第6話・美の権化と同室はいろいろ大変

 その日のうちに、アルタナは寮に案内された。学生寮には空き部屋があったからだ。

 アルタナは、特にすることもなくただ窓の外を見ていた。

 しばらくすると、扉が開き一人の平凡な少年とアルタナが対面する。


 少年にとってた心臓が止まるような出来事だった。部屋を開けると、美しい長い銀の髪を見たのだ。少女だと思った。

 少年は呆然とし、思わず荷物を落としてしまった。

 その音がアルタナに聞こえ、アルタナは振り返る。

 窓から差し込む光が、アルタナのまつ毛に反射して、キラキラと宝石のように輝く。

 少年は再び、自分の鼓動を忘れた。それほどにアルタナに見入った。不思議な、男にも女にも見える美しすぎる少年に。


「どうしました?」


 透き通るような美しいアルタナの声。それを聞いた瞬間、少年は新たな生を得たとすら思った。だが、それはもっと陳腐なもので、少年が得たのは生ではなく性だった。

 少年の女性に対する執着は瓦解し、新たな境地へとそれを押し上げる。


「男でもいいや……。」


 呟くその声は、少年が発した中で生涯最も壮大な覚悟に満ちていた。


「え?」


 困惑するアルタナ。

 少年はそれを愛らしいと感じ、今しがた瓦解した性癖は急速に収束を始める。


「一目惚れしました、付き合ってください!」


 そう、アルタナへの執着に。


「男同士ですよ!」


 アルタナは驚いた、鏡で見た自分の容姿は確かに美しかった。だが、その実おっさんなのである。


「男同士でもいいです!僕は、あなたが好きだ!どうしようもないほど僕の心臓は震えている。これを癒せるのは、あなただけです!」


 壊れた性癖は、少年を詩人に仕立て上げた。しかし、少年は思った。彼の美しさを讃えるために、湧き上がるその言葉の全てが矮小だと。それはまるで大海原の壮大さを、湖で例えるようだ。


 少年は自らを呪った、いや人類すら呪った。人類の誰もが、彼の美しさを讃えるには至らないだろうと。人類は、さらなる言葉を必要としていると。


「あの、怖いのですが……。」


 アルタナは怯えていた。一捻りで潰せる相手だ、だけど、その目が怖い、手が怖い、言動が怖い。アルタナの心は恐怖に満ちた。一体自分は彼の頭の中でどうなってしまっているのだろうかと。


「大丈夫、痛いことはしません!」


 少年のその言葉がアルタナの恐怖をさらに掻き立てた。この少年は自分に発情している……と。


「落ち着いて!お願いだから!」

「僕は冷静です。だから、少しだけ触っても構いませんか?」


 少年はアルタナに触れたかった。そして、ほんの片鱗でもその感触を知りたかった。

 まるで、幽鬼のようにアルタナに迫る少年。だが、その手つきはいやらしい。アルタナにはわかってしまった。この少年は自分で初めてを迎えたいのだと。


「助けて!犯されるうううぅぅ!」


 アルタナの絶叫が、王都にこだました。

 そのわずか後、エルザが鬼の形相でアルタナのいる部屋へと飛び込んできたのだ。彼女かが駆けつけるのに要したのは3秒だ。


「こいつに手ェだそうたぁ……いい度胸じゃねぇか!ええ!!」


 そして、C級とはいえ、熟練冒険者の全身全霊の恫喝が無辜の少年を襲った。


「ひっ!ひいいいいいい!?」


 少年は恐怖に絶叫し、失禁すらした。


「チッ、この程度でビビるんなら最初から口説くんじゃねえよ……。」


 そして、エルザは振り返りアルタナを抱きしめるのであった。


「怖かったね、大丈夫だよ。あんな目で見られるの初めてだったもんね」


 元来より胸というのは安心の象徴である。赤子は母親の胸に抱かれ、眠るからこそ本能に刻み込まれた聖域である。そこにあるのは柔らかさと鼓動の音。同じ生命の音は心地よく、何よりも安全の証明なのだ。


「うわぁぁぁぁん!怖かったよおおぉぉぉ!」


 故にアルタナは決壊した。恐怖から解放され、涙が溢れて止まらなかった。


「そうだよね、女の子はみんなそうなんだよ。だけどいつか慣れて、チ○コ蹴っ飛ばすようになるの。」

「おれ男だよおおぉぉぉ!」


 それは、アルタナのアイデンティティなのだ。いくら容姿が変わろうと、変わらないものがある。これはその一つだ。


「うん、でもねあなたはとっても綺麗。だがら、そういう目で見られちゃうの。だからね、いつかチ○コ蹴っ飛ばせるようにならないとダメだよ。」


 エルザはこの極めて下品な言葉を含んだ自己主張を、優しさと慈愛に満ちた声で言うのだ。まるで、我が子に聞かせるように。


「うん、次されたらチ○コ蹴っ飛ばす……」


 アルタナは、雰囲気に流されて言ってしまう。


「うん、えらいえらい。」


 落ち着かせるために、ぽんぽんと背中を叩かれることと、抱きしめられたぬくもりが心地よくて、アルタナはゆっくりと意識を手放したのだった。


「あぁ……たまらん……。」


 アルタナが寝たのを確認して、ベッドに寝かせると、エルザは呟いた。


「めっちゃ柔らかいし、いい匂いするし……よく耐えたぞー私の理性……。」


 そう、エルザもまたアルタナの美貌に魅了された人間の一人である。

 幸いだったのは、エルザが独りよがりでなかったことだ。エルザは、そう言うことは互いを思いやり、愛をささやき合い、一つにることこそ至高と考えることだ。故に……。


「いいか、ボウズ……和姦こそ至高だ。相手も自分も気持ちよくするのが気持ちいい、人間ってのはそうやってできてるンだよ……」


 それが彼女の持論だった。

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