第21話 4/13

 店の壁が柔くて助かった。


 爆発で吹き飛ばされた体と壊れた木製の壁が緩衝材になって大したダメージもなく済んだのは良かったが、すぐに追ってくるであろうヴァイシュを警戒して通りの向こうの建物の屋根に跳び上がった。


 開いた壁の穴から出てきたヴァイシュがこちらを見上げて全身が魔力に包まれたことに気が付き、即座に踵を返して駆け出した。


 気配で追ってくるのがわかるが、このままでは追い付かれる。


「――《爆ぜろ》」


 声が届くのと同時に体が爆炎に包まれた。


 だが、空中で体を回転させれば炎はすぐに払われ、塀目前の建物の屋根を思い切り踏み締め――一気に塀を飛び越えた。


 とりあえず、振り返ることはせずに真っ直ぐ平原地帯までやってきて立ち止まれば、背後には気配が一つだけ。


 出遭った瞬間、即戦闘開始くらいに思っていたのだが、意外と冷静なのか?


「……何故だ? 何故、妹を殺した?」


 その問い掛けに振り返れば、ヴァイシュは剥き出しの殺気を隠すこともなくこちらを睨み付けていた。


「お前らが、俺の両親を殺したからだ」


「つまり、復讐か?」


「そうだ」


「だが――だが、妹が直接誰かを殺したことなど無いっ!」


「殺していなければ、なんだ? お前らの仲間が俺の両親を嬲り犯し殺している時、お前も含めてラヴァナも止めることはしなかった。同罪だよ、あの場にいた全員な」


「なら、俺も殺すわけか? 復讐のために」


「そうだ。お前も殺す。復讐のために」


「っ――ざけるな、ふざけるな――ふざけんじゃねぇぞぉおお! このクソ雑魚が、殺してやる!」


「始めからそのつもりで追って来たんだろ? 一応、伝えておくがラヴァナが死んだのはお前のせいだぞ? ラヴァナの下を去ったのはお前で、ラヴァナが間違った方向に力を使ったのもお前のせいだろ? 接近戦の強化とは……おおよそ、お前に守られ続けるわけにはいかない、とでも思ったんだろう。故に弱くなった。お前のせいだ、ヴァイシュ」


 その時、何かの切れる音がした。


「殺してやる」


 魔力が膨れ上がった次の瞬間、ヴァイシュの手の中に両刃の大剣が現れた。圧縮魔法か。クローバー以外では初めて見たな。


「《爆ぜろ》!」


 振り下ろされた大剣から飛んできた魔力が俺にぶつかると共に爆発を起こした。だが、思っている以上にダメージが少ないのはおそらくこのローブのおかげだろう。確証はないが、ローブ自体に魔法耐性が無ければ、すでに燃え尽きていてもおかしくないほどの熱量を受けている。


「《爆ぜろ》! 《爆ぜろ》! 《爆ぜろォオオ》!」


 爆発を受けた瞬間にナイフを振れば炎は消せるが、次から次に魔法が飛んできて近付くことが出来ない。


 しかし、ヴァイシュをキレさせることは成功した。正常な判断を失えばそれだけ隙ができやすいと思ったのだが、想定以上だな。


 爆炎の中で取り出した投げナイフ十本を飛ばせば、ヴァイシュの体に突き刺さったが意にも介していない。


「《爆ぜろ》」


「っ――地面が」


 目の前の地面が爆発して土煙が視界を遮った。つまり、が来る。範囲魔法だとマズいが、この場から飛び出しても恰好の的に――いや、来てる。殺気をダダ漏れにさせながら、すぐそこまで。


「おぉおらぁああ!」


 振り下ろされた大剣を二本のナイフで受け止めれば、衝撃が伝わって地面を割った。


 意外と短絡的かと思った時、大剣を握っていたヴァイシュの片手が外されて、流れるように俺の腹部へと向かって来た。


「《爆ぜろ》!」


 掌から放たれた爆発を腹に受け、吹き飛ばされた。


 魔法だけの衝撃じゃない。内側まで響くような痛みだ。


「ごほっ……」


「《爆ぜろ》!」


 次から次へと起こる爆発は大して問題じゃない。厄介なのは爆炎の中で近付いてきて振り下ろされる大剣だ。


 弾き、受け流し、近距離の爆発魔法で吹き飛ばされる。


「くそっ、なんだこの威力は」


 ローブの魔法耐性が高いのはわかったが、それ以上に俺の体の奥深くまで届く衝撃の正体がわからない。


「《円卓の暴食――爆裂破砕》!」


 このタイミングで広範囲の高威力魔法か。



 ――――



 辺り一面を包み込んだ爆発の中、炎を斬ってなんとか難を逃れたが吸い込んだ熱気で喉と肺を焼かれたのか呼吸が苦しい。痛みは構わない。大きく息をしろ。


「すぅ――はぁっ」


「頑丈な野郎だなっ! 《爆ぜろ》!」


 振り下ろされた大剣を受け止めた瞬間――大剣からこちらに向かって爆発魔法が放たれた。


「っ――めんどくせぇ!」


 爆発の炎を脱ぎ去るローブと共に振り払い、ナイフを手にヴァイシュに斬り掛かった。


 こちらは手数の多い片手ナイフの二本持ちにも拘らず、たかだか大剣一本に阻まれて肌を掠めることすらできない。これが単純な英雄との実力差なのだろう。


 だが、そんなことは関係ない。力の差があることはわかり切っていて、その上で戦う術を身に着けてきたんだ。


 ……本当は英雄の数が残り半数になったくらいで解禁するつもりだったが、ここまでの差があれば仕方が無い。ヴァルドの時は咄嗟の戦闘だったし、クローバーもいたからうっかり忘れていたが、今なら全力で戦える。


「爆ぜて死ねぇええ!」


 大剣の横薙ぎと共に詠唱無視の爆発で吹き飛ばされて意識を飛ばし掛けた。


「っ……はぁっ」


 ウォードベル神父の言葉が頭を過る。


『その力を使う度、寿命が五年縮むと思ってください。文字通りの命懸け――慎重に使うべき時を選んでください』


 故に、今なのだ。


 あれは俺の体にも負担が大きいが、やるしかない。



 ――ドンッ



 息を止め、握った拳で思い切り胸を打てば、衝撃を受けた心臓が一瞬だけ停止し――直後、倍以上の速度で脈打ち始めた。


 心拍数が上がり、血流が増す。今にして思えばナチュラル・ギフトの肉体だからこそ為せる業なのだろう。


 過剰負荷オーバーブースト――さぁ、始めよう。


 地面を蹴り、ナイフを振り抜けば大剣で防がれたが、即座に体を翻し逆手に持ったナイフを振った。


「甘いっ!」


 二本目のナイフを防がれた瞬間に跳び上がって脚を振り抜けば、ヴァイシュの顔を掠めて一気に距離を取るように退いていった。しかし、逃がさずに追っていく。


 魔法を使う隙は与えない。


「剣がっ――邪魔だ!」


 飛び掛かりながらナイフを仕舞い、振ってきた大剣を潜り抜けて柄を握る手を蹴り上げれば、弾かれた大剣は宙を回転しながら地面に突き刺さった。


「俺に接近戦を望むとは良い度胸だ!」


 単純な殴り合い。過剰負荷状態の拳を受けても倒れないヴァイシュも、やはり英雄なのだと思い知らされる。


「っ――」


 ヴァイシュの拳を受ける度に爆発が起きる。詠唱無視で魔力を纏うことにしたらしいが、それがどうした?


「おら、どうした!? ちょっと力が強くなったくらいで俺を倒せるとでも思ったかっ!?」


「倒すんじゃねぇ! 殺すんだよ!」


「ハッハァ! 《爆ぜろ》!」


「っ――ごほっ」


 零距離の爆発魔法に加えて、過剰負荷の影響で大量の血を吐き出した。


 マズいな。明らかにジリ貧だ。対等に戦っているように見えても、こちらが追い詰められているのは間違いない。


 なら、狙わせてやる。


 殴り合いの中でわざと腹部をガラ空きをすれば、そこに魔力で包んだ掌底を打ち込んできた。


 爆発する場所がわかっていれば我慢は出来る。


 衝撃を受けるのと同時に前に出て、ヴァイシュの首を両腕で鷲掴みにした。


「クッ――カハッ――」


 このまま首の骨を圧し折る。


 腕に力を込め、手の中に軋む骨を感じていると、不意にヴァイシュの両腕から出た魔力が俺の体を包み込んだことに気が付いた。


 直後――全身に爆炎と衝撃を受けて、首を掴んでいた手を放し、地面に膝を着いた。


 ここで詠唱無視の高威力爆発魔法とは。


 肌が焼け、骨が軋み、呼吸が止まる――力強く握り締めた拳で、停まり掛けの心臓を再び打ちつけた。


「っ――はぁっ――」


 大きく息を吸い込み立ち上がれば、肺に痛みが走った。


 連続の過剰負荷に体の内側から刺すような痛みが広がるが、今はこれしか対応できる手立てがない。


 離れたところで魔力を高めているヴァイシュを見て、取り出した投げナイフを飛ばした。


「《爆ぜろ》!」


 刺さるよりも前に、ナイフが爆発した。だが、それに構わずナイフを投げ続ける。


「《爆ぜろ》! 《爆ぜろ》! 《爆ぜろ》!」


 次が最後のナイフだ。


「《爆ぜろ》!」


 ――だが、爆発は起こらなかった。ナイフも避けられたが、別にいい。


「ごほっ……ようやく魔力切れか。あれだけ魔法を連発すれば当然だな」


 正気を失わせ、わざと魔法を連発させた。どれくらいで魔力が切れるのかはわからなかったが、やっと――やっとだ。


「くそっ! なんでだ! なんでっ……」


「前までのお前ならラヴァナを守るために魔力切れを起こすまで魔法を使うなんてことしなかっただろうな。これで、条件は同じだ」


 駆け出して一気に距離を詰めれば、ヴァイシュは即座に大剣が落ちているほうへと飛び退いた。


「魔力切れが初めてだと思うか!? こんなものピンチのうちにも入らねぇよ!」


 離れていた距離を一歩で詰めて、振り下ろされた大剣を片手で受け止めて掴めば、刃で斬れた掌から血が流れ始めた。


「……知っているか? 冒険者ってのは意識的なり無意識的なり、魔力で自分の体を守っている。そして、それは攻撃にも防御にも応用されている。つまり――地の強さでは俺のほうが上ってことだ」


 大剣を掴んでいた手に力を入れて握り締めれば、バキンッと刃が割れた。


 その瞬間に片腕を振り上げれば、ヴァイシュが咄嗟に顔面と首を守ったのを見て、鳩尾目掛けて拳を突き上げた。


「ガッ――あぁっ……」


 腹を押さえて膝を着いたヴァイシュの胸倉を掴み上げれば、抵抗するようにこちらの手首を掴んできた。


「ふざっ、けるなよ! 妹の仇をっ――俺が絶対にお前を殺してやるっ!」


「復讐する権利は誰にでもある。だがなぁ……お前が家族を語るんじゃねぇ!」


 握った拳をヴァイシュの顔面に目掛けて振り抜けば、人中から下顎までが陥没し、倒れるのと同時で地面に血が飛び散った。


 殴った腕の骨がビキビキと軋み、筋肉が震えている。


 過剰負荷を掛けていた心臓の鼓動も治まってきたし、急いでこの場所から離れないと。


「ごほっ……」


 咳き込めば口から血が溢れ出したが、拭うだけの力も無い。


 落ちていたローブを手に、スワル大平原の森林地帯へと向かい、樹に寄り掛かって座り込んだ。


 過剰負荷の反動で、しばらくは動けないほどに心拍数が下がる。


 おそらく、ヴァイシュは英雄の中でも五本の指に入るほどの強さだと思っていたが、今回勝てたことでその評価が少し揺らいだ。


 元々はどの英雄も無茶をしたところでは勝てず、故に策を練り事前準備を怠らずに戦おうと決めていた。油断・慢心・時の運――それらも助けて殺せてきたが、今回は力押しのきらいがあった。


 もちろん、魔力を消費させるという策はあったわけだが……駄目だな。これ以上は頭が働かない。これだけボロボロの状態で心拍数が落ちるのは初めてだが、まだ死ぬわけにはいかない。


 ……そういえば、どうして俺がラヴァナを殺した犯人だとわかったのか聞き逃したな。まぁ、いいか。残りは九人だ。それまでは――。

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