第10話 ルール厳守

 圧縮した物をポケット一杯に詰め込んだクローバーと共に町へと戻ってきて真っ先に換金所へ向かった。


「ステイントカゲの毒袋と皮で銀貨一枚ですね」


「お願いします」


 今更だが、どうやら換金所では何も申告しなければ魔物の素材などは狩ったものとして扱われるらしい。まぁ、素材を拾うことのほうが稀だろうから、数が少ないほうを申告制にするのは正しい。……できればエンドゥルのギルドでも教えてもらいたかったが。


「次はどこ行くの?」


「ギルドに寄りましょう。お昼も過ぎていることですし、落ち着いた頃かもしれません」


 二人でギルドへ赴けば、未だに混乱は残っているものの比較的落ち着いている。カウンターは冒険者で埋まっているからクエストが貼られている掲示板――ボードの前へ。


「……色々あるね」


「とはいえ、あまり目ぼしいものはありませんね」


 クローバー同伴で行えるクエストに絞れば、受けられるものは限られる。


 順位に関係なく受けられて、危険性の少ないクエストは――鉱石採掘だな。


「これにしましょう」


「ん? ロジエント結晶の採掘? クエスト報酬銀貨三枚、ってことは珍しい鉱石なの?」


「どちらかというと採掘するのが面倒な鉱石、ですね。ここより西側の地面に巨大な縦穴が空いているのですが、そこの最下層で採れるのがロジエント鉱石です」


「確かにそれは面倒そうだけど……魔物は?」


「多くはない、と言われています。僕自身も行ったことはないのでわかりませんが、順位に拘らず受けられるので、その通りなのでしょう。どうですか?」


「ロロくんが良いなら、それでいいよ」


「では、これにしましょう」


 貼ってあった紙を手に、ローブの間から認識票を出して空いたカウンターへと向かった。


「これをお願いします」


「はい。ロジエント結晶の採掘ですね。クエストを受けるのはお二人でよろしいですか?」


「はい、二人で受けます」


「ロロさんに、クローバーさん、ですね。受諾しまし、た……」


 途端に歯切れが悪くなったお姉さんはこちらの顔をまじまじと見て、全身を上から下へと視線を這わすと考えるように俯いた。


「小柄でローブを羽織った冒険者……条件は合っていますが……あの、領主様とのご面識はありますか?」


「……どちらのですか?」


 そう問い掛ければ、お姉さんは目を見開いて顔を寄せてきた。


「現在、グリーク様がご存命だったことを知っているのはギルド関係者のみです。ですので、こちらをお渡しします」


 差し出された布袋がカウンターに置かれると、ガチャリと重い音が鳴った。中身を確認すれば、大量の金貨が入っていた。


「え!? すごい! これならクエストを受けなくても大丈夫だね!」


「今ならまだクエストの受諾は完了していないので引き下げるのであれば問題ありませんよ」


「……いえ、クエストはこのまま受けます。領主は屋敷ですよね?」


「そう、だと思いますが……」


「では、クエストはそのままお願いします」


「え、っと……はい。承りました」


 金貨の入った袋を手に踵を返せば、クローバーは訝しむ表情を見せたがそのまま後に付いてきた。


 ギルドを出て真っ直ぐに屋敷へ向かうと、門を入ったところで使用人の一人に出くわした。


「あ、あの! 現在この屋敷は誰一人お通しすることはできません!」


「そうでしょうね。ですが、大丈夫です。僕は事情を知っているので」


「そう言われましても……って、クローバーさん? ということは――」


 クローバーと視線を交わせた使用人は無言で深々と頭を下げてきた。通ってもいい、ということだろうか。


 屋敷の中に足を踏み入れて、迷うことなく二階の部屋のドアを開けば――そこに居たグリークは驚いた顔をした。


「よくぞ来てくれた。改めて礼を――」


 言い終わる前に、テーブルの上に金貨の入った布袋を置いた。


「お返しします」


「それは私からの感謝の印だ。遠慮せず受け取ってくれ」


「出来ません。そういうつもりでは無いので」


「ふむ……しかし、それでは私の気が治まらん。感謝でなければ冒険者への援助、もしくは支援。そういう名目でも受け取れないか?」


「ルール五・人の好意を受け取るな、です。名目がどうであれ関係ありません」


「……では、クローバーくんに渡すのはどうだろう? 二人は共に行動しているのだろう?」


「それも看過できません。巡り巡って僕のためだというのがわかっている以上、ルールに抵触します」


「だとすると……こちらには金を渡すことくらいしかないのだが……どうしたものかな」


「何もしていただかなくて結構です。僕はただ、僕のしたいことをしているだけですから。失礼します」


 踵を返すと苦笑いをするクローバーと目が合った。しかし、納得したように頷いて見せた。


「――ならば、ごみの処理を手伝う、というのはどうかな?」


 その言葉に足を止めた。


「どういう意味ですか?」


「うむ。この町と屋敷は五年の間で色々と変わったようでな。今は元の形に戻すため尽力しているのだが……見せたほうが早い。一緒に来てくれ」


 言われるがまま後に付いていくと、一階の角の部屋に通された。


「これは……」


 そこはまるで武器庫かと思うほど、様々な武器が大量に置かれていた。


「どうやら英雄ブラフが集めていた物らしい。いくつかはギルドに寄付したのだが、これだけの量となるとさすがに難しいらしくてな。処分に困っていたところだったんだ。良ければ好きなだけ持っていってくれ」


 判断の難しいところだが、武器の一部が減っているところを見るにギルドが引き取ったというのも、処分に困っているのも事実だろう。冒険者へ流すのも、武器屋で売るにしても価格破壊が起きてしまう可能性がある。


「……わかりました。こちらでいくつか処分します」


「そうか。よろしく頼む」


 そう言うとグリークは部屋を出て行った。使用人の一人がドアの前に居るが、現領主に返り咲いた者はまだまだ仕事も多いのだろう。


 さて。


「では、クローバーさん。使えそうな物を選んでください」


「ん~使えそうな物……やっぱり武器は必要?」


「そうですね。逃げることを第一に考えていても自衛の術は必要です」


 クローバーが悩みながら武器を選ぶのを眺め、こちらも使えそうな物が無いか調べてみよう。


 さすがに武器としての性能が低いせいか僕が使っている大きさのナイフは無い。鎧や雑嚢などの装備もあるようだが……いくつかは使えそうだ。


「や、やっぱり大きいほうが良いよね?」


 その声に振り返れば、大剣を引き摺ってきていた。


「……いえ、ルール三・身の丈に合った武器を選べ、です。体格や戦い方に合った武器でなければ実力の半分も出せません。クローバーさんの場合、身長は僕よりも大きいですが力がありません。なので、剣を持つなら細身で軽いものがいいでしょう。もしくは剣以外でも良いですが」


「剣以外……飛び道具とか?」


「使ったことありますか?」


「ない!」


「ですが、良いところに目を付けました。飛び道具――例えば弓などは持ち運べる矢の本数に限度があるため長期戦の場合や近距離戦闘になった時に不利になりがちです。しかし、クローバーさんの圧縮魔法であればその心配は減りますよね?」


「……あ~、いっぱい持てるってことか。試し射ち出来る?」


「ここでは難しいので貰っていきましょう。弓と、矢を二十本ほど圧縮してください。それに合わせてこれを」


 背負う形の背嚢と、いくつものポケットが連なったベルトタイプの雑嚢を手渡した。


「こっちのポケットいっぱいのベルトはどう使うの?」


「腰に巻いて、そこに圧縮した物を仕舞っておきます。すぐに使いそうな物をそちらに。それ以外の予備を背嚢に容れて持ち運べば便利なのでは、と」


「なるほど!」


 手を叩いたクローバーは腰にベルトを巻いて、そこにズボンの中に詰まっていた圧縮した物を入れ替えている。


「その他、必要だと思う物をクローバーさん自身で考えて準備してください」


「わかった!」


 言われたものだけを持つのでは実際に使う時に悩んでしまう。だから、自らで使い方を考えて用意することに意味がある。


 動き易さを前提にしているからクローバーに鎧などの防具を勧めることはしない。自分で必要だと考えるのなら、その時には助言をするつもりだが……いざとなれば僕が守ればいい。


「準備できたよー」


「では、行きましょう」


 背嚢を背負ったクローバーと共に部屋を出たところに居た使用人の前に立った。


「グリークさんは書斎ですか?」


「はい。ですが、グリーク様は先を急ぐお二人には挨拶なく帰っていただくようにと仰せつかっております」


「……そうですか。では、帰った旨、伝えておいてください」


「畏まりました」


 頭を下げて屋敷を後にした。


「もう向かう?」


「いえ、その前に必要なものをいくつか買い揃えます。一緒に行きますか?」


「行くー」


 ポーションなどを買い揃えて、早速ロジエント結晶が採掘できるロジャーズ縦穴に向かって出発をした。

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