第12話・ワイバーンRTA

 アルタナはマーリンの隣に立つと、ナキアに手を振った。


「行ってきます」


 ナキアも、それに手を振り返した。


「行ってらっしゃい……」


 と。

 小さな声だったが、着実にナキアの口数が増えていっていることがアルタナには嬉しかった。声が小さいのは、単純に不安だったのだろう。


「よし、じゃあテレポート!」


 マーリンの呪文で二人は光に包まれた。

 光が治ると、そこはいたって平凡な平原だった。空に不穏な影があることを除けば。

 不運なことに、アルタナはそれを第一に視認してしまったのだ。


「ワイバーンじゃないですか!!どどど、どうするんですか!!!」


 ワイバーンは立派なBランクの魔物だ。レベル2の冒険者が勝てる相手ではない。


「うーん、物足りないと思うんだけど、とりあえず喉元を裂いて殺してくれるかい?」


 ただし、普通のレベル2なら敵わない相手なだけだ。


「俺がやるんです!?」

「当たり前だ、あれは君の試験管だぞ!はい、まず挨拶!」

「いや、そうじゃなくて、俺初クエストですよ!!」

「大丈夫、あんなの羽が生えたただのトカゲ、いや、イモリみたいなものだよ。」


 イモリはこの世界で珍味として食べられる。あまり見つけることができないが、捕獲が簡単でセカンドバースデー前の子供が捕まえたりもする。

 マーリンはあろうことか、エルザなどでは殺されてしまう相手をそのイモリに例えたのだ。


「行かないと、斬りかかるよ。」

「え?なにに!?」

「決まってるだろ!僕が、君にだ!」


 無慈悲な宣告である。しかも、補助魔法を自分にかけまくっている。


「いく、行きますから!」


 一方ワイバーンは、下で争ってる人間なぞには目もくれず雲を数えながら優雅に空中遊泳を楽しんでいた。

 ワイバーンを倒せる生物など少ないのだ。油断しててなにが悪い、空の王者ぞ。と調子に乗ってるところを、ドラゴンに食われるのがワイバーンの死因第1位である。

 アルタナは、無謀だと思いながら足に力を込める。臨戦態勢になれば、感覚は研ぎ澄まされ一瞬が数分にも拡大されたように感じる。そして、自分の体が告げた、簡単にたどり着ける高さだと。

 アルタナはそれを信じて、飛び立つ。

 ドンッと音がして一瞬でワイバーンの首元まで飛翔する。


「ギョエ……!」


 ワイバーンはそれに気づき逃げようとするが、その時にはすでにアルタナがゴーストソードを作成し、ワイバーンの首の気管と頸動脈を両断して、ゴーストソードを消したあとだった。

 ワイバーンは、なにもわからないまま声が出なくなり、呼吸もできず地面に墜落する。そして、地面に生温い血が流れているのを見て初めて斬られたと自覚した。


「お見事!素材の状態は最高だ!」

「あの、ワイバーン弱くないですか?」

「いいかい?君はこちら側の人間だ。いや、それ以上。僕たちにとってワイバーンは歯に挟まったゴミ程度の脅威しかない。つまりうっとおしいだけだ。」

「こちら側って?」

「Sランクの化け物側の人間という意味だ。」


 アルタナはここで初めて自身の異常性に気づいた。レベル2であるが少なくともAランクに比類しうると。

 だが、アルタナのその考えは自己に対する過小評価がまだかなりのこっているのだった。


「うへぇ……。あ、死体ってどうします?」

「収納にしまって、ギルドに持っていくといい。この状態だとそれなりのお金になるよ。」

「いやいや、そんなに入るわけ……。」


 そう思いながらもアルタナは試してみた。

 結果すっぽりとワイバーンが収まってしまったのである。


「ようこそ、化け物の世界へ……。」


 わざわざテレポートを使ってまで背後でボソッと呟くマーリン。


「ひっ!?やめてくださいよ!本気で心臓に悪いです」

「いやぁ、すまないね。つい悪戯心で……」

「おれ、Sランクになれますかね?」

「ドラゴンが見つかれば可能だね。探しにいくかい?今からでも!」

「今すぐになれそうに言ってますが……」

「そう言ってるよ。」


 アルタナをからかうマーリンは心底楽しそうだった。

 そして、急に真面目にアルタナに向き直っていう。


「帰りは自分で帰るんだ。君の空間魔法ならできる。報酬は、全額君の取り分にしてある。行きたまえ。君ならできる」

「マーリンさんは?」

「僕はまだ仕事だ、行かなきゃならない場所がある。だから、帰りたまえ。」

「わかりました、マーリンさん。ご武運を」


 と言って、アルタナはテレポートを起動する。アルタナが、光に包まれ消えたのを確認してマーリンは呟いた。


「早く、Sランクまで来てくれよ……僕らじゃ、もうダメかもしれないんだ。」


 そう言って、マーリンもテレポートを詠唱しどこかへと消えていくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「十分十七秒!十分十七秒です!依頼の達成は出来ましたでしょうか!?」


 アルタナが帰ると、総合受付ではなく娯楽部門と書かれた受付カウンターから一人の女性が身を乗り出し叫ぶ。耳が頭の上にあり、三角形の猫耳の女性だ。所謂猫獣人である。


「あ、はい。達成です」


 アルタナはたじろぎながら答えた。


「おぉーっと!ワイバーンRTAにアンランクからBまで一瞬で駆け上がった少年が新記録を打ち立てた!以前の記録はマーリン様のBランク時代、十四分十五秒を大きく更新している!これは正に伝説ダァ!」


 この獣人、もはや実況である。


「あの……これって……?」


 アルタナはもはやドン引きしていた。わけもわからないし、テンションもおかしい。回りの冒険者も騒いでいる。

 さらには、小銭袋を受け渡す冒険者もちらほら見受けられる。彼らは、このワイバーンRTAで賭け事を行なっていたのだ。


「今のお気持ちいかがですか!?」


 猫獣人は、ドドドと駆け寄ると、アルタナの口元で拡声魔法を構築する。


「え、いや、特には」

「特に感傷は無いと、この程度の記録では満足できないご様子!彼はまだ世界を縮めるつもりでいる!これからもこの選手、アルタナ選手から注目が離せません!では花束と賞金の授与を行いたいと思います!皆さん、盛大な拍手でお迎えください!」


 猫獣人が叫ぶと、花束を持ったナキアがアルタナの元へ歩いてきた。


(挙動不審だ……相当恥ずかしがってるなぁ……)


「おめでとう……ございます……」


 ナキアは小さな声で言った。

 すると冒険者ギルド全体から拍手が響く。


「ありがとう」


 アルタナはナキアから花束を受け取って微笑んだ。自分のために頑張ってくれたことが少し照れくさくて、とても嬉しかったのだ。


「おめでとうございます、アルタナさん。」


 と言いながらモニカが賞金をアルタナに手渡す。はずがしがっている人第2号である。否、アルタナも含め3号である。

 ちなみに賞金は金貨30枚、ワイバーンの納入でさらに30枚にもなってしまった。平民の平均月収二ヶ月分である。

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