第9話・空間魔法の勉強は催眠術と共に

 王都国立魔法図書館、ゴシック建築の真髄ここに極まれりという場所である。膨大な数の本棚と、魔道書が収められたこの場所の蔵書数563215冊。だが、それは巨大な建物のごく一部に過ぎない。空間歪曲によって作られた無数の巨大な個室、そこに入るための扉がこの図書館の大部分を占める。

 その一室に三人はいた。

 耳がいたいほどの静寂、その部屋は誰かが音を立てない限り完全な無音なのだ。


「じゃあ、座って。可能な限りリラックスして。」


 マーリンに言われるまま、アルタナとエルザは部屋にある一人掛けのソファーにそれぞれ座る。


「私も、習得できるのかな……。」


 エルザは不安そうに呟いた。


「大丈夫、必ずできるよ。僕を信じて。」


 マーリンの言葉は優しくゆっくりと紡がれる。


「はい……」


 エルザは答えた。まるで、眠る前の子供のような蕩けた声で。


「エルザさんになんかしました?」


 それを不審に思ったアルタナは尋ねた。


「彼女は魔法が不得意だから、少しぼんやりする魔法をかけたんだ。僕が変なことをしたら君が止めればいいからね。」


 マーリンはこっそりアルタナに耳打ちする。


「なるほど」


 とアルタナは合点がいき、追求をやめた。


「始めるよ。目を閉じて……。」


 アルタナも、エルザも言われるがまま目を閉じた。


「暗い、暗い、光も届かないまぶたの中。」


 マーリンはそんな当たり前のことを、ゆっくりと優しい声でいう。


「何も見えないから、心臓の音が聞こえる。ドクン、ドクンと……心地のいいリズム。耳を傾けていると、眠ってしまいそうになる。」


 マーリンの言葉につられて、アルタナは眠気を感じていた。エルザも同様にゆったりとソファーに体を預けている。


「意識が遠のいていく。ゆらりゆらりと落ちていく。深い、深い、心の底に、ゆっくりと沈んでいく」


 マーリンの言葉は、まるで催眠術のように二人を意識の深くへと誘う。


「ここは意識の底、どこまでも暗い、広い、何もない場所。何もないなんて、もったいない。こんなにもここは広い。」


 そして、自分の意識の底にさも巨大な空間があるかのように言う。


「そう、ここは自由にしていい場所。まだ何もない、暗いだけの場所。それは、自分の中にある。望めばいつでも入れるし、いつでも出られる。さぁ、出ておいで。」


 マーリンが呼びかけると、二人は急に何者かに引っ張られる感覚を感じて目がさめる。


「これ……は?」


 朦朧とする意識でマーリンに尋ねる。自分の目の前にある暗い穴はなにかと。


「アルタナ君の収納だよ。使ってみようか……。」


 マーリンはそう言いながら穴の中に本を入れた。

 すると、アルタナは急にその本を持っていると言う事を感じた。


「アルタナ君。さぁ、起きて。君が取り出すんだ。」


 マーリンはそう言って、アルタナのすぐ目の前で手を鳴らす。

 ビクッとアルタナの体が跳ね、アルタナの意識が急激に鮮明に戻る。


「えと、どうやって……こうか!?」


 尋ねようとしたがその前に、アルタナは答えにたどり着く。それは自分の中にあって、自分が望めば簡単に手に入ると、他ならぬ自分の心が教えてくれたのだ。


「うん、おめでとう。これで収納魔法はいつでも使えるよ。じゃあ僕はエルザさんにも、同じように教えてくるね。」


 そう言ってマーリンはエルザにかかりきりになっている。やっていることは、どうやら自分と同じだ。それを確認しながらアルタナは、自分の収納に手を入れたり出したりしながら遊んでいた。

 アルタナがそうしていると、静かだった部屋の中に歓喜の絶叫が響いた。


「ホワッ!!ホワアアァァ!!」


 もはや人語ではなかったが、それは明確にエルザの声だった。


「よし、無事に使えるようになったね。」


 とマーリンが、笑顔を浮かべながら戻ってくる。


「さて、二人に教えたのは空間魔法の基礎になる収納魔法だよ。今日は空間魔法を中心に、色々勉強しようか!」


 マーリンはそう言って、空間魔法大全という縦と横がわからないほど分厚い本を置いた。


「「はい!」」


 アルタナもエルザもさらなる空間魔法に興味を惹かれていた。


「早速だが、この本は参考にしないほうがいいよ。有害図書として覚えておいてね。」


 と、マーリンは空間魔法大全を投げ捨てた。


「空間魔法は、空間をイメージすることができれば自在に操る。逆にイメージで発動するから決められた形なんてない。だけど、形を決めてキーワードと結びつけておくと発動がスムーズだ。こんな風にね、テレポート!」


 マーリンが消え、アルタナの後ろから現れる。


「ひっ!?」


 アルタナはそれに驚いて短く悲鳴をあげた。


「上達のコツは、とにかく色々使ってみることだ。そこの本に書いてある詠唱とか魔法陣は役に立たないから、僕は焚書したいね。」


 その後、夕方過ぎまで三人で空間魔法を色々と使ってみた。結果、エルザはテレポートを習得し、アルタナは空間魔法をほぼ自在に操れるようになったのである。

 その後、マーリンとエルザはテレポートでギルドに帰還したが、アルタナだけは残り、様々な蔵書を読みふけっていた

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