第15話・ナキアの剣

 アルタナはその日の午前中も訓練場に居た。当然の如く、アルタナのいる所にナキア有り。ナキアはアルタナの剣をもっと見ようと目を輝かせていた。


「振ってみないか?」


 だが、アルタナはそう言ってナキアを手招きする。セカンドバースデー前に訓練する者はいない。ステータスを手に入れた時、ステータスと技能が乖離してしまうことを防ぐためだ。だが、ナキアには乖離していて尚剣に進むべきと言いたくなるほどの才能を感じていた。


「いい……の?」


 ナキアも実は振ってみたかったのだ。あんな風に剣を振れたら楽しいだろう。ナキアはアルタナの剣を見てそう思っていた。


「もちろん。ほら振ってみて!」


 アルタナが答えるとそれを待ってたとばかりに、ナキアは剣を手に取る。

 その瞬間にナキアは、これまで夢想したものが込み上げてくるのを感じた。

 それに翻弄されるように、ナキアはいつの間にか剣を振っていた。

 ナキアの剣術は独特だった。本来なら剣士が一番嫌う、剣に振り回されること。それを逆に利用して、踏み込み、駆け抜ける。まるで、剣にエスコートされて踊る剣に選ばれた姫君。

 それを見たのがアルタナでなければ、彼女の才能を潰してしまっただろう。悪気もなく、剣に振り回されるなと言って。だが、アルタナの剣は我流。こうでなければいけないという決まりはない。


「ナキア、剣が軽いと思ったりしないか?」


 普通ならばセカンドバースデー前の少女には木の剣すら重い。だが、ナキアはもう少し、いやこの倍の重さでもいいと思っていた。アルタナはそれを言い当てた。


「わかるの……?」


 ナキアは驚いたような顔をした。いくら剣に優れていても、心を読めるわけでは無いと。


「わかるさ。剣が軽くて、軸がナキアに寄っている。もどかしいんじゃ無いか?もっと剣に体を預けたくて。」


 ナキアの剣術は一見すると軸がブレているように見える。ブレているのではなく、場所が違うのだ。軸はナキアと剣の間にあり、線ではなく点だ。縦にも横にも回る。


「すごい……!」


 アルタナの言った通りだ。剣の振り方を見るだけで心までを見抜かれ、アルタナへの憧憬を深めた。


「よし、まだ少し軽いかもしれないけどナキアの剣はこっちだ。」


 アルタナはそう言って、刃引きされた鉄の模擬剣を差し出す。本来、ステータスを持たない少女に扱えるものでは無い。

 だが、ナキアはその剣を持つと、その剣技の速さと鋭さを増していた。


「応えてくれる……。」


 それが、増した剣の重さがナキアに抱かせた感想だ。


「うん、いいみたいだね。ナキア、ちょっと立ち会ってみないか?」


 アルタナはナキアに向かって言う。ただ、ナキアの剣をもっと知りたかった。


「いいの……?」


 ナキアはナキアでその剣を、何かにぶつけてみたくて仕方なかった。

 アルタナは木剣を、ナキアは鉄の剣を持って向かい合う。


「いつでも……?」

「あぁ、かかっておいで!」


 アルタナが言うと、ナキアはかなり離れた位置なのにもかかわらず振りかぶる。そして、その剣がナキアの前を通る瞬間、前に飛んだ。

 剣が生み出す遠心力が推進力に変わり、ステータスを持たないものが出すには不自然すぎる速度が出る。しかし、それは力任せの速さではなく、むしろ純粋な技量が生み出す速さの爆発だ。

 たが、それはいとも簡単にアルタナに跳ね上げられてしまう。

 跳ねあげられた剣は慣性により力を持つ。ナキアはその力の方向をずらし、回転しながら左切り上げを放つ。切り上げは、アルタナの加えた力のせいでさらに重さを増す。

 ならば、とアルタナはそれを受け、止めるが、止めたとしても剣はしなり逆方向への力を生んだ。

 読みやすい、だが理論上無限に速さと重さをあげることのできる技。その攻め方は剛の剣であり、考え方は柔の剣。

 やがて、アルタナが受け止めた剣が逆方向からアルタナを襲う。

 だが、速さと重さを無限に上げるのは、理論上の話。その遠心力に、肉体が耐えきれなくなれば瓦解する。

 アルタナはあえてその剣が加速するように、それを後押しした。

 それが原因で、放たれる次の一撃は横薙ぎの鋭く、重いものだ。レベル1の相手にすら届きうる一撃。ナキアは引き裂かれそうになる体を無理やり押しとどめて放つ。

 アルタナはこの無限に成長し続ける剣を止める術を持っていた。単純に剣を奪えばいい。だが、それはしなかった。ナキアが、一歩も引かず、力を一切殺さずに立ち回って見せるのだ。ナキアは応えてくれるから、前に進む。本来ならとっくに限界を迎えているはずなのに。

 アルタナは限界を超える力を出せる瞬間を知っていた。だから、確信を持ってその瞬間を待っている。


「もっと……!」


『ルーナのセカンドバースデーが強制的に開始されました。』

 突然、ナキアの体にこれまで働いていた慣性の力が消滅し、止まる。そしてルーナの頭の中で声が響いた。

『セカンドバースデーに例外発生。本人の意思により、名前をルーナからナキアへと変更。技量ステータスが増加します。膨大なステータス獲得を確認、成長痛にご注意ください。』


「え……?」


 初めて聞く、それにナキアは戸惑った。

 そして、唐突にセカンドバースデーは始まった。

 周囲を光が覆い隠し、ナキアはその痛みに悲鳴をあげる。


「ああああああッ!」


 やがて、光が治るとナキアはより美しくなって現れた。艶やがな長い黒の髪、少しだけ凛とした顔つきは彼女にわずかに女としての色気を加えていた。


「セカンドバースデーおめでとう、ナキア。」


 アルタナはそう言ってナキアを祝福した。アルタナはナキアが限界を超えた瞬間からずっとそれを待っていたのだ。ナキアはまだ少し幼かった。だが、彼女は確かにこの世界に再誕したのだ。


「え?」


 ナキアはまだ事情を飲み込めていなかった。


「言ってみて、『ステータスオープン』って」

「ステータスオープン……」


 ナキアの前には、ステータスが表示されたパネルが現れる。ナキアの口頭によってアルタナに伝えられたステータスはこうだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

名前:ナキア

クラス:剣姫

レベル:1

生命力:15

筋力:6

技量:36

知力:7

魔力:2

持久力:28


スキル

〈剣術55〉


特技

〈剣舞〉〈ソードマスター〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 異様に高い剣術スキルと技量、持久力を持っていた。


 セカンドバースデーの最中は強烈な成長期であり、この時に行っていたことはその人のステータス、クラス、スキルを大幅に変えてしまうのだ。だからこそ、ナキアの剣術、技量、持久力はアルタナという怪物を除けばとても高かったのだ。


「これで冒険者学校、一緒かな?いやぁ、妹ができたと思ってたのに同学級って複雑な気分だ」


 と、苦笑いみ浮かべるアルタナであった。

 世界は、この二人を同じ年齢として定めたのだ。二人の生きた時間は大きく違うのに、二人は同じ時間を生きていくことになる。

 これが、天の配剤とも知らずに。

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