第3話 初クエストと換金所
翌朝、ギルドが開くよりも先にカウンターまで来るようにと言われた通りにやってくれば、昨夜対応してくれたお姉さんが待っていた。
「あ、おはようございます、ロロさん。すみません、本当は昨夜のうちに認識票が出来上がるはずだったのですが、諸々の手続きなどがありまして……こちらがロロさんの認識票です」
「ありがとうございます」
差し出されたチェーンネックレスの先には文字の彫られたプレートが通されていた。
「そこにはお名前と現在のランクが記されています。ロロさんのランクは十位、新人ですので一番下になります。ランクを上げるにはクエストを成功させることと、魔物との戦いに勝利することです。クエストに関してはギルドに報告していただく必要がありますが、魔物との戦闘は認識票が記録するので、更新をお忘れなく。ランクが上がればそれに伴って難しいクエストも受けられるようになりますので」
「なるほど。便利ですね」
言いながら、それを首に掛けて服の内側へと入れた。
「ちなみにですが、クエストや冒険中に死亡した場合などにも認識票を必要とするので、どんなときでも肌身離さず付けておいてください」
「わかりました。……記録されるのは魔物との戦闘だけ、ですか? 山賊や盗賊などといった人間との戦闘は?」
「盗賊や山賊などの場合は誤魔化しが効かないので、魔物のみですね」
特定の魔物と違って盗賊や山賊は実害があった上での依頼だからこそ、嘘を吐いたところでバレるから意味が無い、と。
「納得しました。それで、シシューさんから依頼を受ける約束をしているのですが……」
「はい。支配人は現在、所用にて外に出ておりますがそちらについても承っております。ロロさんに引き受けていただきたいクエストは、こちらの採取クエストです」
差し出された紙には詳細が記されていた。
「採取……ポーション用の薬草を五十個ですか。わかりました」
わかりやすく初心者用のクエストをあてがわれたってところだろう。
「期間はございません。採取した薬草はこちらの袋に容れて保管してください」
「提出場所はどこですか?」
「こちらの受付で大丈夫です。クエストによっては依頼者の下へ直接運ぶものもあるのでその都度確認してください。では、いってらっしゃいませ」
「はい。行ってきます」
頭を下げてギルドを後にした。
現状では冒険者として必要なものが足りていない。けれど、金もない。まずはこのクエストを達成して、その報酬を元手に次の冒険に出るとしよう。
薬草の生息地は依頼書に記されている。場所は――街より北に広がるキリの森だ。この世界の地域と地形は両親に、大体の分布は神父やウギさんとザジさんから教えられている。
キリの森は入り組んだ森林地帯だが、比較的に穏やかな魔物が多く危険も少ない。
まぁ、危険度だけならウルステ村の周りの山や森のほうが高いだろうから大して不安もない。今にして思えば体調を崩したのは精神的にやられた九年前のあの日だけで、それ以降は村の診療所にも掛かったことは無かった。それがナチュラル・ギフトのおかげなのかもしれないが――問題は、そのせいで実際にポーションや薬草に触れたことがないということだ。
「……絵は描かれていますが……生えているのは木の陰だと――あ、これか」
森の中を歩いていれば、依頼書に描かれているのと同じ二葉の草が地面に生えていた。
これをあと四十九個集めるわけだが、見渡せばそこかしこに生えている。それでも冒険者に依頼しないと足りないくらいに薬草が必要とされているのだろう。
「――ふぅ」
ここまでで採取したのは三十個ってところか。状態が良い物を選びつつ進んでいたせいか、森の深い場所までやってきてしまった。魔物でもいれば、素材を持ち帰ることも考えていたが、さすがに襲ってはこないな。
「なら、こちらから出向きましょうか」
すんっ――と鼻を鳴らせば血の臭いを感じ取った。
薬草を採取しながら森の奥へ進めば、地面に垂れた血の痕を見付けてそれを追っていった。
そして、思った通り洞穴を見付けた。直径およそ二メートルで、入口の前には四足で強靭な角を持つ草食獣ヤガルの死体が転がっている。食べ掛けだが、状態から見てまだ新しい。歯型と爪痕、それに洞穴に潜んでいることから、おそらくここにいるのはバギーベアーだろう。
満腹で寝ているのなら今が気、かな。入口の前に立ち、静かに息を吐いた。
バギーベアーなら、こちらはマッドウルフだ。
「すぅ――〝オォン〟!」
――オォオン――オォン――ォン――
「グォオオオオ!」
響いた鳴き真似に反応して、雄叫びが聞こえてきた。
入口から距離を取り、薬草を入れた袋を木の枝に掛けて両手にナイフを取り出し構えた。すると、洞穴から飛び出してきたバギーベアーが僕の目の前で威嚇するように立ち上がった。
体格差は約二倍。毛並みと肉付きからして心臓にナイフは刺さらないだろう。
「グォオオッ!」
振り下ろされた右腕を避ければ、鋭い爪が地面を傷付けた。いくら僕の体が丈夫とはいえ、痛みはある。攻撃を食らわないことを前提に考えれば、方法は二つ。
まずは一つ目――振り下ろされる腕を避けながら、巨体を倒してきたところでその首元目掛けてナイフを突き立てた。
「っ――硬っ」
切っ先は刺さったが、分厚い皮膚を貫くことはできず再び距離を取った。
ナイフが刺さらないのなら次の手に移る。
バギーベアーと睨み合いながらナイフを仕舞い、相手と同じように両腕を広げれば、確実に殺す勢いの右腕を振り上げた。
「グォオッ!」
振り下ろされる腕を掴みながら内側に入り、反対の手で腹の皮膚と毛を鷲掴み――身体を反転させながらバギーベアーを放り投げた。
地面に倒れた姿を見て跳び上がると、その首元目掛けて両足で踏み付けにした。
――ゴキンッ
首の骨が折れる音と共に、バギーベアーは動きを停めた。
「はぁ……ナチュラル・ギフト、ですか。理由がわかったおかげか体が軽いですね」
これまではただ漠然と体を鍛えていたけれど、言われて初めて得心した気がする。有り余る膂力も、俊敏性や敏捷性も、瞬発力や持久力にしても、何もかもに説明がつく。生まれながらにして違っていたのなら両親も気が付いていたのかもしれない。それでも黙っていたのは僕の進む道を狭めないためだろう。その優しさの先に、この命がある。
獣の魔物は毒を持っていない限り食用になる。バギーベアーも当然のように捨てるところが無い。本来であれば、この場で血抜きをして肉の鮮度を保つべきだが、ナイフの刃が通らないのではどうしようもない。
「仕方がないですね」
まずはヤガルの死体から切り取った二本の角をローブ下のベルトに差し込み、薬草の入った袋を口で噛み締めて、バギーベアーの体を持ち上げた。
解体する手間を考えれば、丸ごと運んだほうが早い。
約五百キロの巨体を抱えてキリの森を抜けて、エンドゥルの街へと戻ってくればざわつく住民たちが道を割っていく。
「おいおい、ありゃあなんだ?」
「バギーベアー……もしかして、あの少年が仕留めたのか?」
「まさか。どうせ落ちていた死体を拾っただけだろ」
耳に付く。けれど、どうでもいい。
ギルドの隣にある換金所へと向かっていれば、もう少しのところで目の前に現れた三人組が道を塞いできた。
「おい小僧。悪いことは言わねぇから、その獲物を置いてきな」
「逆らおうなんて思うなよ? 冒険者に成りたてのお前と、八位の俺ら、それにここにいるのは七位のザコウさんだ! 素直に従えば痛い目見ずに済むぜ?」
七位と八位――一つしか変わらない割に随分と立場が違うらしい。それとも単純にこの三人組に師弟関係があるとか? とはいえ、気掛かりが一つ。
バギーベアーを片手で支えながら、口に銜えた袋を外した。
「え~っと、仮にこのバギーベアーを渡したとして、あなた方の認識票には戦闘の記録がありませんよね? どうするつもりですか?」
「なんだ小僧、そんなことも知らねぇのか!? いいか? 順位を上げる方法はクエストを達成することと魔物を討伐すること、それにギルドへの貢献度ってのがある! 貢献度ってのは換金所にどれだけの素材を落としたかってことだ! つまり! 誰が狩ったかは関係ねぇ! 拾ったもんだって申告すれば貢献度だけが加算されるってわけだ!」
「ああ、なるほど。それで実力の無い人でも横取りなどをすれば順位が上がる、と。意外と穴のある制度ですね」
「ごちゃごちゃ呟いてんじゃねぇ! 痛い目見ないうちにさっさと――」
一人が詰め寄ってきた時、横からやってきた異様に高い背を丸めた男がザコウに近寄って行った。
「……通行の邪魔だ。ザコ」
「テメェ――俺の名前はザコウだ。忘れんじゃねぇぞ」
「忘れてねぇよ。ザコ」
何やら険悪な雰囲気だけれど、これは僕を助けてくれているのかな?
「おいおい、イチャモンつけてんじゃ、ねぇ……ぞ」
「なんだぁ? 喧嘩売ってんなら買ってやろうかぁ?」
気怠く言葉を吐いた男が背負っていた細長い棒に手を伸ばすと、途端に三人組は顔を青褪めさせた。
「待て待て待て! あんたとやり合うつもりはねぇんだ! ここは退く。その手を下ろせ」
そう言うと、男たちは僕のほうを一瞥することもなくその場から去っていった。
「あの、ありがとうございました」
「オレぁなんにもしてねぇよ。あいつらが邪魔だっただけだ。新人だな?」
「はい。今日が初仕事でした」
棒から手を放した男は片眉を上げながら、背負っているバギーベアーを一瞥した。
「……そうか。まぁ、適当に頑張れ。オレぁこの街を出るが、縁があればまたどこかで生きて会えるだろ。じゃあな」
「あ、はい。ありがとうございました。また、どこかで」
言い終わるよりも先に去っていった男の背を見送って、開いた道から換金所へと入った。
建物に入った瞬間、居合わせた冒険者も換金所で働いている人たちも、全員の視線がこちらに向けられた。さすがに今の状況が異質なことには気が付いている。
「すみません。換金をお願いします」
カウンター越しで逞しい髭を蓄えたおじさんに言えば、苦笑いをしながら近寄ってきた。
「お、おう。小僧、新米だな? 換金所に来たときは認識票を見えるところに出しておけ」
「あ、はい。すみません」
言われて認識票をローブの間から出した。
「十位か。ここでは素材を出す時に入手した経緯を話せ。それを記録し、後の順位更新に役立てるから嘘は吐くなよ。狩ったものを狩ってないと報告するのは問題ないが、狩っていないものを狩ったと報告するのは減点に繋がる。注意しろ」
「なるほど。では、バギーベアーは僕が仕留めました。けれど、こっちのヤガルの角は拾いものです」
すると、おじさんは訝しむような視線を向けてきて、静かに息を吐いた。
「……わかった。そう記録しておく。しっかし、こんだけの大物だ。査定するには少し時間が掛かる。その間にクエスト報告にでも行ってこい」
「そうします」
「おいテメェら! ボサッとしてねぇでバギーベアーを運べ!」
おじさんの声に反応して、周りにいた作業服を来た若い男たちが集まってきてバギーベアーを手渡した。
「おっも!」
「おい、足持て足!」
「爪に気を付けろ! 触れただけで裂けるぞ!」
等々の話し声を背中で聞きながら、換金所を出てギルドへ。
カウンターに向かえば、お姉さんがやってきた。
「お帰りなさい、ロロさん。すでに街の噂になっていますよ。単独でバギーベアーを狩った冒険者がいる、って」
「運が良かっただけです。もしもバギーベアーが殺すためではなく食うために襲ってきていれば僕も無傷では済みませんでした。これ、薬草です」
「ありがとうございます。確認致しますね」
渡した袋を覗き込んだお姉さんは中の薬草を数えるように指を差している。
「……四十九……五十、と。はい、確認できました。随分と状態の良い物を集めてくださったようですが、報酬額は固定ですので……」
「ポーション用の薬草であれば、いずれ僕自身も使うことになると思うので出来るだけ良さそうなのを集めただけです。気にしないでください」
「そう、ですか。では、こちらが報酬の銅貨三枚です。お受け取り下さい」
差し出された銅貨を受け取って、それをポケットに入れた。
「ありがとうございます。あの、冒険者に必須な物って何か訊いてもいいですか?」
「はい。構いませんよ。冒険者に必要な物、ですか。前衛か後衛かにもよって変わりますが……ロロさんは前衛ですよね? でしたら、まずは雑嚢ですね。大きさや形は使用する武器や体格にもよるのでお店の店員さんに訊くのが一番です。雑嚢が手に入ったら、次はポーション類を買ってください。冒険者には『戦える体と薬があれば旅に出られる』という言葉もありますので」
「雑嚢と薬ですね」
「他にも防具や予備の武器、戦闘回避用の煙玉などを常備する冒険者さんもいらっしゃいます。初心者の方であればパーティーを組むことをお勧めしているので、ギルドのほうで斡旋もできますが――如何ですか?」
「それは、大丈夫です。僕は一人のほうが気楽なので」
「そうですか。何かあればいつでもギルドのほうにご相談してくださいね」
必要なものは聞けた。現段階で気になることと言えば。
「じゃあ、一つだけ。先程、換金所の前で冒険者の方と会ったのですが……背が高い割に背筋を丸めて、細い長い棒を持っている男性なのですが知っていますか?」
「背が高くて細い棒……ああ、それは多分、岩砕のジンさんですね」
「岩砕の……?」
「呼び名、というか通り名ですね。
「いえ、ちょっと気になっただけなので特に何ということは。ありがとうございました」
「いえいえ。では、またお待ちしております」
頭を下げて、ギルドを後にした。
とりあえず、自分の実力とギルドの制度については大体把握できた。あとは必要なものを買い揃えて、情報収集だ。
ああ、それと宿か。さすがに今日もギルドの一室を借りるわけにはいかない。そのためにはバギーベアーとヤガルの角がいくらになったのか……確認しに行こう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます