第3話・その商人好都合にも仕立て屋

 悲鳴を聞いたアルタナは、戦闘の予感を感じ、臨戦態勢に移る。

 声の方角、距離。それがアルタナには手に取るようにわかった。そして、走り出そうと足に力を込めると、己の膂力が告げるのだ。この距離は、一歩だと。

 膂力が告げるまま、体勢を低くして、アルタナは地面を蹴る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 商人にとってそれは、死を覚悟するほどの衝撃だった。

 目視で、姿を確認できないほどの速度で、それは近づいてきた。

 それは、自分の目の前で止まり。この世のものと思えぬ美しい音を発した。

 それが声だと気づくのに、時間を要するほどその声は美しかった。


「大丈夫ですか?こんな格好でなんですが、お助けしますね。」


 ブラックウルフに襲われた時は死を覚悟した。何かが飛び込んできた時には、さらなる絶望を味わった。それが、少年であり敵意を持たないことを知って、商人の中の絶望は一瞬にして変質した。


「逃げなさい!少年!」


 商人は叫んだ。

 だが、その少年は、商人に微笑みかける。

 ドンという凄まじい音と共に、砂埃が舞う。一瞬少年の姿がぶれて、自分に笑顔で手を差し出す少年の姿。その後ろでは、ブラックウルフたちが崩れ落ちていく姿が見えた。倒れたブラックウルフは、首が胴から離れ、絶命している。

 商人に認識できたのは、ただそれだけだった。


「大丈夫です、あの程度の敵、大したことありません。それより、怪我はありませんか。」


 商人は驚いた顔で少年を見つめるばかりだった。


「あれ、おれ間違えたかな……?あの、大丈夫ですか?」


 少年は商人に尋ねた。ショックを受けたかもしれないと、恐ろしかったのかもしれないと思ってのことだ。


「あ、すまない。大丈夫だよ。助けてくれてどうもありがとう。」


 商人が答えると、少年は微笑んで言った。


「よかった。ところで、服の余りとかありませんか?」


 その言葉を聞いて商人は、少年が裸も同然という格好であることに気づく。


「ななな、なんだね君は!恥ずかしくないのかね!?」

「恥ずかしい……ですが、服は魔物との戦闘中にダメになってしまって。」


 嘘ではないが、本当でもない。少年の服がダメになったのは、再誕に耐えられなかったからだ。


「ダメだダメだ、君のような美少年が着飾らないなど世界の損失だ。早く馬車の中に入りたまえ!」

「え?えぇ?美少年って誰です?」

「君だ!」

「えっと、おれはアルタナって言いますが、俺ですか?」

「そう君だ、アルタナ君だ!」


 少年は、アルタナは、名指しされてしまったので渋々と商人の馬車に入るのであった。


 馬車の中は、服で埋め尽くされていた。それも、全てが優雅に仕立て上げられた一級品である。そして、その奥には巨大な鏡がいくつかあった。

 アルタナの目はその鏡に釘付けであった。


「ほぇー……。」


 アルタナは鏡に映る、自分を見て思っていた。だれだ、この美少年と。


「鏡が珍しいかね?」


 商人はアルタナに問いかける。


「あ、はい。こんなに大きなものは……。」


 アルタナはとっさにごまかした。


「そうだろう?これはな、貴族に頼まれて作ったものを、頼まれて輸送しているのだよ。私の本業は仕立て屋さ。」


 そう言いながら、商人はアルタナが着ているように見えるように服も写す。

 どこぞの王子が着そうな、上品な服だ。


「どうだね?私の店の品だ。とても似合うと思うのだが……。気に入ったかね?」

「すごく、かっこいいですね……。」

「そうかね!じゃあ、これは君にやろう!」

「え?」

「ほら、何をしている。着替えたまえ。」

「え?もらえるんです?」

「不満かね?ならこっちは……?」


 商人はまた別の服をアルタナの前に出す。


「いや、どちらも素敵ですけど……。お金が……。」

「君に着てもらえれば、私の店は王都一間違いなしだ。助けてくれた感謝も込めて、今回は無料でいいのだよ!」


 商人はドヤ顔であった。それはもう、清々しいほどの。

 結局、アルタナはこの商人にタダでは悪いと腰巻を代わりに差し出した。


「これは!エンシェントカースウルフの毛皮、それに鞣しも完璧、いやそれ以上だ!」

「そうですか?」


 アルタナはエンシェントカースウルフの毛皮が高価なことは知っていた。だが、その鞣し技術までもが評価されると思ってなかったのである。


「ぐぬぬ。これを加工するなどもったいなくてできん!これを私に売ってくれるというのかね?」

「はい!」

「ぐぬぬ……金額がつけられん……。一体私はいくら出せば?」

「もらった服と交換で!」

「いいのかね!本当にいいのかね!?」


 商人の反応で、こっちが損をしているのはわかる。だが、そうしなければアルタナの気が収まらなかった。


「価値があるとわかった今、いやと言われても押し付けますよ!」

「おぉ、おぉ!天よ!神よ!大地よ!地獄の果てには楽園があった!」


 その後しばらく商人はトリップしていたのである。

 その後、アルタナは商人と共に一路王都を目指すことになった。

 商人の名前はゴルドン・テイラーといい、王都で店を構える大商人であった。

 店の名前は、「ジャック・テイラー」というらしい。名無しの仕立て屋である。アルタナは、技術だけを提供する職人魂が少しかっこいいと思った。

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