第18話 情報収集、下準備。

 アルデゴに戻ってくれば、すでに英雄騒ぎは落ち着いたのかギルドには今朝はいなかった冒険者たちの姿があった。


「ワードッグ討伐の報告に来ました」


「はい。クローバーさんと、ロロさんですね。戦闘記録を調べますので認識票の提出をお願いします」


 言われた通りに認識票を差し出せば、お姉さんはそれを手元に持っていき何かを弄っているようだが、こちらからは見えていない。まぁ、十中八九魔法が関わっているのだろうから敢えて訊くこともしないが。


「え~っと……はい。お二人合わせてワードッグ三十匹ですね。確認できました。報酬は銅貨九枚ですが……どうやら一度も順位の更新をしていないようなので、ついでそちらもやっておきますね」


 断る理由もない。


「ロロくんもやってなかったんだね」


「そうですね。順位自体にそれほど興味が無いので」


 順位が上がればそれだけ立ち回りは楽になるかもしれないが、あまり目立たないためには低い順位のほうがいい気もする。判断の難しいところだ。


「はい。順位ですが――クローバーさんが十位から九位に、ロロさんが十位から七位に上がります。私が担当した中で一気に三段も上がった方は初めてです」


 お姉さんが驚いた顔を見せているが、それ以上にこちらが驚いている。


「そんなに上がりますか? クエストもそんなに受けていないはずですが」


「クエスト達成数よりも、魔物の強さと戦闘回数、それにギルドへの貢献度が評価されたようです。お二方ともクエストをあと二、三個達成すればもう一つ上の順位になるので、その時は更新をお忘れにならないようにしてください」


「……わかりました」


 返された認識票には新しい印が打ち込まれていた。


 やはり、難しいところだ。順位が上がれば、それだけ英雄に近付けるかもしれないが、だとしても目立つのは困る。上がっても六位程度で終わらせたいが、討伐クエストを受ければ自然と更新されてしまう。まぁ、とりあえずは放置でいいか。


「それで、この後は予定通り?」


「はい。酒場に行きましょう。昼食です」


 出入りの多い酒場を選んで入れば、クエストに出ていない冒険者たちは昼間から酒を飲んでいた。


「いらっしゃい! 注文は決まってるか?」


「ミルクとスープとパンを二つずつお願いします」


「はいよ」


 去っていく店員を見送ると、クローバーは周りの席を確かめるように見回した。


「誰から話を訊く?」


「まずは盗み聞きを。もしくは――」


「お待たせしました! ミルクとスープとパンです! お宅らも英雄を見てから戻ってきた冒険者か?」


「いえ、僕らはクエストから帰ってきたところです」


「こんな日に朝っぱらからクエストとは酔狂だなぁ。英雄には興味が無いって腹なのかい?」


「そんなことはありません。英雄様を見た人から話を聞きましたか?」


「おお、そりゃあもう大勢な。この場にいる半分は見てきた奴だと思うが、街に入ってすぐにどこかに消えちまったらしい」


「消えた? 昨日選ばれた人も一緒に?」


「あんたら昨日の競りのことも知ってんのか。意外と情報通だな。その五人も一緒に姿を消しちまって連絡が付かねぇ、って言ってる奴もいたぜ? まぁ、護衛任務って言うほどだ。姿を見せねぇのが何よりなんじゃねぇか?」


「ちなみですが、英雄が何故この街を訪れたのかは知っているんですか?」


「噂によると十三人の英雄についての新作を書くために各地を訪れているって話だが――実際のところはどうだかな」


「何かあるんですか?」


「いやぁ……あまり大声では言えないんだが、兄妹二人で旅をしてをしてるんだかって噂もある。まぁ、英雄様は何もかもが規格外だから驚きも無いがな。そんじゃあ、ごゆっくり~」


 満足したように去っていく店員に苦笑いをして、ミルクを啜った。


「やっぱりいたねぇ、噂好きの店員さん」


「そうですね。手間が省けて助かりました」


「大体ロロくんの言ってた通りだけど……どうする?」


「おおよそは計画に沿って動きます。実行は、早ければ今日の夜です。そのつもりでいてください」


「了解!」


 昼食を終えて、何よりもまずは装備を整えに装備屋へとやってきた。


「クローバーさんには防具が必要です。僕は動き易さ重視で革の鎧を身に着けていますが、何か好みはありますか?」


「ん~、盾はあるからそんなに頑丈なものは必要ないと思うけど……ロロくんと同じものは?」


「僕の革鎧は穴が開いたので新調するつもりなので……これがいいですかね」


 置かれている革鎧を手にサイズを確認し、クローバーに渡した。


「……胴体部分だけ?」


「僕はそうです。防御力を補うために腕には籠手を付けていますが、これまで役立ったことはありませんね」


「私に籠手は必要ないから、普通に全身の革鎧を買えばいい?」


「試着をしてください。服の上からなので、ここで大丈夫です」


 自分の革鎧を付け替えてから、クローバーの装着を手伝えば首を傾げながら体を動かし始めた。


「ん~? ……なんか、違うかも」


「では、別のものが良いですね。締め付けられる感覚が苦手なら、チェインメイルはどうですか? 肌着と服の間に着込むものなのでベルトポケットの邪魔にもならないはずです」


「じゃあ、着てみようかな」


「これは、そっちの奥でどうぞ」


 試着できる部屋へとクローバーを送り出し――三分後、笑顔で出てきた。


「こっちのほうが良いかも! なんかしっくりくる感じ。気のせいかもしれないけど」


「防具はそんな感じで選んで大丈夫だと思います。実際に使ってみて、変えるかどうかを考えればいいので」


「へぇ~、じゃあこれにする!」


 今はそこそこ所持金があるから値段を考えなくて済むのは良い。


 防具を整えて、次は武器屋へ。


 現状で武器に困ってはいないが、この先の英雄との戦いに備えて用意しておくものがある。


「僕は店員さんと話をしてくるので、クローバーさんも何かあれば見てきてください」


「は~い」


 クローバーと別れてカウンターに向かえば、白髪のおじさんがいた。


「いらっしゃい。何かお探しかな?」


「投げナイフはありますか?」


「投げナイフかぁ……あまり種類はないんだが、少し待っていてくれ」


 そう言うと、おじさんは店の奥に引っ込んで箱を手にして戻ってきた。


「お待たせしました。ここにあるのがうちの在庫全部だね。好きに見てくれ」


「……やっぱり売れませんか?」


「そうですね。知っての通り、十三人の英雄の中に投げナイフを使う者はいない。それだけなら未だしも、英雄たちが提唱した『冒険者にとって武器は骨で、魔法は血肉』、『武器は魂であり、手放すものではない』と。そんな話が出回ってからは買う者も作る鍛冶屋もめっきりいなくなってしまったよ」


 だからこそ、僕は買おうとしているわけだが。


「……これはもしかして、スティングヘッジホッグですか?」


「おお、よくわかったな。こっちが鍛冶屋お手製の投げナイフで、そっちがスティングヘッジホッグを加工して作った投げナイフだ」


 鍛冶屋のほうは綺麗に形が整えられているが、スティングヘッジホッグのほうは一つ一つが微妙に形が異なっている。そもそもが魔物だ。全身に生えた両刃の細い剣のような針は繰り返し生え変わるから量産可能なのだろう。


「試せますか?」


「そっち」


 指された先に視線を向ければ、壁には古い的が残っていた。


「じゃあ、失礼します」


 まずは鍛冶屋のナイフから。指先で持ったナイフを投げれば真っ直ぐに的に突き刺さった。


「ほう、上手いものだなぁ」


「昔、少し練習したことがあるんです」


 次にスティングヘッジホッグのナイフを。指先で挟んで投げれば弧を描きながら的に突き刺さった。


「魔物製のほうは癖があるって言われているが、それを一撃で決めるかね」


「感覚的には魔物製のほうがしっくり来ますね」


「へぇ、コツでもあんのかい?」


「どうでしょう……本当に指先の感覚でしかないので。こっちの魔物製の投げナイフをあるだけください」


「毎度あり」


 およそ二百本。三十本を体に仕込み、残りのナイフを纏めていればクローバーがやってきた。


「ロロくん、これも欲しい」


 言いながら大盾を引き摺ってきた。


「では、これも一緒にお願いします」


「毎度」


 ナイフと盾をクローバーが圧縮し武器屋を出れば、日が傾きかけていた。


「丁度いい時間ですね。クローバーさんは宿で待機を」


「わかった~。えっと……戻っては来るんだよね?」


「はい。一度は必ず戻るので、それまでお待ちください」


「うん。じゃあ、またね」


 クローバーと別れ――人気のない場所で跳び上がって建物の屋根に乗った。そこから旧王城へと飛び移り、旧王城を外側から登って街全体を見下ろせる高さまでやってきた。


 さぁ、仕込みは済んでいる。残りも恙無く、一つずつ進めていくとしよう。

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