第14話・アルタナの訓練

 その日の夕方、アルタナはギルドから訓練用の刃引きされた剣を借り受け、訓練場にいた。

 アルタナは久し振りに我流の訓練法を行うところだったのだ。

 訓練場にはナキアも居た、アルタナをただ幸せそうな目で眺めているのだ。

 まずは基本の袈裟斬りを全力で放つ。

 剣が音速を超え、破裂音が辺りに鳴り響く。それは無駄のない運剣と、アルタナの超人的ステータスでようやくなし得る一撃だった。


 だが、アルタナはそれで満足をしない。次は半分の速度で剣を振るう。運剣の精度に重点を置き、一切の無駄のない体の動きをぴったり半分の速度で成してみせる。

 破裂音はならなかった。だが、まだ常人の感覚で捉えられる速度には程遠い。

 アルタナはその半分、さらに半分と剣の速度を落としていく。やがて、それが常人に理解できる速度になった時、一切の無駄がなく美しい型が現れる。

 だがアルタナはまだ遅くするのをやめない。一つの剣撃にたっぷり一分をかけて剣を振るにいたまで、延々と振り続けた。一分間もかけての剣撃だというのにアルタナの運剣には一切の乱れがない。

 それが終わると今度はそれを速く戻していく、倍速、そのまた倍速と。一分の一撃で改善点を見つけ、それを元の速度に落とし込んでいく。言葉で言うのは簡単だが行うのは難しい。

 そして、その速度が戻ってようやく袈裟斬りの練習が終わる。


「衰えてはないけど……先がわからなくなってきたな……」


 と、アルタナは苦笑をした。それもそのはずアルタナの剣術スキルは151であり、彼に剣を教えることができるものなどいないのだ。


「綺麗……」


 それを見ていた、ナキアはため息混じりにそう呟く。


「そうかな?俺の剣なんて、見てても退屈だろ?」


 ナキアは首を振ってそれを否定する。


「綺麗。」


 今度は、その言葉をきっぱりと言い切った。


「そっか、でも退屈になったら言うんだぞ!」


 アルタナのナキアに対する態度は、もはや父のそれである。


 アルタナはまた剣の修行に戻った。唐竹、逆袈裟、右薙、左薙、右切り上げ、左切り上げ、逆風、刺突とそれぞれ基本を次々とこなしていく。

 そして、最後に桜花で同じことをし始めた。

 ゆっくりと行われるそれはまるで剣舞であり、一人だけの観客を強く魅了した。


「すごい……」


 ナキアは自分の口から、ため息とともにそれがこぼれた事に気付かない。

 アルタナもまた、それに気付かなかった。彼はそれどころではなかったのだ。


「そうか……ッ!」


 と呟き、中程度の速度で再び桜花を放つ。

 上段水平切り、袈裟斬り、逆袈裟、下段足払、そして、切り上げ。ここまでで、桜花の型は終わる。だが、これまでと異なる点があった。切り上げが少し前方へ伸びていたのだ。


「風渡り……」


 そこから、さらに前へ飛んで横に一閃。落ちる前に袈裟斬り。再度飛び込むように踏み込みんで逆袈裟を放つ。舞い落ちる桜の花が、再び舞い上がり、風に乗って旅をする。まるで一つの物語のようだ。


アルタナはそれを一度元の早さに戻し、再び速度を落としていく。


 流麗な剣舞は、訓練をしていた冒険者たちの手を止め、目を引きつけた。

 やがて、それを元に戻し終え剣を収めると、アルタナに声をかけるものがいた。


「お若い方……随分と壮絶な訓練をされていらっしゃる。しかし、あれは見事、ぜひ立ち会ってもらいたい。」


 それは、剣を携えた老齢の剣士であった。

 長いあご髭を蓄え、白髪だらけの髪を後ろで結わえたその剣士は老齢でありながら目を爛々と輝かせていた。


「すみません、連れに確認をしていいですか?」

「もちろん、某はわがままを申している身、遠慮など無用にございます。」


 老人は、アルタナを尊敬していた。その剣技を見ればわかる、自分など到底かなわないと。だが、それでも彼の前に立ってそれを見てみたかったのだ。そんな老人は、いくらでも待つつもりでいる。明日でも、その次でも構わない。そう思っていた。


「ナキア、訓練は終わったけど少し手合わせをしてきていいか?」


 アルタナはナキアに尋ねた。


「見たい……!」


 だが、尋ねるまでもなかったのだ。ナキアは一番最初から、アルタナの剣を見て、それに魅せられていた。アルタナのファン一号なのである。


「そうか、じゃあ張り切らないとな。」


 と、アルタナは気合いを入れ直すのだ。思えば、剣を褒められたことなどなかった。だからこそ、ナキアのそれがこの上なく嬉しかった。


「やりましょう!」


 アルタナは老人に向き合っていった。


「もう一つわがままを許してほしい……」


 老人は申し訳なさそうに言った。


「なんでしょう?」


「互いに一合に一秒以上としてもらいたい。この老骨にあれほどの速剣をは受けられぬ……」


「いいですよ。ゆっくり確認しながらの立ち会いですね。勉強になりそうです!」


 アルタナは老人の申し出を快く受けた。


「では、古流にて。某、ガルア流剣術ゴッド・スミス!」


 古流というのは、立ち会いの合図の出し方だ。名乗り、二人決まった言葉を合わせて始める。


「我流剣術アルタナ・ウィルソン」


「「いざ、推して参る!」」


 それを合図に互いに、ゆったりと一歩近づき、ゆっくりと剣を振るう。

 たしかに、剣はゆっくりだ。だからこそ、間合いと、運剣、読みが重要になる。


 一合、アルタナは先手を譲りゴッドの袈裟斬りを半身になり避けながら左切り上げを返す。

 二合、アルタナがさらに踏み込み右薙をはなつ。これをゴッドは剣で受け攻撃の機会を失う。

 この時、アルタナはこのゆったりとした攻防の中で新たな発想に出会う。

 アルタナは剣の接点を上にずらしながら、老人と背合わせになった。

 そして、その状況に気づく。


「なっ、桜花!?」

 アルタナはニヤリと笑った。

「今、思いつきました。」


 三合、アルタナは受けられていた剣を流し逆袈裟。ゴッドはこれを受けるが、体制は完全に崩れた。

 四合、アルタナは袈裟斬りを放ち、それを無理に避けてゴッドが前のめりに手をつく。

 五合、足切り払いが決まり、アルタナの勝利となる。


「二合を譲ってくれたから勝てました。」


 そう言って、アルタナは倒れたゴッドに手を貸す。


「何を言われる!無理に攻めれば、無刀取り、引けば風渡りではありませんか!」


 と言って、ゴッドは豪快に笑う。


「あ、そうですね!気がつきませんでした!」


 アルタナはそれを思い浮かべてハッと気づく。


「そう、だからその状況になれば気づいておっしゃるのだ。”今思いつきました。”と!」

「そうですかね?いや、ゴッドさんがいうならそうなのかもしれません。」


 それほどに濃密な剣技の応酬だったのだ。相手の動きを読み、詰みへと導いていく。二人は立ち会いの中で、互いを強く信頼していったのだ。


「いや、実に有意義でありました!」


 と、ゴッドは少し寂しげな表情を浮かべる。


「よければまた、立ち会ってもらえませんか?」


 と、アルタナは屈託無い笑みで尋ねるのだった。


「なんと!また、立ち会えるのか!」


 途端にゴッドの顔は一点の曇りもない笑顔へと変わる。


「もちろんですよ!何度でもお願いしたいくらいです!」

「ふふふ、これでまたマーリンのやつに教えるものが得られるかも知れん!」


 ゴッドは、剣の速さも、腕力も常人のそれである。それでありながら、天才たちの領域Aランクに到達した元冒険である。


「え?マーリンさん!?」


 アルタナは驚愕に目を見開いた。


「マーリンのやつは某の弟子でしてな、某の剣に速さと力を加えればあぁなります。」


 老人の話がひと段落した頃に、見計らったようにナキアがタオルを持ってくる。


「すごかった……!」


 ナキアはあの迫力に欠ける戦いを理解していたようだ。


「おぉ!わかるのか!アレが!」


 ゴッドは興奮していた。


「すごい……ブレない……強い!」


 ナキアも頬を上気させて、興奮している。


「この子はいい剣士になるぞ!」

「えぇ……。」


 アルタナはナキアに剣術バカの片鱗を見て困惑するのであった。

 その日の夕食、アルタナとナキアはゴッドに誘われた。アルタナにとって意外だったのは、その夕食を一番楽しんでいたのがナキアだったことだ。

 ナキアはアルタナとゴッドが戦いを振り返り話をする中、時折鋭い質問を投げかける。その夕食会でナキアはいつか振るうであろう自分の剣の軌跡を夢想しながら、それを最適化していくのだった。

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