第10話・非合法奴隷

 夜も更け、暗くなりアルタナもそろそろ帰ろうかと図書館を出た。

 この時間なると、巡回兵も少なくなり夜の住民たちが動き出す。

 中央の道には、朝までその場所を間借りする貧民が出たりする。彼らは大きく三つに分けられる。冒険者ギルドを知らない者、嫌う者、そして後ろめたい者だ。中央の道を夜間借りするのは、マシだからである。自分が眠りこけてしまっても、連れていかれる先が兵舎の勾留所のベッドの上の可能性が高い。貧民街なら、さらわれるか殺されるかだ。だから、ここで夜を明かす者は多いのだ。

 誘拐犯や、殺人鬼たちは当然のこの中央の道を避ける。だが、その晩は違った。


(角に一人、いや二人だな。目的は、あの子か……。)


 少女が一人、民家の壁にもたれかかっている。息を切らし、肩で呼吸をしていた。足にはスレたような跡があり、奴隷だったことは明白だ。しかも、かなり消耗しているのか意識も朦朧とした様子だ。


(問題は、何故公然と連行しないのか……だな。)


 この国には奴隷制度がある。罪人を強制労働させる犯罪奴隷、借金のカタに自分を売る借金奴隷の二つだ。どちらも、公的に認められた奴隷であり、巡回兵の協力の元連れ戻すことができる。つまり、それ以外は……。


(非合法奴隷、愛玩用か……。)


 そう思いながら、アルタナは少女の前を通り過ぎる。一歩、二歩、三歩と少女が遠のきやがて視界から完全に外れる。


(動いた!)


 その瞬間、アルタナは高く空に舞い上がり、少女を捕らえようとした男たちの後ろに立つ。


「随分とコソコソなされるのですね。」


 アルタナの声に男たちは焦ってような表情で答える。


「コソコソなんてしてませんぜ、コイツは犯罪奴隷で連れ帰る所なんでさぁ!」

「とりあえず彼女は私が拘束します、奴隷照会しましょうか?」


 奴隷照会は詰所、あるいは冒険者ギルドで行うことが出来る奴隷か否かの確認だ。冒険者が非合法奴隷を保護する事例が多く、実施できるようになったのだ。だが、大概の場合それは後から落ち着いてゆっくりやればいい。


「横取りしようったってそうはいかねぇ!やっちまえ!ついでにコイツも奴隷だ!」


 大概はこう言う事業で、奴隷の確保に向かうのは使い捨ての能無しである。


「はぁ……わかってましたが……」


 アルタナは残念そうに吐き捨てると、一瞬のうちに二人の延髄に手刀を叩き込み意識を刈り取る。

 そして、無能というのは馬鹿だから無能なのだ。あれだけ騒げば中央の道ならば巡回が来る。


「何かございましたか!?」


 装備を見た所冒険者だ。冒険者も、クエストボードに町の巡回があれば受託することがある。ただし、その任務は大概が騎士団が発行した者であり、一度騎士団と面会を受けなければ受注不可能だ。よって、その冒険者は真面目かつ礼儀正しいものが多い。


「来期の冒険者学校の生徒で、アルタナと言います。奴隷にされそうになり、自己防衛しました。また、彼らがこの少女を犯罪奴隷と称したため、ギルドに奴隷照会を求めたいと思っています」

「えっ!てことはセカンドバースデー迎えたのか!おめでとう!しっかりしてるなぁ!俺はDランクのホッブスだ!」


 巡回の冒険者ホッブスの態度が急激に軟化する。それもそのはず、彼にとってアルタナは後輩になる人間なのだ。町の住人よりもさらに気楽な相手だ。


「ところで、コイツらもらってもいいかな?」


 ホッブスは気まずそうにアルタナに尋ねた。

 巡回中の冒険者は騎士として行動しなくてはならない。それに、アルタナはまだ冒険者ではないのだ。

 現行犯を逮捕することはできるが、推奨されない。


「お願いします。では俺はこの子を……」

「よろしく、頼むよ」


 アルタナは冒険者に少女を託され、少女に声をかけた。見たところ、まだ幼くセカンドバースデーもまだだろう。


「こんばんは、もう大丈夫。一緒に冒険者ギルドへ行こう。」


 アルタナが言うと、少女の顔は一気に青ざめた。


「嫌っ!」


 そう叫んで、少女は走り出そうとする。

 アルタナは、少女を抱きしめた。


「どうしたの?大丈夫だよ」


 暴れる少女を、なんとかなだめようとアルタナは優しい声で言った。


「離してっ!」


 それでも尚も暴れる少女をなだめようと、アルタナは思考を巡らせた。

 少女はどうして奴隷になったのだろうかと。


「君、借金奴隷?」


 アルタナの問いに少女は答えようとしなかった。だが、反応を示した。

 多くの場合、子供が奴隷になる原因は親だ。親に売られて、非合法奴隷になる。その場合、その子は借金奴隷であると聞かされる。だが……。


「十五歳以下は借金奴隷に出来ないんだ。」


 それがこの国の法律だ。


「それに、君が借金奴隷なら俺が君を買うよ」


 奴隷権売買、この国の制度だ。借金奴隷は奴隷を買った主人が自由に解放できる。また、その奴隷を売ることもできる。借金奴隷の値段は借金の残高と同等だ。

 だが、少女が奴隷のはずがない。


「クスリ……ヤダ……」


 少女は涙ながらに言った。

 アルタナは少女のその言葉を聞いて怒りがこみ上げた。


(こんな子供に麻薬を使ったのか……。)


 少女は消耗こそしているものの健康体だ。

 そんな彼女に使われる薬は、おそらく麻薬のたぐいだ。


「使わないよ、絶対だ!」


 だが、アルタナはその怒りを少女には絶対に見せない。少女を抱きしめ、少女の見えないところで鬼の形相で優しい声を放つ。

 少女はその言葉を聞いて、暴れるのをやめ、やがてゆっくりと眠りに落ちていった。それほどまでに少女の消耗は激しかったのだ。

 アルタナは少女をおぶり、ギルドへと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ギルドに着くと、アルタナと少女に視線が集まる。アルタナはすぐにモニカの元へ向かった。


「ここに、彼女の手を。」


 モニカは何も聞かずに、奴隷照会用の魔道具を差し出した。

 アルタナは言われた通り、魔道具に少女の手を近づける。魔道具は、淡い青に光った。


「これは?」

「奴隷ではありません。非合法奴隷奴隷保護後、救出者がしばらく付き添うことが推奨されます。アルタナさんの部屋に置いてあげてください。」


 モニカはとても複雑な表情で言った。奴隷を救えた喜びと、少女を奴隷にした者達への怒りが混ざった顔だ。


「はい、ご迷惑をおかけします。」

「いえ、孤児を保護するのもギルドの役割です。」


 モニカはそう、淡々と告げた。モニカもどんな声で、どんな顔で対応していいのかわからないのだ。


「ありがとうございます。おやすみなさい。」


 アルタナはそう言って、ギルド寮の自室に向かった。

 アルタナの部屋は二人部屋であり、アルタナ一人では少し広すぎた。

 アルタナは、彼女をもう一つのベッドに寝かせると自分もベッドに横たわる。だが、アルタナは怒りのせいで寝付けなかった。

しばらくして、部屋の中で少女の絶叫が木霊する。


「あぁぁあぁぁ!クスリイィイイィィ!」


 壊れたようなその声に、もはや正気と言えるものはなく、目は血走り、手足をジタバタと動かす。


「サニティ!」


 アルタナは急いで少女を魔法で正気に戻し、抱きしめた。


「また……また……あ……あぁ……」


 少女はアルタナ腕の中で泣いた。クスリは嫌だと言いながら、また欲してしまった己の浅ましさを悔いて。


「大丈夫だよ、大丈夫。落ち着いて。」


 アルタナは少女を諌めようとするが、少女の涙は止まらなかった。むしろ、優しくされるたびに次から次へと溢れてきた。


「イヤって言ったのに……。」


 禁断症状に負けた悔しさが。


「大丈夫、わかってるよ。ここにはないんだ。」


 それでも欲した、自分に与えなかったアルタナへの感謝が。


「ごめんなさい……。」


 少女は、そう言ってアルタナを強く抱きしめて泣いた。


「いいんだよ。我慢して偉いね、大丈夫だよ。」


 アルタナは少女が必死に戦って、一瞬でも正気を取り戻したから今があることを知っている。だから、アルタナは彼女を責める気などなかった。誇り高く、自ら自由を勝ち取ろうとする意志に尊さすら感じていた。


「うぅ……あぁぁあぁぁ!」


 少女は、その優しい言葉にいっそう自分を抑えられなくなる。


「辛くないかい?苦しくないかい?」


 アルタナは尋ねた。基礎魔法でできるのは、ただ正気に戻すだけだ。一時的に、禁断症状を抑えても、もちろん再発のリスクがある。


「だいっ……じょう……ぶ」


 泣きすぎて、まともに答えられないのに少女は懸命に答えた。その声は、少しだけかすれ始めている。

 窓際にコップが置いてあった。アルタナは、それを空間魔法で呼び寄せると、基礎魔法で水を注いだで少女に差し出した。


「喉が渇いたろう?飲みな。」


 少女はは受け取ると、それを一気に呷る。

 しかし、すぐに口を離しむせ返る。


「ゲホっ……ゲホっ……。」

「こら、もっと落ち着いて飲みなさい。」


 アルタナは少し濡れてしまった少女の口周りを拭おうとする。


「ごめんなさい……。」


 少女は、怯えて身を屈める。コップの水をこぼさないように気をつけながら。


(虐待もあったのか……。)


 アルタナは思った。怒りもした。いつか必ず、麻薬と非合法奴隷を根絶すると心に誓った。


「怒ってないよ、だからゆっくり飲みなさい。」


 アルタナに言われるまま、少女はゆっくりと水を飲む。


「美味しい……?」


 少女は、水を飲んで不思議な顔をした。それが、人生で最も美味しい水だったからだ。


「よかった、いくらでも出せるからね。」


 それもそのはず、アルタナが魔法で作る水だ。彼の魔力で紡がれる水は水としての本質を極めている。生命を育み、癒し、毒を洗い流す。そんなことはつゆほどもおもわず、アルタナは少女に水を与えた。


「ありがとうございます……。」


 少女は、水を飲み終えると小さな声でアルタナに礼を言った。


「どういたしまして。ほら、もう寝なさい。疲れたろう?」


 アルタナは、そう言って少女を寝かしつけ布団をかけてやった。

 そして、少女が眠るまで話をした。マーリンの冒険譚、それと一緒にケーキを食べた話、頼りにしてる先輩の話。

 途中で少女は寝ていた。

 その安らかな顔を見るとアルタナもなんだか眠くなり、もう一つのベッドに横になって眠るのだった。

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