第4話 情報収集は酒場で

 通貨は銅貨・銀貨・金貨の三種類。


 銅貨三十枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚。金勘定に関しては行商の息子だ。使い方は計画的に考えている。


「お前さんの持ってきたバギーベアー、あいつぁ状態が良い。ヤガルの角もオスの深角だ。どちらともに良い値が付いた。バギーベアーは銀貨十二枚、ヤガルの角は銅貨二十枚だ。持っていけ」


 カウンターに置かれた布袋はガチャリと音を立てた。


「ありがとうございました」


「そいつぁこっちの台詞だ。次も期待しているぜ、小僧」


「善処します。では」


 換金所を出て向かったのは、武器屋・防具屋と並び立った商店だ。


 まずは言われたとおりに雑嚢を見よう。


 動きを制限されるのは困る。肩の可動が狭まる背負うタイプは無し。同様に肩に掛けるタイプも無し。戦いに入る時に下ろせばいいのかもしれないけれど、一度手放したものが再び自分の手に戻ってくるとは思わないほうが良い。


 やはりシンプルに腰に巻くタイプが良いだろう。とはいえ、ナイフを取り出すのに邪魔にならない大きさで考えると一つしかない。


「値段は……銅貨十二枚。まぁ、こんなものでしょう」


 次に、この雑嚢の要領に合わせて薬を。そもそもが怪我も病気も滅多にかからないわけだから、最小限でいい。


回復用ヒールポーションと解毒用デトックスポーション……あとは水筒やレーションなどですね」


 それらを持ってカウンターへ。


「雑嚢とポーション二種類、水筒とレーション、火打石で計銀貨一枚と銅貨十五枚です」


「じゃあ、これでお願いします」


「はい。丁度ですね。ありがとうございましたー」


 雑嚢を腰に回して、ナイフを取り出すのに邪魔にならないベルトの少し上に付けた。そこに買った物を詰め込んで、隣の武器屋へ。


 並ぶ武器は多種多様だが、今の僕に使えるのは片手ナイフのみ。


「とはいえ……ナイフだけでも種類が豊富ですね……」


 形見のナイフもウギさんとザジさんからいただいたナイフも、ヤガル程度なら倒せるがバギーベアークラスになると刃が立たない。店員に訊いたほうが早いか。


「すみません」


 声を掛けながらカウンターへ向かえば、そこには若い女性が居た。


「はい、御用ですか?」


「切れ味の良いナイフが欲しいのですが……」


「切れ味ですか……ちなみに今使っているナイフはどのようなものですか?」


「どのような? えっと――これです」


 取り出した二本のナイフを見せれば女性店員は、まじまじとそれを眺めて刃に指を這わせた。


「なるほどなるほど。悪くない品です。この辺りの魔物程度なら問題なく戦えると思いますが……それ以上に切れ味があるのは、この一本だけですね」


 差し出されたナイフを手にしてみれば異様に軽い。


「これ、切れ味の代わりに耐久性を犠牲にしていますよね?」


「そうなんです。大量生産だとどうしても釣り合いが取れなくなってしまいまして……」


 そういう内情は理解できる。だからこそ――さて、どうするか。


「ん~……」


 並ぶナイフを眺めながら唸っていると、女性店員がどこからか別のナイフを手に戻ってきた。


「例えばこちら。少々値は張りますが、これは加工することを前提に作られたナイフです。このナイフと、ダンジョンなどで手に入れた鉱石や魔物の素材などを鍛冶屋に持っていくと、自分仕様の武器を作ってもらうことができます。もちろん、その場合も多少お金が掛かりますが」


 その情報をクエスト前に知っていれば、ついでに鉱石でも素材でも集めてきたのだが、今更言っても仕方が無い。


「では、そのナイフを二本お願いします」


「一本、銀貨一枚ですが大丈夫ですか?」


「合わせて銀貨二枚ですよね? 大丈夫です」


 そう言って、布袋の中から銀貨二枚を取り出した。


「ではでは、すぐに持ってきます!」


 焦ったように店の奥へと引っ込んだ女性店員は、二本のナイフを手に急ぎ足で戻ってきた。まぁ、新人冒険者が買う武器としては玄人向けなのだろう。


「そんなに急がなくて大丈夫ですよ」


「いえいえ、ではこちらが商品です」


「ありがとうございます。代金です」


「はい。丁度いただきます。ありがとうございました!」


 カバー付きの二本のナイフを雑嚢の中に容れて、次は隣の防具屋へ。


 今は鎧も何も身に着けていない。いくら並の人間よりは体が頑丈とはいえ、守るための装備は必要だろう。


 鉄の鎧、革の鎧、兜に手甲に盾と色々あるけれど――さて。


 兜は視界が制限される。ナイフを扱う時は感覚がぶれないように素手が良いから手甲は無し。盾はあれば便利な気がするけど、大きさ次第では邪魔になる。それなら肘から手首までの篭手にすれば問題は解決だ。


 冒険者は基本的に動き易さ重視の革鎧を着ている人が多く、鉄の鎧は大人数パーティーの中に一人いるかいないかという程度。とはいえ、革鎧はあの時のことを思い出すからどうにも……他の冒険者が着ているのは構わないが自分で身に着けようとは思わない。


「何か探しものか?」


 悩んでいるのを見兼ねてか、服の上からでもわかる筋骨隆々な店員が声を掛けてきた。


「防具を探しているのですが、革鎧とか以外に動き易いものは無いかと思いまして」


「革鎧じゃ駄目なのか?」


「駄目というわけではないのですが……あまり好ましくない感じといいますか……」


「好きじゃねぇなら仕方ないな。革鎧以外なら……どういう戦い方をする?」


「前衛で接近戦、ナイフを使います」


「ってことは飛んだり跳ねたりだな。動き易さを考えると強化繊維を編み込んだ服、もしくは片手盾だな。検討したか?」


「はい。盾の代わりに肘から手首までの篭手を両腕に嵌めようかと」


「なら服だな。物理耐性、魔法耐性と色々あるが……どうする?」


「強度はどの程度ですか?」


「物理耐性なら多少の衝撃を和らげる程度だな。完全に遮断することはできない。魔法耐性も同じようなものだ。あとはデザインで選べ」


 それもまた難しい。まぁ、普段はローブを纏っているわけだからそんなにこだわる必要もない。普通のシャツとズボンでいい。


 選んだ服を手に取れば、店員は篭手とブーツを持ってきた。


「靴、ですか?」


「軽くて丈夫、履いてみてくれ」


 言われるがままにブーツを履き、足首まで紐で固定すれば――確かに軽い。それに大きさも丁度いい。


「これ、凄いですね」


「靴底に撓る鉄板が入っているから多少手荒に扱っても問題は無い。履き続ければ、それだけ体に馴染むことだろう」


「では、この靴もお願いします」


「あと鎧は必要ないと言っていたが、この革鎧を着けてみろ」


「……わかりました」


 促されるまま革鎧を身に着れば、思った以上に柔らかく動きも制限されない。


「どうだ?」


「これ、普通の革鎧ですか?」


「いや、普通のものよりは耐久力の劣る品物だ。だが、無いよりは有ったほうがいい。着け続ければ慣れるもんだが、駄目なら外しゃあいい。だろ?」


「……そうですね。では、そうしてみます」


 先人の知恵は聞いておくものだ。


「服と篭手と靴と革鎧で、え~っと……銀貨三枚」


「じゃあ、これで」


「丁度だな。ここで着替えていくか?」


「可能ですか?」


「ああ、そこを使え」


 指されたカーテンの向こうに入り、鏡の前で装備を整えた。


 篭手もブーツも丁度いい。服も着心地に問題は無い。


「――どうだ?」


 カーテンの外から声を掛けられ、外に出た。


「丁度いいです」


「古い服はどうする? 処分するならうちで処分しよう。保管するならギルドに頼むんだな」


「ギルドに頼めるんですか?」


「服だけじゃなく予備の武器や金を預けておける。直接聞いたほうが早いと思うが、金以外は預けた場所のギルドじゃないと引き出せないから注意するんだな」


 逆に言えば金はどこのギルドでも引き出せるということか。それは便利なことを教えてもらった。


「色々とありがとうございました」


「装備屋が新人冒険者にモノを教えるのは当然のことだ。気にするな」


「……じゃあ、あの……もう一つだけ。この街で冒険者が集まる酒場、とかご存知ですか?」


「街にある酒場は大抵が冒険者の溜まり場みたいなもんだが……東側にあるエスカの酒場ってところがオススメだ。あそこはメシも美味いし、何より安い。店主が元冒険者ってのもあって変な奴らが寄り付かない。行ってみるといい」


「わかりました。ありがどうございます」


 防具屋を出て、ギルドに寄って服を預けて、その足で東側へと向かった。


 エスカの酒場――出ている看板を目印にドアを開ければ、店の中は冒険者で賑わっていた。


「いらっしゃいませー」


 女性店員に頭を下げ、ほとんど埋まっているテーブル席の間を抜けてカウンターへとやってきた。


「いらっしゃい。新顔だな? 何歳だ?」


「十五歳です」


「なら、酒は出せねぇな。ミルクでいいか?」


「はい。お願いします」


 そう言いながら、店内を一瞥した。


 聞いていた通り、確かに換金所の前で絡んできた達の悪そうな冒険者はいない。何人かの視線はこちらに向けられているが、新人や余所者はそういうものだろう。


「はいよ、ミルクだ」


 木製のジョッキで差し出されたミルクを受け取って、目の前の男性に視線を向けた。


「ありがとうございます。えっと、店主のエスカさん、ですか?」


「ああ、そうだ」


「伺いたいことがあるのですが、いいですか?」


「もちろん。酒場ってのは情報交換をする場でもあるからな」


「では――十三人の英雄の、現在の居場所をご存知ですか? もしくは知っている方をご存知ですか?」


 そう言えば、エスカは片眉を上げて蓄えた顎鬚を撫でた。


「ふむ、英雄の居場所か。大方、冒険者になる理由を与えてくれた英雄に一目会いたいってところか?」


「まぁ……そうですね。そんな感じです」


「十三人の内、一人に関しては知っていると思うが他はあまり知られていないからな……不正確な情報かもしれないが、英雄の一人が北にある町で領主をやっているという話を聞いたことがある」


「その英雄の名前はわからないんですか?」


「ん~……ああ、北の町出身の奴がいるからそいつに訊くといい。ほら、あそこに座ってる赤茶髪の男だ」


 指差すほうへ視線を送れば、赤茶髪の男と目が合った。


「ありがとうございます」


 ジョッキを手に、四人席の空いた一席に腰を下ろした。


「初めまして、ロロと申します。お伺いしたいことが――」


「お前、アレだろ? 昼間にバギーベアーを運んでいた奴だ。この場にいる何人かは拾ったもんだって言っている奴らもいるが、俺にはわかるぜ? あれはお前が狩ったんだろ?」


「そうですね。一応は、僕が倒しました」


 目の前の男は同じテーブルの二人と仲間らしく言うことに頷いているが、どうやら酔っているな。


「やっぱそうだったか! おい店主! バギーベアーの肉を仕入れたって言ってたろ! 狩った張本人にステーキを食わせてやれよ!」


「いえ、僕は別に――」


 そう言い掛けたところで、驚いた顔を見せていたエスカはグッと親指を立てて調理を開始してしまった。


「そんで? 何を訊きたいって?」


 態度の割に、ちゃんと話を聞いてくれていて良かった。


「えっと、まずお名前をお伺いしてもいいですか?」


「俺はガダ。そっちはパーティーメンバーのスミレとタンクだ」


「よろしく~」


「どうも」


 ジョッキを掲げてくるのに合わせて、こちらもジョッキを掲げた。


「ロロです。よろしくお願いします。ガダさんが北の町出身だと聞いたのですが、今、そちらの町に英雄の一人がいる、とか」


「英雄? ああ、確かにいるな」


 途端に声色が変わった。


「その英雄の名前はわかりますか?」


「……ブラフ。英雄の一人には違いないが行くことは勧めない」


「何かあるんですか?」


 すると、周りを気にしながら顔を寄せてきた。


「あの町は今、人取引している。大声で言えないのは、冒険者の一部もそこに関わっているからだ」


「……町に住む人は何も言わないんですか?」


「英雄様のしていることは正しいこと、ってな感じなんだろうよ。今がどうかは知らないが」


「ガダさんはいつ町を出たんですか?」


「四年前だ。ちなみに英雄が来たのは五年前。たったの一年足らずで領主にまで成り上がったってわけだ」


「なるほど。事情はわかりました。お話、ありがとうございました」


 そう言って立ち上がった時、エスカ自ら皿を持ってきた。


「これがバギーベアーのステーキだ。存分に味わえ」


「えっと……ありがとうございます」


 再び腰を下ろすと、エスカはカウンターの向こうに戻ることなく、ポケットの中から取り出した、何かが包まれている布を差し出してきた。


「これを」


「これ、なんですか?」


「バギーベアーは消化できないものを体内で溜め込んで結晶を作る。個体によって結晶の有無、位置ともに違うため本来であれば見つけ次第ギルドに報告し、換金所で再び査定するべきだが、狩った本人に渡すことは問題ないだろう。持っていけ」


「そういうことでしたら、ありがとうございます」


 それを受け取り、雑嚢の中へ。


 エスカが戻っていくと、目の前のガダがナイフとフォークを差し出してきた。


「ほら! 食ってみろ。美味いはずだ」


「はい……いただきます」


 とはいえ、ウルステ村でも色んな肉を食べたことがあるから、今更感動もない。


 とりあえず、肉を食べながら次のことを考えておこう。


 一先ずの目的地は決まった。この後はここに来る途中に見つけた宿に泊まって……いや、その前に一か所寄ってみるとしよう。

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