第18話・錆びた剣の英雄譚
トドメと言わぬばかりに到着した国王と近衛隊により、南門の戦況は完全な決着を迎え、残党狩りが始まる。
それと同時に、北門も決着が付いていた。
『北門より入電。……これより王都を放棄します。』
国王の前で行われた一方的な宣言。それは、そうしなければ王都と共に心中するしかない状況を意味する。
同時に冒険者ギルド、騎士団、魔術師ギルドが全て壊滅状態であることを意味し、それはこのスペサルチン王国自体が敗北したことになる。
『アルタナ君……聞こえるかな……?マーリンだ……。いいかい?……君は必ず逃げなさい……国王を囮にしても……。君はこの世界の希望だから……。』
マーリンの通信魔法がアルタナの脳内にだけ響いた。今にも死にそうな、苦しげな声で。
だが、それももう遅かった。
「軍略は良かった……見世物としても上出来だった。……ただ、悲劇が足りない。」
それはアルタナの前に立っていた。ただ立つだけで遍く全ての生物を押しつぶす少女の姿をした何か。
「あ……ガッ……!」
悲鳴にすらならない声をあげ、アルタナの隣で戦っていた、騎士が、近衛が、王が倒れる。
最初から逃げられるはずなどなかったのだ。冒険者ギルドの切り札の一枚、マーリンですらも敵わなかった存在。それはもはや生物の及ばない領域の存在。
「何が……目的だ……?」
アルタナはその存在の重みに魂を潰される痛みを耐え、声を上げる。
「ただのゲーム……我々が試練を与え、人間が耐える。でも、あなたは例外……ルール違反の存在、だから消す……。結果として、希望が潰えて悲劇になる……」
それは静かな声で語る。その声ひとつひとつが、力を持っていた。アルタナを否定する言葉はアルタナを傷つけ、試練という言葉はそのまま試練となる。アルタナは理解した。これは、神だと。
理解してしまえば、それは恐怖と悲しみに満ちていた。世界を創り、人という種を生み出した、絶対の母による否定。
「耳を貸すな……私がお前を愛した。お前は……私の子だ……弟子だ」
アルタナと神の間に転移してきたボロボロの男が今にも消え入りそうな声で言う。その男は確かにマーリンだが、髪はいつもより長く伸び、耳は先が尖り、質素な王冠を被っていた。
「メティスの名において告げる……マーリンよ潰えよ」
「マーリンの名において告げる!アルタナ・ウィルソンを我が神格の後継とする!」
二つの声の言霊が交差する。作られた人に、考える力を、人として在る為の理性を与えた神メティスの名で権能が発現されマーリンは消滅した。それとほぼ同時にアルタナの脳内に声が響く。
『英雄神・マーリンの神格が授与されました。これより、アルタナ・ウィルソンが神として再誕します。』
途端に、アルタナは夢の中を漂っているような奇妙な感覚に包まれた。
『僕は君の人生を壊した。恨んでくれて構わない。だが、どうか生きてこの世界を救ってほしい。』
気がつけば一面に咲き乱れる花の中でアルタナはマーリンと対峙していた。
『待ってください!俺には、そんな力は!』
アルタナが、叫ぶとマーリンは微笑んだ。
『君は僕より強かった。そんな君に、僕の力を全部あげたんだ。大丈夫、君ならできる。』
マーリンに諭されて尚、アルタナは不安だった。だが、マーリン瞳はアルタナを信じてまっすぐ捉えていた。
『やってみます。守りたいものもありますし。』
アルタナはそう言って、無理やり笑った。
『君に感謝を。もう時間がないみたいだ。ごめんね、押し付けてしまって。』
マーリンの申し訳なさそうな顔が崩れていく。まるで塩でできていたかのようにサラサラと。
『気にしません、俺はただ、誰かの役に立ちたかった。褒められたかった。英雄になりたかった。それだけですから……』
それを聞いて安心したようにマーリンは笑った。やがて、マーリンの全てが崩れ去ると、アルタナは目をゆっくりと開いた。
「理解不能……そんな小さな神格で何ができる。」
メティスはアルタナを嘲笑した。
「剣が先か、英雄が先が、どちらも違う!志が先だ!」
マーリン神格の根源。ボロ切れを纏って、なまくらを拾った少年が憧れだけで駆け上がる冒険譚その最初の一節。それは、アルタナの人生と呼応し混ざり合い、神の存在を前に立ち上がる力を与えた。
アルタナの押しつぶされそうになっていた魂は今や憧憬を宿し煌々と輝いている。その右手にはボロボロのなまくらがしっかりと握られていた。
「所詮は邪神の神格……メティスの名において潰えよ!」
その魂をメティスの声が苛む。
それでもアルタナは一歩、一歩と前に進む。
「こんな痛みでくじけるほど、俺は弱くない!」
それは、マーリンの神格と強く共鳴するアルタナ自身の意思だった。マーリンという最弱の少年が、強がり、打ちひしがれても立ち、ボロボロになっても虚勢で前に進む。
アルタナだってかつて同じだった。ステータスがないくせに人一倍英雄願望が強くて、何度だって死にかけた。だが、本当に死ぬ最後の一瞬まで諦めまいとする気持ちがセカンドバースデーを引き起こした。
「何故……進める!?」
メティスは明らかな動揺を浮かべた。アルタナが手に入れた、マーリンの神格はメティスからすれば小さなものだ。神として生まれたばかりのアルタナは赤子のようなものだ。
だが、マーリンの神格は幼いからこそ決して挫けない。小さいからこそ、強く輝く。そういうものだ。
「知らない……だけど、守るって俺が決めたんだ!」
アルタナは神の呪詛に苛まれながらも、剣を振るう。振るわれたその剣は、まるで脱皮でもするかのように表面だけが崩れる。中から現れたのは、ただの鉄の剣だった。
メティスに剣は当たらなかった。メティスはその剣をおそれ、素人のように飛び退いたのだ。
「弱いね、あんた。まるで、素人だ。」
メティスはこれまで剣を向けられたことすらなかった。メティスは圧倒的な力を持つ創造神だ、創世の権能は強く世界の理を容易く変える。だからこそ、剣を向けられていることに恐怖している。
「メティスの名において告げるッ……!」
「遅い!」
アルタナの鉄の剣は次こそメティスの心臓を貫いた。
王都全域を覆う、メティスの重圧は消え去り、やがて雨が降ってくる。
「な……ぜ……」
メティスは血を吐きながら、呟いて倒れた。
地面の泥がメティスのドレスを汚す。もはや、そこにあるのはかつて神だったものの残骸だった。
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