第2話 怪物

 男は痛みに耐えていた。


「あ……あが……ぐぅ……。」


 耐えるために歯を食いしばり息を吐き出す。その息が、限界まで力を込められた声帯によって声に変換される。

 セカンドバースデーとは、文字通りの再誕だ。顔も、声も、それまでに出来た傷でさえ跡形なく消え去り、再びこの世界に生まれ落ちる。手に入れるステータスの総量が大きければ大きいほど、それは大きな変化をもたらす。

 男の体はその膨大すぎる変化を処理するために、魔力の外殻を形成した。ドロドロに溶けて、骨格も、内臓も、その全てが一度ただの液体になる。

 液体は、太陽のように明るく輝き、やがて人の形に戻っていく。

 まるで神の降臨だ。見る者がいれば、それを崇めただろう。

 やがて光が治ると、そこには美しい少年がいた。絹を思わせる艶やかな銀の髪、同じ色の長い睫毛。すうっと通る鼻や、鮮血のような赤の唇。男は、美しい少年として再誕したのだ。まして、再誕の折に長く伸びた髪のせいで少女と見紛うほどの美貌を兼ね備えていた。

 やがて少年の姿となったアルタナは、セカンドバースデーを経験した者にのみ効果を表す呪文を唱える。


「ステータスオープン」


 森はただ、その一言に耳をすませ、静寂に包まれた。

 淡い光に包まれたパネルには、その人物の持ちうる力が包み隠さず映し出される。そのパネルの色には、魂の格が、文字には志の尊さが。

 アルタナのステータスパネルは黄金、文字は黒く縁取られた純白だった。どちらも最高位を表す色である。

 そして、書かれた内容もまた異様だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

名前:アルタナ・ウィルソン

クラス:現人神

レベル:1

生命力:2500

筋力:1200

技量:2000

知力:1900

魔力:1600

持久力:150


スキル

〈剣術150〉〈エンチャント158〉〈弓術138〉〈基礎魔術125〉


特技

〈剣聖〉〈気配探知〉〈鷹の目〉〈魔法適正:究極〉〈美の権化〉〈怪物〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 文字通りの怪物である。レベル1のステータスは5〜10が一般的な範囲だ。これを越えればその分野では天才になる。

 アルタナのステータスはその次元をどんぐりの背比べと称していい物である。

 まして、技能などレベル1で持つものはほぼおらず、特技はさらに希少だ。それがどうだ、達人を花で笑うようなスキルレベルの塊である。


「なんだこれ……。」


 アルタナは、自分のステータスを見てただ愕然としていたのである。

 ステータスを持たない期間のステータスは同然0だ。それにもかかわらず、技量や知識、研鑽と努力だけでレベル1と渡り合うなど正気ではない。だが、それを成したアルタナの努力は彼を怪物へと変貌させたのだった。


「大器晩成……すぎるだろ……。」


 それもそのはず。アルタナは四十三歳である。見た目は、絶世の美少年であるが、この世界では十分に歳をとっている。

 だが、この世界は彼の誕生を今と定めた。よって、彼の肉体は十五歳であり、天が与えた年齢も今が十五歳なのだ。

 そして、アルタナは考えた。これならば憧れていた、冒険者になれると。そのために、町へ行こう。そう思った時だ。


「あ、なんか着ないと……。」


 彼は、裸だった。服は進化の際に耐えきれず消滅し、彼の美しい肉体は惜しげも無くさらけ出されている。


「えっと、ゴーストソード……。」


 詠唱破棄、基礎魔法分野であるが途轍もない知力かスキル熟練度を要するそれを彼は簡単に行った。


「うわ、なにこれ……。」


 そして、彼の呪文に呼応して現れたのはまさに光の聖剣であった。

 アルタナはそのゴーストソードで、絶命し、転がっていたエンシェントカースウルフの毛皮を剥いでいく。


「いや、切れ味良すぎる……。」


 アルタナのゴーストソードは、刃物を超速で劣化させるエンシェントカースウルフの脂肪を難なく切り進んで行く。まるで、雲を切り裂くように。

 それでいて、彼は毛皮を一切傷つけない。彼の剣術スキルは、剣を持った彼を全能に押し上げるほどなのだ。

 わずか1分。エンシェントカースウルフの毛皮を剥ぐのにアルタナが要した時間だ。


「はぇえ……。」


 速い、それと驚愕が合わさり、アルタナは力の抜けた声を上げる。


「あ、鞣し……。えっと、マジック・レザークラフト」


 それは皮鞣しの手間と時間を短縮するために作られた魔法だった。本来は、短縮された分、製品の質を悪化させる。だが、アルタナのそれは時間を短縮し、皮をエンチャントして品質を向上させるに至ったのである。


「うわ、なんか光ってる。」


 後にアルタナが、適当な商人に売りつけ、神の腰蓑として展示されることになる宝具誕生の瞬間である。


「まぁ、これでいいか……。」


 そう呟いて、アルタナはその皮を腰に巻き街道を目指し歩き始めた。

 ちょうどその時であった、街道から悲鳴が上がったのは。

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