第8話・冒険者のお茶会

 お茶会の会場は、冒険者ギルドからかなり中央に寄った場所だった。ゴシック調の影響を受けた店構えは中々に洒落ていて、だが程よく崩されたそれが安らぎを演出していた。

 ミスルト・リア、店の名前である。天使が羽を休めた木にお礼として与える枝を意味する。不思議な植物だ。ヤドリギの一種なのだが、宿主の木に逆に栄養を与え生育を助けるのだ。


「よく来る店なんだけどね、ここはケーキがとても美味しい。」


 マーリン、アルタナ、エルザの三人は入店するやいなや店のvip席に連れられた。

 マーリンはそれに慣れているらしく、寛いでメニューを眺めていた。


「どのケーキがいいのですか?」


 と、アルタナ。アルタナの視線は、実物と見紛うほどの精巧な油絵のメニューに釘付けだ。


「うーん、全部美味しそう!」


 エルザは女性らしく、そのケーキたちの可愛らしいデザインに魅了されている。


「それなら、これを頼もうか。」


 マーリンが指差したのはメニュー冊子の表紙だった。


「え?これ頼めるんですか?」


 ただのイメージだと思ってたそれを指さされ、アルタナは驚いた。

 無理もない、それはケーキだらけのお菓子の庭園のようなものだったのだ。


「実在するんですか!?」


 と、エルザ。少女の夢をたっぷり詰め込んだようなそれは女性を食いつかせるためには最高の餌である。


「頼めるよ。いろんなケーキが食べれるし、どれも一口サイズだ。」

「でも、なんだか悪いです」


 と、恐縮するアルタナを見てマーリンはくすりと笑う。


「遠慮はダメさ。甘いものはたくさん食べて、勉強備えるんだよ。」


 一方、エルザは……。


「ずるい!こんなの食べれるなんてSランクずるい!」


 と、嫉妬を募らせていた。

 マーリンが二回軽く手を打つと、すぐに燕尾服の男が入ってくる。


「お呼びでしょうか?旦那様、お嬢様、それにお坊っちゃま。」


 それは、執事喫茶というより本物の執事であった。この店のキャッチコピーは『お客様は貴族様』である。


「皇女の欲張り庭園を三人前で、作ってくれるかな?」


 マーリンが燕尾服の男に言う。


「かしこまりました、しばしお待ちを。」


 男はそう言って、優雅な一礼を残し去っていく。

 しばらくすると、メイドが二人、それから先ほどの男が再び入ってくる。


「おまたせしました。皇女の欲張り庭園でございます。どうぞごゆっくりお楽しみください。」


 男とメイドたちは、それぞれ一人づつ、一人の配膳を担当する。エルザには男が、アルタナとマーリンにはメイドが。

 深いダージリンの香りで食卓が満たされた頃、テーブルの中央にミニチュアのお菓子の庭園が置かれる。

 一口サイズのホールケーキでできた茂み、ソースで描かれた草花、スナックの木にアイスの花。まさに少女の夢が詰まっている。そして、そこにはこの店のメニューの全てが三つづつ乗せられていたのだ。


「すごい……。」


 エルザが驚いて目を丸くする。


「綺麗ですね……。食べるのがもったいないです」


 と、アルタナが呟いた。


「そうだね。一人前よりずっと綺麗だ……」


 皇女の欲張り庭園は一皿で作られる世界。当然材料が多くなれば、それだけ表現の幅が広がる。一人前しか食べたことのなかったマーリンにとってもそれは感動ものだった。

 だが……。


「あー!なんてことだアイスが溶けてしまう!」


 そう、ツリーは早々に処理しなくてはいけないのだ。それを見て、真っ先に叫んだのはマーリンだった。


「た、食べなきゃ!」


 それを見て、エルザはそのツリーの枝を折った。


「ごめんよぉ……。」


 マーリンもそれに続き涙を流しながら枝を折る。案外、この中でいちばんの乙女はマーリンかもしれないとアルタナも枝を折るのだった。

 三人ともそれを頬張ると、沈黙する。

 目をつぶり、その味を堪能する。

 次の瞬間三人の表情は喜色に満ちた。


「美味しい!」

「素敵だ!」

「ンまい!」


 三人はそれぞれの反応をする。中でもいちばんガサツなのが、唯一の女性エルザのものである。


「美味しいですね!爽やかな酸味と甘みのバランスが絶妙です!」


 と、アルタナ。


「コーンもいいよね、香ばしくてアクセントになってとても素敵だ!」


 と、マーリン。


「次はどんな味に出会えるかな!?」


 と、エルザ。

 この一皿は、三人の冒険者たちを小さな探検家に変えてしまったのだ。まるて、お菓子の庭で宝物を探すように、三人は童心に帰ってその皿を楽しんだ。

 たまに紅茶を飲み、また冒険をする。

 その皿の上には、全てがあった。フルーツの酸味、生クリームの甘み、チョコレートの苦味。アイスの冷たさ、暖かいアップルパイ。その全てが、三人の楽しい探検に花を添えていた。

 やがて、冒険が終わると空っぽの皿には『またね』の文字。また、探検しに来ようと思わせる粋な演出だった。


「はぁ〜堪能した……」


 と、マーリンはその小さな冒険の記憶を大切に心にしまう。


「すごく美味しかったし、楽しかったです!」


 と、アルタナが素直に感想を口にする。


「また来たいなぁ……」


 と、思わずエルザは本音を漏らした。


「じゃあまた三人で来ようか!」


 とマーリンがいう。

 王都冒険者ギルドに、珍しい三人組が誕生した瞬間であった。

 そのご、三人は店を後にし、マーリンに言われるままさらに中央へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る