第9話 圧縮魔法

 クローバーと共に辿り着いたのは町を出て南側にある草原の丘だった。


「こちら側なら比較的安全だと思うので、この辺りにしましょうか」


「グリークさんも言っていたけど、反対側? 町の北側? には何かあるの?」


「何か、と訊かれると答えにくいですが、このジルニアの町が世界のどの位置にあるのか知っていますか?」


「……北側?」


「そうですね。人間が住む場所としては北側です。ですが、この町から山を一つ越えた向こう側には巨大な川が流れていて、その先には旧魔王領が広がっています。魔王がいなくなった今となっては、腕に覚えのある冒険者が偶に様子を窺いに行っているようですが、それでも強力な魔物がこちら側に渡ってくることがあるんです。なので、極力そちらのほうへ近付かないようにしよう、というのがある種の決まりのようなものになっています。もちろん、禁止というわけでは無いですが」


「じゃあ、もし仮に英雄の一人が川の向こう側にいる、ってなったら?」


「当然、行きます。どこに居ようとも関係ありませんので」


「……そっか」


 話もそこそこに、本題に入ろう。


「では、そろそろ――クローバーさん。冒険者登録をする時に魔法の適性を調べましたよね? なんと言われましたか?」


「えっと、偏ってるって言われた、かな。普通の魔法があまり使えない代わりに、圧縮魔法? が秀でている、と」


「圧縮魔法ですか。聞いたことはあります。使える者の少ない稀少魔法の部類に入るようですが、魔力量の消費も大きく実戦向きではないため適性があっても冒険者の中では使う者がほとんどいない、と」


「へぇ~、どういう魔法なの?」


 魔法適性は親から受け継がれることが多い。僕のような例外は別として、大抵は親から魔法の使い方を教わるらしいが……つまり、偶然でも使えたことは無く、親も圧縮魔法の使い手では無かった、と。


「僕もあまり詳しくはありませんが、圧縮――言葉の通り物体を小さくできる魔法です。やってみたほうが早いですね。そこにある石で試してみてください」


「えっと……どうやればいいのかな?」


「知識はあっても使い方まではわからないので、色々と試してみてください」


 座れるくらいに大きな石の下に向かったクローバーは首を傾げながらも手を伸ばした。


 魔力を持っていなくとも、知覚することはできる。


 最初こそよくわからないように魔力を集めた手で石に触れて念じるようなことをしていたが、不意な瞬間に触れた手から石を覆うように魔力を移動させると、その途端に石が圧縮された。


「え!? ……え、成功?」


「成功ですね」


 歩み寄れば、手の中にある小石を見せてきた。


「持ってみる?」


「……そうですね」


 考えられるのは二パターン。魔法を使った本人以外が触れた瞬間に元の大きさに戻るか、任意で戻せるのか。


「はい」


「っ――」


 大きさは変わらない。小石のままだが、問題はその重さだ。これが僕だから良かったものの、それ以外の人が小石を受け取っていたら腕を地面に這わせていただろう。


 つまり、大きさが変わったとしても物体そのものの重さは変わらないということ。


「……クローバーさんはこの小石、重くないですか?」


「うん。全然軽いよ?」


 石を返せば、手の中で遊ばせている。ということは、魔法を使った本人は適した重さを感じるようになり、それ以外には元の重さのまま感じさせているわけか。まぁ、物体そのものを魔力で包んでいるのだから理には適っている。


「元の大きさに戻せますか?」


「やってみる」


 すると、放り投げられた石は地面に着くのと同時に元の大きさに戻った。


「今のは自分の意思で?」


「そう! 上手くいったね!」


「……では、もう一度お願いします。今度は素早く圧縮を」


「わかった!」


 再び手を触れて、石を小さくした。


 なるほど。物体に触れてから小さくするまでに一秒の間がある。それは魔力が物体を包むまでに掛かる時間だから短縮することは難しいだろう。ということは、攻撃を受けた瞬間に対象を小さくしてダメージを負わないようにすることは出来ない。


「力の使い方がわかったところで、次は何を圧縮できて何を圧縮できないのか、それとどれだけの数を圧縮しておけるのかを確かめましょう」


「何からやる?」


「じゃあ、僕から」


 そう言って手を差し伸べればおずおずと握ってきて、魔力が僕の体を包んでいく。


「……あれ?」


「やってますか?」


「やってる、けど……出来ないみたい」


「人か、もしくは生物は圧縮できないのかもしれませんね」


「うん。次は?」


 この場所では物も多くないからこれ以上は何も出来ない。クローバーを連れて森の中に行くのは不安だが、素材を手に入れるには丁度いいか。


「では、場所を移しましょう」


 クローバーを連れて向かったのは南東側にある山の森の中で、見つけた池の前で立ち止まった。魔物の気配は感じるが、まぁこの程度なら問題ないだろう。


「水……はさすがに無理かな」


「なんでも有りではないでしょう。次はこの樹をお願いします」


「はいはい。よし――」


 手に触れ、魔力が樹を包んでいく。しかし、やはり思った通りか。


「無理そうですね」


「うん。圧縮されない」


「では次は――あれにしましょう」


 身を低くしてにじり寄ってきていたステイントカゲを見付けて、その頭を踏み付けて生きたまま捕獲した。


「触れますか?」


「トカゲなら大丈夫!」


「これには毒があるので気を付けてください」


「えっ、う、うん」


 恐る恐るステイントカゲに触れたクローバーが魔力を注ぎ込むが、変化は見られない。


「これも無理ですか。大体わかってきましたね」


「本当? 私は全然わかんない……というか、まったく魔法が使えないなーって感じだけど」


「まずは魔法の特性を理解してから考えることにしましょう。少し離れていてください」


 そう言うと疑問符を浮かべながらもステイントカゲを地面に押さえ付けた僕から離れていった。


「ステイントカゲは捕食対象に噛み付いて毒を流し込んで殺します。当然のようにその肉は食用にはなりませんが、体内にある毒袋は売れるそうです。あとは皮ですね。あまり丈夫ではありませんが、加工しやすく重宝されています」


 言いながらステイントカゲを絞めて腹を裂き、毒袋を取り出して、皮を剥いだ。


「……手慣れているね」


「トカゲは種類が豊富で食べられるものも多いです。それに川や池の周辺に生息していることも多いので、自然とこういうことが身に付きます。では、その肉を圧縮してみてください。体内に含まなければ毒は問題ありませんので」


 躊躇いながらも肉に触れたクローバーだったが、案の定魔法が使えなかった。概ね法則が掴めてきた。


「次はこっちの皮を」


 そう言って手渡すと、ステイントカゲの皮は圧縮されて小さくなった。


「あれ? これは出来た……?」


 本来であれば自分で気が付いてほしいところだけれど、最後の確認をしておこう。


「では――」


 先程、クローバーが触れて圧縮できなかった樹の下へ向かい、根元付近に思い切り脚を振り抜けば、メキメキと音を立てて倒れていった。


「次はこれをお願いします」


「樹? さっきもやったけど――ん! できたっ!」


「ですね。これで圧縮出来るものと出来ないものは把握できました。あとは大きさです。先程の石を出してください。それを小石ではなく掌大にすることは出来ますか?」


 取り出した小石を手に乗せて、それを凝視するクローバーだが変化する様子は無い。


「……一回試してもいい?」


「どうぞ、好きなようにしてください」


 すると、クローバーは小石を地面に落として元の大きさに戻し、再び手を触れると今度は掌大の大きさに圧縮してみせた。


「あ、やっぱりだ。圧縮した物は元の大きさにしか戻せないけど、元の物を圧縮する大きさは変えられるみたい」


「なるほど。では、総括しましょう。クローバーさんの圧縮魔法の特徴は三つ。まず、生物は圧縮できない。それに付随して、生感のある物も圧縮できないようです。生肉が圧縮できず、皮が圧縮できたので認識の問題だとは思いますが。二つ目は圧縮するものは全容を掴めていなければなりません。自生している樹は地中に根が張り巡らされているため圧縮できず、倒れた樹を圧縮できたのがその証拠です。そして三つ目が、圧縮したものはクローバーさん本人以外には本来の重さのままだ、ということです」


「……三つ目は重要?」


「まぁ、直接的にクローバーさんには関係ありませんが大事なことです。実践してみましょう」


 そう言って、圧縮した小石を受け取って池の横に埋まっている巨大な岩を指差した。


「見ていてください。まず、これはそこで拾った普通の小石です」


 腕を振り被り、普通の小石を巨大な岩に向かって投げ付ければ、直撃と同時に小石がバラバラに砕け散った。


「次に、クローバーさんの圧縮した小石です」


 再び腕を振り被って小石を投げれば、直撃と同時に派手な音を立てて岩が凹みヒビが広がった。


「っ――ど、どうして……?」


「簡単に説明すれば、同じ大きさの物体だとして、片方の重さが五キロでもう片方が二十キロ、それが同じ速度でぶつかれば重いほうが大きな衝撃を与える、とそんな感じです」


「……なるほど! つまり、それを利用すれば私も戦うことが出来るってこと!?」


「可能ではあります。けれど、戦いは徐々に覚えていけば良いので、今は敵の攻撃を防ぐこと、逃げることに重点を置いてください」


「でも、それだと私はロロくんを手伝えない……」


「お気持ちは受け取ります。ですが、僕を手伝うというのならやはり防ぐことと逃げることを一番に考えてください。それが僕のためになります」


「……うん。わかった」


 納得してくれたのか手の中にある圧縮した樹を見ながら何かを考え始めた。


 まぁ、実際のところ圧縮魔法はもう少し複雑なのだろう。しかし、僕にとっては中々に有用ではある。


 もう少し調べたいことはあるけれど、実践的な使い方はクローバー自身で試して覚えていくほうがいい。とりあえず、一番の収穫は圧縮魔法に詠唱が不要という点だ。それはもしかしたら適性が秀でていて他の魔法が使えない代償かもしれないが、ものは考えようだ。使えるものを最大限に利用する。僕は常にそうやってここまで来たのだから。

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