第17話・王都防衛戦

 それは唐突に訪れた。


『緊急クエスト発生!ランクA以上の冒険者は王都北門へ!それ以外の冒険者及びジュニアDランク以上の冒険者は南門へ!急いで!』


 王都全域に響き渡るモニカの声。拡声魔法と、通信装置を使った極めて緊急性の高いものである。また、ジュニアランク反対派であるモニカが、ジュニアまでを招集していることからその緊急性は極めて高いことがうかがえる。


「ナキア、行ってくる。少し、待ってて。」


 アルタナはそう言い残してテレポートで向かおうとする。


「僕もいくよ、これでも一応ジュニアDランクなんだ……」


 ルクルットがアルタナに言った。ジュニアのDランク以上は極めて希少だった。だが、何の因果か二人はここで出会っていた。

 ルクルットの膝はまるで子鹿のように震えていた。だが、目には強い覚悟が浮かんでいた。


「行こう、俺に捕まって!」


 アルタナはそう言って、ルクルットが自分に捕まるのを見た瞬間にテレポートを発動させた。

 その時ナキアは、テレポートの光に包まれるアルタナを見て思った。いつまで、自分はこの人に守られているだけなのだろうと……。ステータスもスキルもすでに持っている。だから、あとは戦う権利だけが欲しいと……。

 何もさせてもらえないナキアは、歯痒さにただ唇を噛み締めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 やがて、テレポートの光が晴れアルタナは王都の北門で目を開く。

 テレポートが使える魔術師は極めて貴重だ。故に、北門にいるのはアルタナとルクルットだけだ。


「すごいね、テレポートが使えるなんて。僕も魔法系なのに、そんなのできないや。」


 ルクルットは天才かもしれない。だが、それはあくまで人としての天才だ。彼の髪は魔法染めの色ではない。


「今度教えようか?」


 と、アルタナは笑って見せる。


「是非お願いしたいよ!」


 と、わらうルクルット。だが、二人はそんな会話をしながらも軽い絶望をその顔に浮かべていた。そして、それは刻々と深くなっていく。


「……あれ、見える?」


 ルクルットがアルタナに問いかける。


「……うん。」


 アルタナは静かに頷いた。

 二人の視線の先では土煙が地平線を覆っていた。


『すでに到着した方も、これから向かわれる方も聞いてください。本作戦の目標は王都の防衛。敵は、第一種接触禁忌相当を含むEランクまでの魔物です。魔力反応数おおよそ六万。異例の規模のスタンピードです。本作戦に失敗した場合、この王都は滅亡します。』


 それに呼応するように、各所から伝達魔法による各組織が感化を表明する。


『騎士団第一、第二、第三、に次ぐ!冒険者ギルドを支援!住民を守れ!』


 先陣を切って騎士団が。


『宮廷魔術師団も支援する!冒険者ギルド、指示を!』


 それに続いて宮廷魔術師団が名乗りを上げ。


『冒険者ギルド、此度の働き見事なり!余はガルガント・スペサルチン!魔物狩りは門外漢故、指揮は任せた!近衛隊続け!』


 王家までもがそれに呼応した。

 スペサルチンの王ガルガントは、赤獅子と呼ばれる猛将であり、戦闘を好む面もある。また、近衛は定員三百名の精鋭であり、その精強さは万倍の敵をも討つとまで言われている。


『感謝します。第一騎士団、宮廷魔導師団クアドラプル以上は北門!それ以外は南門をお願いします。』


 宮廷魔導師団には位がある。クアドラプルは純粋な火力なら冒険者のSランクに相当する魔術師たちの称号だ。新兵のシングル、見習いのダブル、精鋭のトリプル、天才のクアドラプル、そして魔術師長ペンタグラム。これらは全て、同時に放てる大規模魔法の数であり。魔術師長は、同時に五つの魔法を放てる。それ以上、歴史に存在したのは、六重ヘクサーナ、七重セプティマ、八重オクタヴィアである。ただし、セプティマとオクタヴィアは神話に記述が載っているだけだ。


『何故精鋭を北に集める!?』


 その極端なギルドの采配に、国王ガルガントが疑問を投げた。


『北の反応は数が少ないものの全てが接触禁忌種です。』


 その回答はまるで絶望そのものである。接触禁忌種は、出会えば死ぬから接触禁忌である。その討伐は、A級以上の冒険者でも容易ではない。まして、第一種接触禁忌種はSランク特務任務となり、数少ないSランクでもこれの討伐任務は敬遠する。そんな禁忌種が数体というのは国を滅ぼすのには十分すぎる戦力だ。モニカは最悪の場合、王都を捨て国王を近衛とともに逃がす選択をしたのだ。禁忌種のいない、南門なら突破の可能性は高いと。


『あい……わかった……』


 そして、国王もそれを受け入れた。第一種接触禁忌は、国を捨てるほどの絶望なのである。

 そうしている間にも、Aランク以下の冒険者たちは南門へ集結した。


「ジュニアランク持ちどもか……。」


 とアルタナとルクルットは好奇の目にさらされた。

 やがて、冒険者たちはある程度の陣形を固める。


『魔法第一射!用意』


 それをモニタリングしているモニカが、指示を飛ばす。下級から上級まで様々な魔法が展開され、それがあらかた終わるとモニカが叫んだ。


『放て!』


 王都南北の門では激しい魔法の爆発が巻き起こる。

 アルタナのいる南門では、幾多もの魔物が空に打ち上げられる。中でも大きな戦果を挙げたのがアルタナ火球であった。

 ただの基礎魔法でしかないそれは、強烈な熱線を放ち、地面を魔物を地形すらも焼き切って的の中心で爆発した。地面はガラス化し、魔物はあまりの熱に蒸発したものまでいる。アルタナにとって、接触禁忌指定されていない魔物とは、全てが話にならない取るに足らない存在なのだ。


『防御陣形!』


 モニカの声に従って冒険者たちは盾を持つものを前衛として陣形を固める。


「騎士団、第二、第三到着!」


 そこへ騎士団が到着した。冒険者ギルドの指示を待った分遅れたようだ。だが、騎士団は馬に乗った移動のため早い。だが、最前線まではまだ数メートル残っている。


『冒険者!道を開けて!騎士団突撃!』


 モニカは冒険者たちと魔物の間合いがつまりすぎたのを見て、騎士団の騎馬突撃の最後のチャンスであることを即座に判断し、決行した。

 冒険者たちは左右に分かれ、即座に道を開ける。その中央を加速した騎馬隊が駆け抜けた。

 その衝撃は凄まじく、またしても何百という魔物が宙を舞う。

 だが、魔物はまだ大地を覆い尽くすほどだ。


「はぁ……はぁ……魔術師……ゲホッ……オエッ……到着……。」

 

 騎士団とは違い徒歩で来た体力のない魔術師たちはなんとも頼りない様子だった。だが、魔術師たちは持ち前の頭脳で、乱戦が始まっているのを察した。魔術師たちはすぐに高台に登り、敵の最後尾めがけて派手な魔法ばかりを打ち込んだ。

 魔物たちはすぐに、退路が断たれたと勘違いして一部が恐慌状態になる。そして、魔物たちが理性を持たぬゆえの悲劇が始まった。

 後方の魔物は、魔法を恐れ前に向かい突進する。前方の魔物は、冒険者や騎士との戦闘で足止めをされている。そして、生まれたどちらにも属さない中間層がクッションとなり、魔物たちの突撃を受け止めるのだ。結果、魔物たちは同士討ちの形となりその数を大きく減らした。

 そして開いた空間を見て一言叫ぶ。


『アルタナさん!突っ込んで!』


 モニカもアルタナのこれまでの戦いを見てわかっていた。アルタナが少年の皮を被った鬼神であることを。だからこそ、彼女の軍師としての役割が彼女にその言葉を叫ばせた。被害を最小限かつ、迅速に状況を打破するにはそれが最善手だったのだ。


「はい!」


 アルタナは短く答えて、敵中央に飛び込んだ。そして、全力で暴れ出すアルタナは音など置き去りにして全方位に攻撃を仕掛ける。アルタナが足を踏みしめるたび、大地が揺れ、剣を振るうたび衝撃音が鳴り響いた。

 そして、南門の戦況は一気に冒険者へと傾いた。

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