第7話・Sランク冒険者

 本来、同室の予定だった少年は元の部屋に戻されることになった。アルタナにとって、それは朗報だった。

 その日の朝、アルタナの部屋には一人の男が訪ねた。

 軽いノックの音、アルタナはそれを聞き、ドアを開けた。


「はい。どちら様……」


 扉の向こうにいたのは、アルタナの夢の究極系。アルタナが名前を知らないわけもなかった。


「賢者マーリン様……。」


 扉の向こうの人物を見ると、アルタナはうわごとのように呟いた。


「やぁ、君がアルタナ君かな?」


 マーリンと呼ばれたのは一人の男だった。アルタナと同じ銀の体毛を持ち、引き締まった体をした男である。


「はい!アルタナと申します!」

「うん、そうだよね。魔法染めの髪が何人もいたらたまらないからね。」


 飄々とした態度、優しげで楽しげな声。マーリンというこの男、所謂軟派者である。


「魔法染め……?」


 聞いたことのない言葉だった。


「魔力系のレベル1ステータスが全て20を超えると現れる特異な髪色だよ。君のは綺麗だ……。」

「え、えと……。」


 アルタナはたじろいだ。恐怖が再来するのではないかと。


「あぁ、ごめんよ!魔法染めは綺麗なら綺麗なほど才能が強いんだ。君の髪は恐ろしい美しさだからね、どんな才能かなって!」

「そうでしたか。」


 アルタナは、よかったと胸をなでおろした。


「よかったら一緒に訓練所へ行こう。冒険者なら、魔法はたくさん覚えて損はないからね!」

「訓練つけてくれるんですか?」

「いくつか教えてあげれると思うよ。これでも僕は強いからね!」


 そうなのだ、マーリンは大賢者と言われる冒険者であり、Sランクの称号を持つ。

 Sランクとは、冒険者ギルドの切り札を意味し、冒険者ギルドが本気になると彼らが現れる。

 中でもマーリンは、全ての魔法を知っているという噂を持ち、戦略立案が得意と自称し、そのくせ剣術も何人か弟子を持っている。冒険者ギルドの、ワイルドカードである。


「はい、行きましょう!」


 アルタナはマーリンこの好機逃すべからずと、一も二もなくそれを承諾する。


「いいのかい?支度しなくて……。」


 マーリンは問うた、武器の一つ、防具の一つ身につけないでいいのかと思って。


「大丈夫です!」


 アルタナは、そんなことより訓練だと脳内でマーリンの言葉を噛み砕く前に体を動かしていた。


「もしかして、防具とかないの?」

「あ……はい……貧乏なので……。」


 マーリンは、自分の装備を全く意識しないアルタナの姿を見て、その発想にたどり着く。

 そして、それを言ったせいでアルタナが暗い顔をしてしまったことを申し訳なく思った。


「大丈夫、僕が貸してあげよう。少し触るね、力を抜いて。」


 マーリンのその顔に一切のいやらしさはなかった。


「はい」


 だから、アルタナは体を委ねた。


「ふむ……、ふむ……。」


 マーリンはアルタナの体を目をつぶりながら触る。マーリンの触る場所はどこも、戦闘スタイルを決定づける筋肉であり、余計なところには一切触れない。

 最後に、少しだけ髪を触り、深く頷いた。


「君はすごい!なんでもできそうじゃないか!でも、重い鎧が苦手みたいだね。だから、防具はこれだ。」


 マーリンはそう言って、どこからともなく取り出したケープをアルタナに着せる。


「今どこから?」

「収納魔法だよ、あとで教えてあげるね!さ、ついておいで。」

「はい!」


 アルタナはマーリンに先導され、廊下を歩く。

 途中、すれ違う人の全ての目がマーリンに釘付けだった。

 それもそのはずである。マーリンは伝説なのだ。御伽噺の英雄が目の前を歩けば、誰でも見る。


「注目されてるね」


 マーリンは、はにかんだ様子でアルタナに声をかける。

 途端に黄色い悲鳴が上がる。


「仕方ないですよ、マーリン様ですし。」


 アルタナは、自分を見ている側の人間と同じカテゴリーにしていた。だが、その黄色い悲鳴はの主の一部は頭の中でとんでもない妄想をしているのだった。

 御伽の英雄と、謎の美少年の禁断のラブストーリーである。


「そうだね、でも巻き込んでしまうかもね」


 マーリンはそう言って、苦笑いを浮かべた。

 マーリンにはわかっている。アルタナも注目される側の人間であり、そして、自分に追いつく才能を持つだろうということを。


「構いませんよ。おこぼれの依頼とかもらえるかもですし。」


 そんな会話をしているうちに、マーリンとアルタナはギルドの訓練場に到着した。


「さ、ついたよ。じゃあ、武器はこれ持ってみて」


 マーリンがアルタナに渡したのは、一振りの宝剣だった。刀身のルーン、宝石の配置、装飾の銀細工。その全てが一つの魔法陣となっており、魔力を込めるだけでどこまでも強度を上げる強力な剣だ。


「訓練にこんなの使っていいんですか……?」


 それは、マーリンがAランク時代に使っていた剣である。


「いいよ、僕これ使うから!」


 収納魔法から取り出されたのは、マーリンの象徴とされる杖だった。


「宝杖アルテラ……。」


 アルタナもそれを目にするのは初めてだった。魔法をかけることで、自在に姿を変え、ありとあらゆる感覚を増幅し、絶大な魔力を蓄積させることのできる神話の杖。剣も魔法も使うマーリンだからこそ、その力を極限まで引き出せるとされるものだ。


「これを持ってれば、大概負けないからね!」


 大概というのは語弊がある。それを持つマーリンは無敗なのだ。同時に、自らが最も自由に戦えることで手加減も可能だ。


「さぁ、かかっておいで。まずは、君の力を教えてほしい」


 マーリンは言った。様子を見ながら、アルタナの全てを見極めて、その先に自分の持つものを渡すつもりで。


「わかりました、本気で行きます!」


 ドンと、大きな音がする。

 それとほぼ同時に、鋭く重い三連撃がマーリンを襲う。

 マーリンは、その瞬間に本気の表情を浮かべ、冷や汗を流しながらなんとかその全てを受け流す。

 続いて、鋭い足払い。横薙ぎの一閃、首を狙った突きがマーリンを襲う。マーリンはこれをなんとかいなすが、その表情はもはや焦燥に満ちていた。


「タンマ!」


 マーリンの悲鳴に似た叫びを聞き、アルタナは剣を止めた。


「どうしました?」


 アルタナはマーリンに尋ねる。マーリンがそこまで追い詰められていると思わなかったのである。


「いや、強いね……。強化魔法使わせて……。」


 マーリンは肩で息をしていた。何度か死ぬと思ったのだ。


「え?そしたらおれ、瞬殺されちゃいますよ?」


 アルタナは本気でそう思っているのである。マーリンの手加減でなんとか攻めることができていると。


「大丈夫、そうはならないから……。」

「それなら……。」

「じゃあ、グレーターヘイスト、アルテママジックシールド、ドラゴンストレングス、アダマンタイトスケイル、クアドラアクセル、リザレクション……。」


 伝説級魔法のオンパレードである。アルタナにとって、その全てが御伽噺でしか見たことないものだった。さらには、リザレクション。それは、効果時間中に死亡した対象を復活させる魔法である。マーリンの本気中の本気の自己強化である。


「え?」

「さぁ、かかってきなさい!」


 さらには、その目も本気であった。


「いや、本気じゃないですか!?」


 アルタナはビビっていた。それもそのはずである、伝説が本気を出してかかってこいと言っているのだ。当然である。


「来ないなら僕から行くよ!」


 マーリンはその本気の状態で、全力を持ってアルタナに詰め寄った。そして放たれた、神速の突きはアルタナの喉をしっかり捉えている。


「フォースバレット!」


 アルタナはとっさに基礎魔術を発動させる。極小範囲に強烈な圧力をかけるものだ。

 魔法で、マーリンの突きは上に弾き上げられ、無防備な胴が晒される。

 アルタナはそれを横薙ぎにした。


「テレポート!」


 マーリンはそれを自身を相手の背後に転移させることで辛うじて回避、そのまま相手を背後から両断せんとする。

 アルタナはその一撃を、受け流し、反転して舞うような袈裟斬りを放つ。そのまま、最速とディレイを織り交ぜたアルタナの剣舞がマーリンに逆襲した。

 上段水平切り、袈裟斬り、逆袈裟、下段足払いと流れるように続くその一連の剣舞は剣術の奥義であり、見よう見まねでは隙を生むだけだ。マーリンは、その技を知っている。


「桜花!?」


 それも、完璧といって過言でないもの。

 マーリンですら、魔法で強化された知覚と身体能力で捌ききるのがやっとだ。


「フォース・エクスプロージョン」


 マーリンは基礎魔法を自分に当ててなんとか態勢を戻す。


「閃!」


 そしてマーリンは桜花の最後の攻撃、切り上げの渾身の一撃を自分の体で受けきる。

 マーリンはその瞬間に、絶命し、リザレクションが発動する。伸びきった体制のアルタナは、脱力していて、その瞬間にマーリンに最初にして最後の勝機が訪れた。


「フォースバレット!」


 マーリンはアルタナの剣を魔法でさらに跳ね上げた。

 アルタナの伸びきった腕はそれに対抗する手段を持たず、成されるがまま剣を手放してしまった。


「あっ!」

「僕の……勝ち……だ……!」


 マーリンはそう言って後ろに倒れこんだ。


「マーリン様!」


 心配してアルタナはマーリンに駆け寄る。


「はぁーキツイ!アルタナ君、君強すぎるよ……。でも、リザレクションは攻めに使うんだ……。覚えておいてね」


 そう、リザレクションは防御系の魔法に分類される。だが、それを使って攻める発想はアルタナには無かった。だが、自分よりも強い相手から勝利をもぎ取るために命を捨てる。捨てた命を、再び拾うためのリザレクション。アルタナは、この時から魔法と剣の融合の考察を始めるのだった。


「「「「うぉおおおぉぉ!」」」」


 ギルドの訓練場に男たちの歓声が響く。

 いつの間にやら、冒険者たちは集まり二人の試合を観戦していたのだ。その攻防のほとんどが、冒険者たちには認識できなかった。二人の超人的感覚の中で行われた試合は、もはや人間の知覚速度を上回り、残像と火花を見るのがやっとだった。


「ボウズ!名前教えてくれ!」


 冒険者ゆえに粗暴な人間は多い。だが、訓練場を訪れるのは真面目なものばかりだ。


「アルタナです……。」

「俺のパーティにこねぇか?」

「こいつは俺んとこ来るんだよ!」


 冒険者たちがアルタナの争奪戦を始める。伝説を圧倒する新人だ、今のうちに少しでも繋がっておきたいのだ。


「アルタナ君、すごかったね!おねーさん教えられることないかも……」


 アルタナが冒険者に囲まれ困っていると、そこには見慣れた顔を見つけた。


「エルザさん!ダメです、エルザさんは先輩ですから!いっぱい教えてください!」

 

 アルタナはエルザに懐いていた。それは、ついこの間の一件が原因だ。アルタナの精神は体に引っ張られ、盛大に幼児退行しており、エルザを慕う原因に一役買っている。


「教えちゃう!なんでも教えちゃう!」


 一方、エルザは自分に甘えてくれるアルタナにメロメロである。


「でも今日はマーリン様に教えてもらうので、今度時間作ってくださいね?」


 そして、アルタナによって放たれるキラースマイル。甘えた子猫のようなその表情に、比喩ではなくエルザは体内に電撃を浴びるのだ。


「うん、絶対つくるよ!」


 それは、母性と雌性の融合だった。


「待って、ちょっと疲れたから休憩させて!」


 そこにマーリンの悲鳴に似た懇願が飛び込むのである。


「あ、ごめんなさい。俺、水もらってきます。」

「いや、いいよ。奢るからちょっとお茶でもしよう、魔法はそのあとで……。」


 マーリンはそう言いながら気だるそうに立ち上がる。


「あなたも、どうかな?」


 マーリンはついでと言わんばかりに、エルザをナンパする。


「いいんですか!?ぜひ!!!」


 これを断れる冒険者はいない。マーリンは冒険者の憧れなのである。

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