第16話・冒険者学校サバイバル科

 冒険者学校は十五歳から十八歳までの子供を対象にした冒険者主催の学校である。主に学べるのは、サバイバル術や戦闘技術である。非戦闘職は十五歳未満の就労が許可されている。よって、それらを希望する者は冒険者ギルドの支援の下、下働きをすることになる。

 アルタナとナキアは時を同じくして、この冒険者ギルドに入学する。入学式などはなく、入学と同時に授業が開始される。

 一限目は野外調理である。


「ようお前ら!うまいもん食いたいか!?」


 教官は褐色筋肉の冒険者ギルドの料理長。彼の料理はうまい。それを知ってか、教室内からは歓声が上がる。


「そうだろうな!だが、俺は今日料理をしない!お前たちが料理をする!改めて、自己紹介しよう。オレがエルド・D・アッガ!お前らの野外調理を受け持つ。そして、今日お前らの教材はこれだ!」


 といい、机にかけられた白い布を勢いよく剥がす。下から出てきたのは、様々な野草、キノコ、そして数羽のウサギだった。


「いいか、ここにある野草は使い放題!ただし、五種類は使ってくれ。あと、ウサギは各自〆て、使うんだ。うまく使えば、うまい料理ができる。選択を誤れば今日はトイレと恋人だ!一つだけ、致死性の毒がある物も入っている。それを選んだやつは、飯抜きだな。」


 こうして、野営で食すべき食べ物を教えるのが冒険者学校の教育方針である。


「今回は四人一組で食卓を囲んでもらうぞ。まずは組み分け、始めだ!」


 エルドが言うと各々近くの人物とくみ始める。

 アルタナ達は、あまり同年代と接した経験が少ないため少し出遅れてしまった。

 そこに一人の少年が現れる。眼鏡をかけた、少し丸っこい少年であった。


「僕も君達の仲間に入れてくれないかな?」

「オレは構わないよ、ナキアはどう?」

「いい……。」


 少年の問いにアルタナ達が快諾すると少年の顔はパッと明るくなる。アルタナ達も一人確保して安泰と顔を緩ませるのだった。


「やっと見つけましたよおおおぉぉぉ!」


 アルタナの緩んだ顔がその声を聞いた途端に凍りついた。アルタナと本来同室予定だった少年の声である。


「えっと……どちら様ですか?」


 とぼけるアルタナ。


「僕はッ!なんと愚かなことをッ!こんな素敵なあなたの心に傷をつけてしまうとはッ!記憶に蓋をしてしまうほどだったのでしょう!ならば、僕はあなたの目に二度と触れることないように、ここでッ!」


 そんなアルタナの言葉すら拡大解釈し、勝手に自分の罪を重くして、自らを断罪しようとする少年。彼は、ナイフを取り出すとなんの躊躇いもなく首筋にそれを押し当てるのだった。

 乾いた空気の破裂音とともに、そのナイフは教室の天井に突き刺さる。アルタナが、跳ね上げたのだ。


「思春期だから変な趣向を持つのはわかる、だけど、そんな事で死のうとするなッ!」


 何が起きたのかはわからなかったが、少年はその言葉で自らを止めたのはあの日見た美しい少年であると理解した。


「お許し……下さるのですか?」


 アルタナの優しさは、少年を今度は信者へと変えてしまう。少年はまるで祈るように呆然とアルタナを見つめるのであった。


「前回のことは許します。次は蹴りますよ!」


 なぜ自分が、こんな風にセクハラに怯えなくてはいけないのかと悲しくなるアルタナであった。


「えっと、彼大丈夫かな?」


 と少しドン引きする丸っこい少年。


「さて、自己紹介しようか。俺は、アルタナ。この子が、ナキア。」


 と、アルタナは自分のアイデンティティが崩れる前に話を進めてしまうことにした。


「僕は、ルクルット。魔法使いだよ。」


 と、丸っこい少年が言う。

 だが、元同室の少年は一向に自己紹介をせずしびれを切らしたアルタナが彼に言う。


「君も自己紹介お願い出来るかな?」


 すると、元同室の少年からは驚きの声が帰ってきた。


「僕もいいのですか!?」

「うん、許したからね。女の子相手でももう二度とダメだよ。」


 その態度か思わせぶりだと言うことにアルタナは気付いていなかった。


「はい、二度としません!僕はボンズ、格闘術と錬金術を使います!」


 そして、ボンズと名乗った少年は心に誓う。いつか、アルタナを惚れさせて見せると。


「さて、役割は俺とナキアでウサギを担当していいかな?」


 と、アルタナが言う。それも仕方のないことだった。ナキアは人が多いこの場所を怖がり、アルタナにしがみついて離れないのだ。


「食材選びはこのボンズにお任せください。錬金術には野草の知識は必要不可欠です。」


 ボンズは張り切った様子で言った。いい食材を選んで、アルタナにアピールする腹づもりである。その相手が男である虚しさに気づかないまま。


「んー、不安だからルクルット君もお願い。」

「え、僕あまり詳しくないよ!?」

「ボンズの目つきが変わったら止めればいい。」

「苦労してるんだねアルタナ君」

「言わないでくれ、とっても悲しいんだ。」


 と、ルクルットに頼むアルタナであるが、ボンズの目つきはもう変わった後であり、またアルタナに直接何かをするつもりはないのだ。

 そこにエルドの号令がかかる。アルタナの組が一番手間取っており、エルドはそれを観察していたのだ。


「組み分けも終わったようだし、早速調理開始だ!どんどん持っていけ!」


 冒険者の卵達は、一気に野草にほとんどが殺到した。そんな中、アルタナとナキアは呑気なものである。


「ナキア、そのままでいいからおいで。ウサギを取りに行こう。」

「ん……。」


 と、会話をしながらゆったりと歩き出す。

 そして、ボンズとルクルットもまた呑気なものである。


「ボンズ君、行かなくていいの?」

「大丈夫だとも、僕が狙うのは一般的に毒と思われる素材。全て残るさ!」


 そう、ボンズが狙うのは毒草の組み合わせで毒が反転し、薬になる薬膳料理である。その材料には他の冒険者の卵達は目もくれない。くれたとしたら、そこにも錬金術師がいるが、それでも余るだろう。

 その頃、アルタナとナキアはすでにウサギを手にして自分たちの調理場へ戻っていた。


「ナキア、獲物を捕らえたらなるべく苦しまないように殺すんだ。そのためには?」

「心臓……脳……」


 ナキアはアルタナの出した設問に、壊すべき急所を答える。


「そう、でも新鮮な脳は可食部位だから心臓を狙う。ほら、ここだよ。」


 と、アルタナはウサギを持ち上げて心臓の位置を指差した。そして、それをナキアは躊躇なく貫いた。


「一発だ、上手だね。そしたら首を切って血抜き。ほら、いっぱい出てくるだろ?」


 そう言いながら、アルタナは首を浅く切って頸動脈を両断する。ドボドボと血が溢れて、滴り落ちる。


「さ、次は内臓。これは難しいから俺がやるね。皮、肉、心臓のほかにここには腹膜っていう膜がある。それを傷つけないように慎重に刃を入れるんだ。」


 と言って、アルタナは皮と脂肪だけを切り裂く。腹膜に包まれた内臓が露出すると今度はそれを驚くべき手際で、全て引きずり出してしまった。


「すごい……」


 その早さにナキアが驚きの声を上げる。


「そうかな?あ、腹膜の中に心臓と、肝臓があるんだ。これは美味しいから食べよう。」


 と、言ってアルタナは腹膜を破り、二つの内臓を取り出した。


「心臓と肝臓は……いうまでもありませんでしたね。では、ここからは僕がやりましょう。」


 と、食材を抱えたボンズが言うが……。


「いいよ、ナキアにお肉の取り方教えなきゃだからね。」


 と言いながらも、アルタナの解体の手は止まらない。


「これがもも肉、これがヒレ肉、コレがサーロイン。」


 まるで喋るような速さでウサギを解体していく。一通り解体が終わるとアルタナはナキアに言った。


「次はナキアがやってみような。手伝ってやるから。」

「わかった……」


 と、頷くナキアが可愛らしくて、アルタナはつい彼女の頭を撫でる。ナキアもそれが吝かではないようで、気持ちよさそうに目を細めるのであった。

 部位取りが終わった肉はルクルットによって骨を外され、骨だけが鍋で煮込まれている。

 そして、その鍋に投入されようとしていた具材を見てアルタナは急いでそれを止めた。


「火吹きタケじゃないか!そんなものを入れたら……」


 火吹きタケと呼ばれるキノコは毒茸だ。火吹きタケの名の通り、食べると口の中が燃えるように熱くなり、次の日激しい腹痛をもたらす。主に消化器系に作用する毒で、リシティンと呼ばれる毒成分を持ち、水分の吸収を阻害する。


「火吹きタケのリシティンは、このヤドリカンゾウの毒アピタル酸で、エフォキシという薬効成分に分解されます。エフォキシはリシティンと真逆で水分や複数の栄養素の吸収を助けます。」


 そこまでボンズが説明すると、アルタナは改めてボンズが持ってきた食材を眺める。五種類全てが毒草で、そして、全てが相互作用を持つ組み合わせた。


「……代謝向上、吸収力増強、運動能力増強か……。」


 それが食材の毒が中和され現れる薬効成分である。


「さすが、見ただけでわかるのですね」

「一人が長かったからね。宿無し、金なし、行くあてなしならそんな知識も必要だったよ。」


 アルタナは生まれてから十五年後の誕生日に捨てられたのだ。ステータスを獲得できない、それは生まれてないのと同義である。アルタナは、セカンドバースデーを迎えた日まで冒険者を夢見て森の泥の中で生きてきたのだ。

 そして、それを言い切って笑い話のタネのつもりだったアルタナは周りの雰囲気が暗くなってしまったのに気づく。


「今はこうしてるんだ、ただの思い出だよ。行くあて有り、金あり、宿ありだ!それに、冒険者ギルドは愉快な場所だよ。」


 本来なら、捨てられたアルタナは冒険者ギルドに引き取られるべきだった。だが、ステータスもない、将来もない自分の席は誰かに譲ってしまいたかったのだ。アルタナは、あの時消えてしまいたいと思っていた。だが、今は違う。


「錬金術師謹製の薬膳鍋は冒険者しか食べられません。存分に腕を振るわないとですね!」


 と、アルタナをボンズが気遣い……。


「一緒……」


 と、ナキアが共感する。


「僕は何したらいいかな?」


 と、ルクルットが慌てるが彼にできることはもうなかった。


「座って、待っていてください。」


 だから、ボンズがそんな風に話しにオチをつける。

 やがて鍋に入れられた具材に火が通り、出汁の効いた薬膳鍋が出来上がる。

 ボンズはそれをよそって、全員に配ると、言った。


「完成です、冷めないうちに食べましょう。」


 アルタナ、ナキア、ルクルットはそれに頷くとそれを頬張った。

 途端に口の中がカッと熱くなり、ヒリヒリとする。火吹きタケの有毒成分リシティンは辛味だ。単体で食べると悶絶するほどに辛いが、水に溶けやすい成分で鍋全体に辛さが馴染んでいる。そして、ヤドリカンゾウの仄かな甘味が、鍋全体に深みを持たせる。

 他にもノーブルと呼ばれる香草のツンとしたニャギのような香り、ハマダの遺恨と呼ばれる仄かな苦味を持つ根菜、あと、なぜ入っているのか謎なマンドラゴラの根。それらは兎肉から出た旨味を吸って、お返しと言わんわばりに、兎肉にもそれぞれの良さを与えていた。


「美味しい!」


 アルタナは思わずそう言って、一口二口と食べ進める。


「毒草だらけなのに……。」


 と不思議な顔をする、ルクルット。


「毒草の毒とは旨味+味+毒素です。この毒を薬にして仕舞えば、美味しさだけが残ります!」


 と得意げにボンズ。

 そして、それを聞きながらも黙々と食べていたナキアが呟いた。


「暑い……」


 ナキアは暑くも寒くもない季節にも関わらず、玉の汗をかいていた。

 それもそのはず、この薬膳鍋には体を温める成分がこれでもかと入ってる。体に悪いわけではない、むしろとても良いのだ。だが、食べればもちろん汗をかく。


「たしかに……これはものすごく寒い日に食べたいかも……。」


 そう言うアルタナも汗だくで、服で自分をあおいでいる。

 当然思春期の男子諸君には、アルタナやナキアなどのそんな様子はとても心臓に悪いものである。


「ごめんね、二人ともこっち見ないでくれるかな?変な気になりそう……。」


 と、ルクルット。

 そう、彼らがともに食卓を囲んでいるのは美少女にも見える美少年と、元奴隷の美少女なのである。

 それが、汗を垂らし、頬を染め、息を切らせている。料理のせいなのだが、多感な思春期の少年には刺激が強いのだ。


「落ち着け、僕の剣よ!我がスレイプニルよ!!」


 と、ボンズに至っては意味不明な呪文を繰り返していた。

 しばらく、食事を楽しんだあと、そこにはルクルットがいなかった。いや、いたのだが、スマートになって少し田舎臭いが利発そうな少年に変身してしまったのである。

 それもまた薬膳鍋の効果であった。

 そんな楽しい時間は刻々と過ぎていく。アルタナも、ただの少年に戻ったつもりでそれを楽しんでいた。自分が怪物であることも忘れて……。


※ノーブル=ノビル

※ハマダの遺恨→ハマダイコン=浜大根

※ニャギ=ネギ

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