に置かれていた書き掛けの本を見付けた。
太腿に差したナイフを抜いて、それを手に取った時、建物の中に人が入ってきた気配を感じて、ローブを羽織って本を懐に収めた。
ドアから出れば鉢合わせになるのは間違いない。なら、出口は一つしかない。
「っ――」
窓を割って三階から飛び降りれば、いつの間にか外は土砂降りの雨だった。
有り難い。これだけの雨なら血の臭いも流される。
「――アァアアァアアアアッ!」
響く叫び声が腹の底に届く。一先ずはその場から離れて、通りを二つ挟んだ路地裏で体の力が抜けて座り込んだ。
「ふぅ……蛇毒のラヴァナ。本を書いた張本人なだけあって誇張されていましたね……」
とはいえ、強かったのは間違いない。聖物化した素材でナイフを強化していなれば毒を受けた時点で死んでいただろうし、運が味方をしてくれた。
今回のことは次に生かしたいが、今は体に残る痛みで動けそうにない。この場で気を失っても死ぬことはないだろうが、ヴァイシュに見つかるわけにはいかない。
……眠いな。
「ロロくん!?」
その声に顔を上げれば、雨に濡れた髪を掻き上げたクローバーがいた。
「クローバーさん、どうしてここに?」
「ドラゴンワームが倒されたって聞いたからロロくんを探しに来たの。とりあえず、宿に帰ろう」
「はい……ありがとうございます」
クローバーの肩を借りて立ち上がり、宿に向かって歩き出したが背中ではヴァイシュの怒りを感じている。本当なら今すぐにでも踵を返して殺しに向かいたいが、万全であっても勝てるかはわからないんだ。傷を治して準備を怠らず、それから殺しに行くとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます