二話・簒奪者の円卓

「やはり、このままでは戦争になると思うな……」


 扉の先には、机を挟んで対峙する三人の男女の姿があった。

 それを見たとたん、アルタナは硬直しうわ言のように呟く。


「初代冒険者ギルドマスター、正騎士、魔王……」


 その場にいた三人の男女それぞれ別名だ。中でも、冒険者ギルドは既に千年の歴史を持っている。初代ギルドマスターなど、生きているはずもないのだ。


「客人を連れて参った」


 遅れて入ったラハトハが言うと、魔王が豪快に笑った。


「なんだよ、こいつがアルタナかよ! 創造神にでも見つかったかと思ったぜ!」


 魔王はマフィアの若手のような格好をしている。背は高く、スラリとした体系で、顔もいい。


「僕のこと知ってるのかい? 光栄だね。改めて、アーサー、正騎士と呼ばれているよ。司る権能は、正義だ。」


 正騎士アーサーは魔王とは対照的に、礼服のような格好を好む。物腰は柔らかく、誰に対しても優しい理想の騎士だ。


「はじめまして、ヴィヴィアンです。司る権能は無償の愛。私のこともご存知なのですね?」


 ヴィヴィアンは冒険者ギルドの初代ギルドマスターである。聖母や慈母と呼ばれ、誰に対しても愛情を傾ける女神のような女性だ。

 彼女は孤児院を開いただけで、いつのまにか冒険者ギルドになっていたのである。

 彼女自身も質素倹約を好むためか、着ている服は安物だ。だが、それでいて美人であると言い切れる美貌を持っている。


「知らないはずもありません。」


 お伽話の中で活躍する英雄たちだ。それは当然のこと。むしろ、アルタナは会えて光栄とすら思っていた。


「何、緊張してんだよ。お前だって二代目マーリンじゃねぇか。あ、俺の神格はソロモンで権能は統率だ。俺自身はゼパル、十六代目だ。」


 魔王ゼパルが、そう言いながらアルタナの背を叩く。

 ゼパルが言うのも最もだ。アルタナはここにいる英雄たちと同格、いやそれ以上だ。


「君は創造神の一つを倒して、挙句その神格を奪ってみせたんだ。僕たちの寝物語の英雄さ。」

 アーサーは、ゼパルに同調する。神格としての強さや、偉大さにおいて、邪神でアルタナを超えるものはいない。それは、アルタナが二つの神格を持っているからだ。


「うむ。改めて、ラハトハだ。司る権能は自由である。神殺しの英雄に出会え光栄である」


 龍が神になったのは、空の王として君臨したからである。地上にも空にもその羽ばたきを阻む者は無い。いつしか、自由を求める旅人たちは龍への憧憬を募らせ、龍が神になったのだ。


「俺たちはみんなお前を知っている。先代のマーリンからお前の話は聞かされてたんだ。俺たちより強い人間がいるってな。だから、頼む! 力を貸してくれ! 世界がヤバいんだ!」


 ゼパルはアルタナをしっかりと見つめていった。


「俺なんかの力が必要なんですか? 正直に言うと、自分がそんなに強いだなんて思えません。ステータスだって目覚めたのはつい数日前のことだし、それまでレベル1の子供とだって戦いにするのがやっとだったんです……。」


 仮面の奥では、アルタナの瞳が不安に揺れていた。

 アルタナには、精神の支柱が無かったのだ。それまで、アルタナはナキアという少女を守るため。いや、対象はなんでも良かった。こんな自分が、何かを守る事ができる。それが精神の支柱だった。相手が、ナキアという小さな少女で、自分の力でも役に立つという自身がアルタナを支えていた。だから、どんなに大きな力にでも立ち向かうことはできた。

 だが、救うべきと言われた世界には何人もの英雄がいて、英雄たちは神だった。自分とは、何もかもが違うと思っていた。自分こそ、二つの神格を持つ破格の神のくせに。


「それがすごいんだよ。レベル1と0の差は、神と人間の差に等しい。だから、君はメティスに対して声を発することができた。マーリンの神格だって、メティスには敵わない。主神と邪神の差だ。君の意思は、そのどうしようもない差を埋めてみせたんだ。だから僕たちは、君に頼みたい。」


 アーサーにとって、アルタナはもはや最後の希望だった。創造神の末席であるメティスですら、簒奪者たちの主席マーリンを追い詰め、殺すに至ったのだ。もはや、簒奪者の誰もが創造神たちに敵わないことは自明の理である。


「分かりました、俺が役に立つというのならば、俺はその役を全うしてみせましょう。」


 アルタナの心は、アーサーの言葉で、孤独に閉ざされることになった。それは、大きすぎる器を晩成させてしまった臆病な男に向けられた言葉ではなく、神すらも殺してみせた少年へ向けられた言葉だったのだ。

 アルタナには、もはや原憬がない。冒険者としてだれかの役に立ちたいと願っても叶わない、そのくせ諦められず努力だけは続けてしまう彼の原憬が。人に見えるのは、いつだって今の、表面の姿だ。


「ありがとう、じゃあ早速だけど、戦争について話をしよう。各教会に、啓示が下った。内容は『アルタナという少年を殺せ』だ。当然教会はこれに従った。」


 アーサーは、アルタナの心に気付くことはない。そもそも、彼らは英雄の中で生きてきたのだ。御伽の英雄にそんな脆弱さを抱えるものはいない、人間ではないのだから。ゼパルも同様だ。同様に、上辺の言葉だけで喜んでいた。


「続きは、私が話します。冒険者ギルドは、今あなたの情報を知らない。だけど、教会は知っていると思い込んでいる。それに、冒険者ギルドは知っていてもあなたを決して売りません。そういう子たちです。だからこそ、冒険者ギルドはあなたを守るために抵抗します。必然的に戦争が起きるでしょう。」


 ただ、ヴィヴィアンだけがアルタナの心が閉ざされたと感じていた。彼女だけが英雄の中ではなくただの人間の教育者として在ったから。だが、それでもアルタナに頼らざるを得なかった。


「戦争はおそらく五日後だ。教会がそれを期限として、情報の提供を求めている。場所はスペサルチンだろうな。俺だったら、間違いなく本部から叩く。」


 ゼパルは言った。元々魔王だけあって、戦争のことはよくわかっているのだ。


「戦争自体は俺が原因です。なら、戦争が始まる前に俺が教会に姿を表します。」


 アルタナは助けを必要とする誰かを守りたい、そんな思いだけで冒険者を志すほど英雄願望の強い人間だった。だから、自分のせいで誰かが犠牲になるのは我慢ができなかったのだ。


「しかし、それでも教会は冒険者ギルドへの追求をやめないでしょう」


 ヴィヴィアンが言った。至極まっとうなことだ。教会としては、アルタナが冒険者ギルドの人間である方が都合がいいのだ。神々は別に冒険者ギルドを滅ぼすなとは言っていない。なら、神の敵として冒険者ギルドを滅ぼして、情報がなければ改めて探しても問題ではないのだ。教会にとって神は絶対の正義であり、使徒たる自分たちは至高の存在である。


「なら、冒険者と教会を結託させてしまいましょう。」


 アルタナは、自分という神殺しの悪を誕生させる事で戦争を止めることを決意した。

 冒険者ギルドには、アルタナの守りたいものがある。ナキアという少女のことであり、そこで出会ったたった数人の人のためであった。


「お前、何するつもりだ?」


 ゼパルがアルタナに問いかける。


「こうするんです、ナイトメア……」


 その魔法は、簒奪者たちに幻覚を見せた。笑いながら、マーリンと、メティスを殺す自分の幻覚を。それは、正しい情報として簒奪者たちの脳裏に刻み込まれた。

 簒奪者の誰もが、その魔法を防御できなかった。ただ、ラハトハを除いて。


「良いのか?」


 簒奪者たちは、魔法が見せる悪夢の中にとらわれている。ただ、ラハトハだけが悪夢の洗脳に抗った。洗脳されていては、それは自由とは言えない。知らなくても、同じことだ。自由の権能は所持者の自由を守るために強く働いた。


「そうしなきゃ、戦争だ。ラハトハこそ止めないのかい?」


 アルタナは仮面を外し精一杯の悪辣な笑みを浮かべる。


「汝は戦争を止めたい、その自由を我は尊いと思ったのだ。」

「俺は行くよ、世界に教えなくてはいけない。マーリンを殺し、メティスを殺した混沌を望む邪神が来たって。」


 アルタナは悪夢に堕ちた簒奪者たちに背を向けて歩き出す。


「なら、我もともに……」

「いや、ラハトハは残ってくれ。残ってこういうんだ。『マーリンを殺した敵は、ここを襲い、なんとか撃退はした。』と……」


 アルタナは、ラハトハの言葉を遮って言った。進んで一人になったのだ。


「良いのだな?」

「俺の選択だよ……。」

「次会うときは、敵同士になるな……。」


 ラハトハは歩きさっていく、アルタナの背中に声をかけた。だが、帰ってくる言葉はなかった。それは、既にアルタナとラハトハが敵同士になっていることを暗に告げていた。

 アルタナは扉を出ると、長く伸びていた髪を魔法の剣で切り落とした。髪を魔法で焼き、細い月を睨んで呟いた。


「こんな役回り、俺だけでいい。」


 新月まであと二日……。

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