第19話・ロキ

 アルタナの脳内に唐突に世界の声が響く。


『スキル:怪物の効果、簒奪が発生しました。メティスの権能メティスの瞳が追加されます。メティスの権能グリモア・オブアカシックレコードが追加されます。』


 アルタナの左目が深い紫へと変色し、その手には黒い魔道書が握られた。

 戦いが終わり、アルタナは乾ききった目を閉じる。

 途端に、鳴り響く拍手の音。

 アルタナが目を開けると、そこにはひとりの道化風の男が立っていた。


「おぉ!ハロー!アルタナくぅん!神々の仲間入りおめでとう!」


 ねっとりとした、絡みつくようないやらしい声。それでいて実に愉快そうな声。

 

「イクリプス!」


 アルタナはその男が敵だと感じ即座に魔法を放つ。

 神域指定魔法、第三位階魔法イクリプス。定めた対象を、どこまでも追い続け蝕み、全ての力を奪いつくす魔法。それは、アルタナの知らないはずの魔法だった。それどころか、どの伝説にも登場しない神々の魔法だ。何故か、その魔法はアルタナの口を突いて出た魔法名と共に放たれた。

 魔法の実態は赤黒い狼のような姿で、それはアルタナの知っているエンシェントカースウルフによく似ていた。だが、決定的に違う、それよりも小さく、素早く、狡猾で、禍々しかった。

 道化風の男は、その狼の攻撃をまるで踊るように全て避けてしまう。

 その時、初めてアルタナはある違和感に気づいた。


「……!ここは!?」


 気が付けば、背後にあるはずの王都も、さっきまで一緒だった兵も一人もいない。

 そうして、目を離したすきに道化風の男も、イクリプスが生んだ狼までもが消えていた。

 アルタナは不意に誰かに肩を叩かれるのを感じる。

 振り返って、道化風の男の顔を見て、思わず悲鳴をあげながら剣を振るう。


「うわあああ!?」


 道化風の男はその剣が振られる速度に合わせながら、妙に甲高い悲鳴を上げた。まるで、アルタナに合わせるかのように。


「ホワアアアア!!??」


 だが、両手を上げ走り逃げる道化はわざと追いつかれる。

 あまりにわざとらしい、動きにアルタナもそれがわざとだと気づく。

 追いつかれ、両断された道化はカラスの羽のように掻き消えた。


「ふふふ、慌てちゃって可愛いね!」


 またしても、背後から。今度はアルタナの頬に手を沿え悪戯に微笑みながら、それはアルタナを振り向かせた。

 アルタナは何故か一切の抵抗ができなかった。

 アルタナの目に飛び込んだのは、可愛らしい少年だった。髪を首の上で短く切りそろえ、目の下にスペードのタトゥーを彫り、唇は紫に塗っている。

 少年は、どこか道化の面影を残している。

 アルタナは、慌ててその少年を切り裂いた。

 またしても、それはカラス羽のように消え少し離れたところに妖艶な女性として再登場する。


「こういうことするなら、この格好の方が良かったかしら?」


 その声は、まるで娼婦のようにいやらしい吐息をはらんでいる。

 アルタナは、慌てて魔法を詠唱し火球を飛ばした。

 女はわざとそれにあたってみせ、苦しむふりをして消える。

 さらに、離れた位置に老紳士として登場する。

 遊ばれている、それを理解してアルタナはうんざりしていて、同時に恐怖し憔悴していた。


「いきなり斬るなんてひどいじゃないか。」


 少年が再登場し。


「そんなに慌てて、どうしちゃったの? アルタナ坊や!? アッハハハハハ!」


 道化が、現れて腹を抱えて笑って……。


「男の人に乱暴されるなんて……。」


 女が、泣き真似をする。


「いったい……?」


 アルタナは呟いた。もはや全てがわからなかった。


「「「僕(私、ミー)達はロキ。この世界を企画した、君たちの主神さ!」」」


 現れた三人はピタリを声を揃えて言う。


「今日はあなたの歓迎会ですよ、キッド。せっかく神になられたのだ、神界へお連れしたかったのですが……。残念ながら、追放されましてね。」


 老紳士はそういうが、残念そうどころかむしろ楽しげにしている。

 それは、少年も、女も、道化も、すべて一緒だ。


「さぁ、剣なんて捨ててお茶会。楽しもうよ!」


 少年がそう言ってウィンクすると、アルタナの剣はは手から消え、ティーセットが乗ったテーブルに全員座らされている。


「お茶をどうぞ? ダージリンがお好み? それともアップルティー?」


 女が言うたびに、カップに注がれた紅茶も、漂う匂いまでもが言葉に合わせて変わる。


「いやいや、甘いものもご所望でしょう。クッキーなどいかがなか?」


 老紳士が言うと、テーブルの上に綺麗に飾られたクッキーが置かれる。


「なんの用……ですか?」


 アルタナは二つの神の権能を持つ、だというのに一切の抵抗ができない。

 これが現実だとしても、幻術だとしても彼らの気分次第で、いとも容易く自分の命が奪われる気がした。

 アルタナは怯えていた。絶対に敵わないと理解した。


「戦う気はないんだよ。忠告。」


 少年が娼婦のような表情で言う。


「神々はもっと遊びを学ぶべきですよね?」


 と女が少年のように笑う。


「全くです、こんなおもしろおかしい……いや失敬。こんな素晴らしい方を、殺そうなどと。」


 老紳士が言って……。


「う~ん、遊びはたまに負けるくらいが面白いッ!」


 道化が叫んだ。


 アルタナは異様すぎる状況に圧倒されていた。

 圧倒されすぎて、言葉が見つからなかった。


「そこで忠告とちょっとしたご褒美をあげようと思ってね。」

「楽しませてくれたご褒美です。」

「あなたが生きるための忠告ですな。」

「今は逃げて、いずれ力をつけての大逆転劇ッ! あぁ、ドキドキしますよ!」


 ロキたちは代わる代わる喋る。


「そう、君はこれから逃げる。手紙も、伝言もダメ。もちろん誰かを連れて行くなんて以ての外さ。君は一人で逃げるんだ。メティスの権能を使えばいい。世界を見通す目と、ありとあらゆる知識。そしたら、僕たちが適当に神々を送り込んであげる。」

「最後には我々ロキを倒して、世界を簒奪なさい。」


 少年と、老紳士が言う。


「何のために?」


 アルタナは思わず問いかけた。


「遊びのため! 超ッ! エキサイティング!」


 道化が叫んだ。


「正直なところ、私たちはもう神であることに飽きているのです。……っとそろそろ時間ですね。」


 女がそう言った瞬間既に、ティーセットも、テーブルも消え失せ。下の戦場に戻っていた。


「大儀であったな少年よ」


 国王がアルタナの方に手を置く。

 だが、次の瞬間アルタナは顔を伏せて走り出した。

 アルタナ自身にも、わけのわからぬまま。


 すべて、ロキの権能によるものだ。

 遊びのためであれば、そうロキ自身が判断したのならば、神々のすべての権能を上書きするロキの権能がアルタナを走らせたのだ。


 その日、世界中に存在するすべての神殿に神託が下った。

 ”アルタナという少年を殺せ”と……。

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