閑話(ナキア)・恋をしたから

 ナキアにとって、世界は聞きたくもない言葉に溢れてた。


「神を殺すような奴、本当になんとかできるのかねぇ」

 冒険者たちは、呑気な声でナキアの思い人を殺すことを話す。

 だから、ひと振り、ふた振りと、全ての意識を剣に預けて、自分の思考は放棄してしまう。

 ナキアは信じることなんてできなかった。まるで夢でも見ているかのようにマーリンの事を語ったアルタナ自身が、マーリンを殺すなんてありえないと思っていた。

 だけど、ナキアには力が無かった。ナキアは子供だった。優れた技量で、大人すら圧倒できる剣術を扱えたけど、ナキアは未だギルドに保護される孤児だ。


「ナキアちゃん……ジュニア冒険者ライセンス受託申請通ったよ」


 心を閉ざすために剣を振り続けるナキアに、一人の冒険者が声をかける。

 赤い髪に、整った顔立ち、体つきも女性らしく、そのくせ時折り乱暴な女性。彼女はエルザだ。

 アルタナを近くで見てきたナキアとエルザは、アルタナが理由もなく人を殺す人間ではないと思っていた。どちらかというとお人好しで、英雄に憧れる傾向がある。だから、二人はアルタナの訳を知るために結託した。


「ありがとう……」


 ナキアは剣を振るう腕を止めて言った。


 スペサルチンの法律では、人の命は等価ではない。中でもとりわけ、価値が高い命がSランク冒険者と王族だ。彼らの命を奪ったものは情状酌量の余地なしの極刑、拷問刑となる。拷問刑は、もはや狂気の刑罰だ。殺さないように牢獄でじっくりと痛めつけ、それを死ぬまで続ける。これを恩赦できるのは国王ただひとりである。


「試験管は、私と、Aランクのゴットさんの連盟で受けることになった。」

「わかった……」

「あのさ……怖くないの?」


 エルザは王都防衛戦に参加していた。だからこそ、アルタナのナイトメアは神殺しの瞬間を見せた。


「怖くない……」


 ナキアはしっかりとエルザを見据えていった。エルザは何度も、あえてアルタナの恐怖を煽るように話していた。どれほど残忍だったか、どんなに恐ろしかったか。ナキアがアルタナを追うのを止めたいとも思っていたし、自分自身ですら恐ろしいと思った。

 エルザが今アルタナを追うのは、自分が彼の先輩だからだ。印象と乖離した神殺しのアルタナが本当に今のアルタナなのか、それとも違うのか。冒険者たちに受け継がれてきた無償の愛が、恐怖に立ち向かう力を与えている。

 だが、ナキアが冒険者ギルドに来たのはつい最近の出来事だ。冒険者たちは、その無償の愛をギルドの孤児院で育む。だけど、ナキアにそんな時間はなかったはずだ。


「なんで?」


 だから、エルザはナキアに訪ねた。


「私と同じ子……簡単に死んだ……いっぱい殺された……生きてちゃダメって思ってた……。あの人は……否定してくれた……助けてくれた……だから……」


 ナキアは驚く程綺麗な笑顔を浮かべていた。

 彼女自身の顔が美しいとかそういう次元ではなく、それは強い意志を持った笑顔。ナキア自身が自分のやるべきことを定め、己が命の主として浮かべた魅惑的な笑顔だった。

 エルザもそれに魅了され、何も言い出すことはできなかった。


「だから……私は恋をした……」


 今を受け入れて、その上で、ナキアは何も諦めない。

 その言葉に、もはや奴隷の少女の面影は無かった。

 自分が、自分のために、生きる。どこまでも傲慢な、自分という命の王として君臨すると決めた、強い女がそこにいた。

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