第三話・月のない夜に
ただ、待つだけの日々を終わらせアルタナは大きく世界を動かす。その最初がその日だった。
アルタナとロキの悪戯仮面はこの日を待っていた。この日だけは、神々ですら誰もアルタナを認識できない。
だから、アルタナはそっと意識を集中させると、一言呟いた。
「テレポート……」
本来光を放つはずの術式も今はそっと静かに発動する。暗い夜の森に溶け込むように、アルタナは冒険者ギルドの寮の一室へと転移した。
そこにはひとりの少女が居た。少女は、ずっと扉の前で健気に一人の少年を待ち続けていた。
アルタナは一目で少女がわかった。
「ナキア……」
だが、少女にはアルタナがわからなかった。
「誰……?」
アルタナの姿は今や、神にすら曖昧だ。姿も、形も、声も、色も、全てがアルタナのそれだ。だが、それがアルタナであるということを、仮面をかぶっている間は誰も認識できない。
アルタナも仮面を取ることはできない。それは少女を、ナキアを危険にさらすことになる。アルタナが今もナキアを大切に思っているのが神に知られれば、ナキアはきっと神と簒奪者の戦いに巻き込まれる。
「伝言を伝えに来た。『もう二度と会えないかもしれない、だけど、いつかまた会おうね』」
アルタナは自分の言葉を伝言として伝えた。
「一緒に……いられない?」
だが、ナキアには分かってしまった。無理して繕った別人みたいな言葉遣いと、彼自身の言葉遣いの差が。
アルタナは自分の名前も、似合わないくせに使う一人称の俺も出さなかった。その意味を理解して、二度とアルタナという名を口にするまいと心に誓った。
「『もう二度と会えないかもしれない』」
アルタナは、伝言に使った言葉を引用する。それ以上のことを言えば、仮面の少年はアルタナになるから。
ナキアにとって悲しい言葉だった。ステータスを得て、もっと近づけると思っていたのに、アルタナの背中はあまりに遠すぎたのだ。
「頑張る……よ……だから……」
ナキアの声は徐々に、涙に濡れていく。
「『二度と会えないかもしれない』」
アルタナは、それしか言えなかった。歯を食いしばり、今にも崩れそうになる気持ちをなんとか押しとどめてただ繰り返した。
「いつか……隣に……いさせてね……」
ナキアはそう言って、静かに目を閉じた。今、アルタナの背を見たら泣き出してしまいそうだから。
アルタナはそんなナキアに魔法をかけた。
「ナイトメア……」
その魔法はナキアを中心に広く王都スペサルチン全域に広がっていく。
その日、王都は静寂に包まれた。夢を見ているのだ。アルタナという、二柱の神を殺した快楽殺人者の夢を。
そして、教会に属する者たちは見た。冒険者ギルドが、快楽殺人者アルタナを二日後に王都郊外の平原に呼び出したと言っている夢を。
冒険者ギルドに属するものたちは見た。アルタナという快楽殺人者を除籍し、教会と協力して駆り立てる夢を。
誰も、それを疑わなかった。疑う余地もなかった。創造神の全てが、彼一人を殺せと言っているのだから。
ならば何故、王都の原型は残っているのか。そんなこと誰も考えなかった。
「ハハハハ! いいね! 君は、そんな選択をしたんだね。最高のストーリーさ!」
全てが寝静まった王都に一人の少年が現れる。
「ロキ……」
アルタナは少年を知っていた。三日前の王都に現れたロキ、その少年としての姿だ。
「いいよ、君のシナリオに手を貸そう。君が描いたシナリオ通りに世界を動かそう。でも、ヒロインを置かないなんてナンセンスだよね!」
「何を!?」
ロキの言葉に、アルタナは大いに動揺してた。ナキアの存在はそれだけアルタナにとって大きかったのだ。
「大丈夫、僕自身は彼女に何もしない。ただ何もしないだけさ。彼女が本当に君を好きで、愛して、恋しているなら、しっかりと君のヒロインになる。僕は、そうなるって思ってるよ。君は、この僕が恋しそうなほど魅力的だよ。まさに神すら堕落させる悪魔だね!」
ロキは、こういう言動をするときは、少年の姿だ。それはアルタナを弄んでいるからにほかならない。
「なにかしたのか?」
それは、アルタナにとってもわかりきったことであり、敵愾心をむき出しにする。それでも、即座に攻撃に移らないのは、二つの理由からだ。一つ、単に攻撃が無駄であること。もう一つ、理由は分からないが協力的なこと。
アルタナにとってロキは狂人だ。
「死人を用意しただけさ。君が殺してくれた魔物を、この街の住人に仕立て上げた。だけど、このヒロインちゃんには何もしてない。ヒロインちゃんは、戦いを見てないからね。君をなんとも思ってないなら、街の住人を信じるだろう。だけど、本当に君のことが好きでたまらないなら、君のシナリオから抜け出す。彼女は僕が君にプレゼントする不確定要素だ!」
ロキは心の底から楽しそうにまくし立てる。
「ナイトメア……」
アルタナはロキの描いた筋書き通りになるのが嫌だった。それは、ナキアが自分と神々の戦いに巻き込まれる可能性を生むから。
だが、魔法は上手く発動しなかった。ロキが魔法に介入し、無効化した。
「それは頂けない。物語は、ヒーローとヒロインで構成されるべきだ。君がヒーロー、彼女がヒロイン。二人共しっかり物語で存在感出さなきゃ!」
「この……」
アルタナは邪魔をしたロキに激昂する。焦っていたのだ。大切なものを守りたいが故の焦燥だった。
「おっと、そろそろ魔法が切れちゃうよ。いいのかな? 僕は何度でも君を妨害する。この状況が僕のベストだからね!」
ロキが言った。
ナイトメアによる強制的な眠りはもう覚めようとしている。アルタナの持つ二つの神格の権能ですら、ロキの妨害を乗り越えてナイトメアを再び発動させることはできなかった。
「チッ……」
舌打ちを残してアルタナは再び森へと転移する。
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