大器晩成という言葉がある……だけどこれはそれが過ぎませんかねぇ!
イベリア
王都編~主人公のお尻が狙われるかも~
第1話・二度目の誕生
暗い暗い森の中を、一人の中年の男が息を切らし駆け抜ける。
「はぁ……はぁ……、うっ……ぐぅうう!」
行く手を阻むように生えた、気に足を取られ、捻り、つまづいて。
男は赤黒い巨大な狼に追われていた。
まるで怪物のようなそれの事を男は知っていた。『エンシェントカースウルフ』、幻獣を除くウルフ系モンスターの最高位であり、討伐推奨ランクAの怪物だ。
この怪物一体のために、国が動くような事態だ。
「グルゥウウ……」
エンシェントカースウルフは、唸り声を上げ、男の視線を自分に誘引すると、その足を軽く引っ掻いた。
途端に男の足は赤黒い霧のようなものを発しながら、黒く変色した。
枯死の呪い。エンシェントカースウルフの最大の特徴とされる呪いだ。わずかでも傷をつければ、対象を捕食したも同然になる。傷つけた部位を中心に、生命力を徐々に奪っていく強力な呪い。解呪方法は二つしか存在しない。神直々の祝福が、あるいは自分を呪った個体が死ぬかだ。
だが、男にはそのどちらも絶望的だ。
神の声など聞いたことがないし、自分には助けられるような価値もない。
そして、この狼を殺せる人間はこの国にたったの数十人しかいない。運良く通りかかるわけもないのだ。
ましてや、男自身にはそれは絶対に不可能だった。この世界にはレベルとクラス、ステータスが存在し、一般的十五歳でそれを獲得する。このステータスを獲得した日から、その人間の力は飛躍的に上がる。この日を、この世界の人々はセカンドバースデーと呼び、本来の誕生日より大切に扱う傾向がある。
しかし、男にはステータスが存在しない。いくら鍛えようと、ステータスの有無は絶望的な差を生む。男は、剣も、魔法理論も、神話も、弓ですら懸命に学んだ。
その結果、その全てでレベル1の子供と渡り合うことがようやくできるようになった。だが、その実力はレベル1でしかないのだ。
やがて、男の足は完全に動かなくなった。
男は、自らが育てたレベル1相当のレベル0という怪物ごとその人生の幕を閉じようとしているのだ。
地面にへたり込み、それでもなお男はエンシェントカースウルフを睨みつける。
「こいよ化け物」
男は、そう言いながら自分の倒れた場所から折れた木の枝を拾う。
わずかに尖ってはいるものの、エンシェントカースウルフに傷を負わせるものではない。
だから男はそれに自分の持てる精一杯の魔力を注いだ。
男は、その枝が光を帯びた事に気付いていなかった。エンシェントカースウルフから隠すため、背中の後ろに隠したそれを自分すら見ていなかったから……。
エンシェントカースウルフは、その魔力に気づくと男で遊ぶ事をやめた。取るに足らないものの足掻きは滑稽で面白かったが、その魔力は自分を害する可能性があると思ったからだ。
エンシェントカースウルフは、咆哮し男に飛びかかる。一切の油断なく、その命の全てを即時に捕食する致死の爪撃の射程に男を入れるため。
速かった。エンシェントカースウルフの動きは、音速を遥かに超えていた。
男はそれに合わせて、残った片足て踏ん張り、全身の筋肉の力をその枝先に込めた。
「おらああああ!」
男の掛け声とともに、枝は光を増し、エンシェントカースウルフの目に突き刺さる。
それでもなお止まらず、眼底を過ぎ、脳をズタズタにして、頭蓋を突き抜けた。
「え?」
驚愕した男の視線の先には、脳漿を撒き散らし、体を痙攣させる、エンシェントカースウルフの亡骸だけが転がっていた。
『アルタナ・ウィルソンのセカンドバースデーに於いて、イレギュラーが発生。例外処理、完了。これよりセカンドバースデーが開始されます。獲得ステータスが膨大なため、肉体に大きな変化が予想されます。成長痛にご注意を。』
その声は男が求めてやまないものだった。思えば、長い年月がかかったものだと、男は涙した。
そして今、男の中に眠る、レベル1に匹敵するレベル0という怪物がこの世に産声をあげる。
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