第2話 出発。そして、ギフト。
朝食を食べ終えた時、ウォードベル神父は感慨深く息を吐いた。
「この村に来て十年――今日であなたも十五歳。成人ですね。これからどうするおつもりですか?」
「冒険者になります」
「出発は?」
「午後にでも」
「では、村の皆さんへの挨拶も忘れないようにしてください」
「はい。もちろんです」
それからお世話になった村人全員へ挨拶に向かった。
――――
「なんだ、ついに出て行くのか!? 寂しくなるじゃねぇか!」
「お前の人生だ。好きに生きろ」
「ウギさんとザジさんには大変お世話になりました」
「冒険者になるんだろ!? ならばアドバイスだ! 信頼できる仲間を見つけろ。俺とザジのようにな」
「まぁ、俺らが信頼し合っているかは別にしても、仲間を見つけるのは大事なことだ。それと、自分が正しいと思うことをしろ」
「はい。本当に、ありがとうございました」
ウギさんとザジさんに頭を下げて、これで全員への挨拶を終えた。
教会へと戻れば、待っていた神父に呼ばれて部屋に行くと、テーブルの上には見覚えのないものが並んでいた。
「これは昔使っていたローブをあなたの身長に合わせて詰めたものです。良ければ使ってください。こちらはウギさんとザジさんからの餞別で、あなたが持っているナイフと同タイプのナイフ。そして、その二本を収納できるベルトです」
「……どうして……」
「そうですね。私も直接渡せばいいのでは、と問いましたが気を遣ったのでしょう。どうぞ、こちらに。ベルトを付けてあげます」
何に気を遣ったのかはわからないけれど、神父の下へ向かえば腰に巻かれた二本のベルトには上手いこと二本のナイフが収まった。
背中側に回した腕で柄を掴み、振り抜き戻せば感覚が掴めた。これまでは一本のナイフを左右に持ち替えて使っていたが、これで攻撃のパターンが増えた。
「では、ローブを」
掛けられたローブを首元のボタンで留めると、長さもサイズもぴったりだった。
「ありがとうございます」
「親代わりを務めて十年です。改めてお礼を言われることもありません。冒険者になるのであればここから西に向かったところにあるエンドゥルの街にギルドがあるので、そこで冒険者登録をしてください」
「わかりました。ウォードベル神父、十年間お世話になりました。もしまた――再びこの村に戻ってきた時は、共にお酒でも酌み交わしましょう」
「ええ、楽しみにしてます」
「では、また」
「はい。また、お会いしましょう」
教会の前で頭を下げ、踵を返して駆け出した。
村を抜けて、森の中へ。
ウルステ村は滅多に人が訪れないほどの辺境だが、追い駆けっこで森と山を駆け回っていたから、この辺りのことは知っている。獣の魔物もいるが、草の生えていない轍を通れば遭遇はしない。
のんびりと歩けば一日半から二日は掛かるけれど、僕の脚で近道をすれば半日も掛からず山を出られるだろう。
木の枝を飛び移っていけば街を囲む塀が見えてきた。
塀、とはいえ途切れ途切れで門もなく出入りは自由だ。あくまでも魔物が寄り付かないようにするためのものなのだろう。
エンドゥル――大きめの街はほとんど行ったことがあると思うけれど、十年以上前のことで憶えていない。
「さて……まずはギルドに」
街に入った頃には日が傾き、夕暮れが建物を紅く染めている。
ローブのフードを深く被って、ギルドを探しながら街の中を歩けば、クエスト帰りらしい冒険者たちが屯する大きな建物を見付けた。
スイングドアを開けて中に入れば冒険者たちの視線が注がれたが、すぐに注目は無くなった。カウンターの向こうにいる三人のお姉さんのうち二人は対応中。そして、残りの一人と目が合って近寄って行った。
「初めまして。冒険者登録をしたいのですが」
「冒険者登録ですね。では、いくつか質問させていただきます」
言いながら、お姉さんはカウンターの下から書類を取り出した。
「まず、お名前と年齢をお願いします」
「ロロです。年齢は十五です」
「〝ロロ〟、〝十五歳〟――成人したばかりということですね。冒険者についての基本知識はありますか?」
「依頼を受けて報酬を貰う職業ですよね」
「その通りです。付け加えるとすれば依頼――つまり、クエストの内容は多岐に亘ります。若い冒険者志望の方は魔物討伐だけだと思いがちですが、例えば行商の護衛に鉱石や薬草などの素材集め、稀に盗賊や山賊退治などもあります。他にも雑用的なクエストもあるので新人の方にはそちらをオススメしております」
「ご助言感謝します」
「では、こちらの鉄板にお手を触れてください」
差し出されたのは薄い鉄の棒だった。
「これは……?」
問い掛けながらも、言われたとおりに手を触れた。
「こちらは特殊な鉄を使っておりまして、触れた方の魔力を読み取り記憶することができます。その鉄板を使い認識票を作ることで、倒した魔物などを自動で記録することができ――でき、るのですが……反応しませんね。別の鉄板で試してみましょうか――どうぞ」
新しく出された同じ鉄の棒に触れた。こちらは何が起こるのかわからないけれどお姉さんは首を傾げている。
「これも反応しませんね……少々お待ちください」
そう言うと、お姉さんはカウンターの後ろで何やら作業をしている別のお姉さんと話しをすると、そのお姉さんは急ぎ足でカウンターから出て階段を上がっていき、僕の対応をしていたお姉さんは戻ってきた。
「すみません、ちょっと事情を確認に向かわせましたので。それまでの間に冒険者の収入についてお話しておきたいと思います。冒険者の収入は大きく分けて三つです。一つはクエストの成功報酬、これが最もベタですね。二つ目はクエストと関係なくダンジョンへ赴き、そこで倒した魔物の素材や珍しい鉱石などを換金所で換金してもらうことです。実力があればこの方法でも稼ぐことはできます。最後が長期間同じ依頼者に雇われる雇われ冒険者です。主に警護などの仕事が多いようですが、こちらは実力と実績が無いと雇われないので注意してください」
「換金所というのは?」
「換金所とはギルドが運営している施設の一つです。簡単に言えば仲買いですね。適正に買い取ったものを適正に卸すことが目的です。とはいえ、たまに直接業者へ売る冒険者もいますがオススメはしません」
「そこは、大丈夫です」
適正価格の売買をしなければ価格破壊が起きるというのもあるのだろうけれど、行商の子供だからわかる。正しい道を通らなければ、それが悪用される可能性もある。故に、ギルドが管理する必要がある、と。
一通りの話を終えたらしいお姉さんが苦笑いを見せていると、階段からお姉さんと一緒にレイピアを携えた女性が下りてきた。
「あ、来ましたね。あの方がこのギルドの支配人です」
軽い紹介を受けていると、その支配人は僕の前で立ち止まり値踏みするように頭から足先まで視線を向けた。
「初めまして。私がギルド支配人のシシュー。君は?」
「ロロです」
「ロロ。……場所を変えようか」
支配人が姿を現したことでざわつくギルド内から向けられる視線を感じて、場所を『応接間』と書かれた部屋に移動した。
「それで、えっと……支配人が出てくるような事態なんですか?」
向かい合って座ったシシューは懐から鉄の棒を出すと、静かに息を吐いた。
「魔法については知っているかな?」
「はい、一応は。たしか、誰の体にも流れている魔力を個人に合った性質で放つのが魔法、だと習いました」
「うん。まぁ、五割正解ってところかな。個人の性質に合わせた魔法なら使いやすいというだけで、他の性質の魔法が使えないわけでは無い」
「つまり、火の魔法に適性がある人でも水の魔法が使えるってことですよね? でも、そんな人……いますか?」
村の人も魔法を使っていたが、ほとんど一種類しか使っていなかった。
「多くは無い。火の適性なら火の魔法を使う時の魔力消費が少なくて済むが、正反対の水なら適性魔法の凡そ五倍の魔力を消費する。故に、様々な魔法を使うのは手練れの冒険者くらいだろうね」
「へぇ……それで、何故その話を?」
「この鉄板はどれだけ少ない魔力量でも読み取ることができ、その上で適性まで判断できる優れものだ。にも拘らず、君には反応を示さなかった。となると――手を出してくれるかな?」
「……はい」
差し出された掌にこちらの手を重ねれば、シシューは二度頷いて顔を上げた。
「やっぱり……〝ナチュラル・ギフト〟――ロロ、君は魔力を持っていない」
「持ってない、というのは……どういう意味ですか?」
「言葉通り、君の体には魔力が流れていない。つまり、一切の魔法が使えないということだ。だが、その反面に常人以上の身体能力を持ち合わせて生まれている、はずだ」
「それが〝ナチュラル・ギフト〟ですか?」
「そうだ。〝
常人以上の身体能力か。心当たりがないわけではない。ウォードベル神父は別にしても、言われてみればウギさんやザジさんが驚いていたことはあった。
「魔力が無い、ということはギルドの、その……認識票? は作れないんですか?」
「いや、そこは問題ない。確かに鉄板は基本的に魔力を記憶するものだが、同時に生体電流も記憶する。故に、先程触れた鉄板で認識票を作るように指示しておいた」
「はぁ……まぁ、作れるのなら良かったです。これで冒険者登録できた、ということですよね?」
「ああ、安心して――ん? そのローブ、見覚えがあるな。どこで手に入れた?」
その視線と言葉には疑いがあるように思える。
「これは、ここより東に位置するウルステ村の教会に勤めているウォードベル神父からいただきました」
「ウォード!? ウォードベルか!? はっは、これは奇縁だな! ん? ということはあいつ、ロロがナチュラル・ギフトだと知っていたな? 相変わらず言葉の少ない野郎だ」
「あの、ウォードベル神父と知り合いなのですか?」
「ああ、昔同じパーティーで冒険者をやっていた。もしかして、ウォードに鍛えられたのか?」
「はい。僕からお願いして、戦い方を教えていただきました」
「……なるほどな」
ローブを見ながら意味深に呟いたシシューは、感慨深そうに頷きながら笑みを溢した。
「あの、何か?」
「いや、懐かしいと思ってな。今日、泊まるところはあるのか?」
「今のところはまだ決めていませんが」
「なら、ここに泊まるといい。認識票と共に食事を持ってこさせよう」
「いえ、その好意には甘えられません」
「これはあくまでも昔の仲間への恩をその教え子に返しているだけだ。気にするな」
「そういうわけにもいきません。ルール五・人の好意は受け取るな、です」
「ルール? そうか……では、こうしよう。ここに泊まり食事を与える代わりに、私からのクエストを一つ受ける。これなら好意では無く交換条件になる。どうかな?」
「それなら大丈夫です」
「では決まりだな!」
そう言って立ち上がったシシューが部屋を出て行こうとするのを見て、こちらも立ち上がった。
「あの、十三人の英雄について、知っていることがあれば教えていただけませんか?」
「それなら人から聞くよりも読んだほうが早い。そこのサイドテーブルの引き出しの中だ。それには価値が無い。持っていけ」
出て行くシシューを見送って、サイドテーブルの引き出しを開ければ中には掌大の本が入っていた。
「……十三人の英雄譚……」
『配布版』と書かれている。
つまり――このクソみたいな本はウルステ村のような辺境以外には無料で配布されているってわけだ。
ルール一・熟慮し、思考し続けろ。
話はそれからだ。
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