第26話 僕たちはお見合いをした!

お見合いの日程が決まってからも、僕は紗奈恵と連絡を取らなかった、いや怖くて連絡を取れなかった。直接話をして破談になるのが怖かったからだ。


まだお見合いが成立することに不安があった。ここまで運命の糸を繋いでくれたのは大島さんだ。会うまでは大島さんに任せたい。そう思っていた。


僕は母親と会場のホテルに15分前に着いた。ラウンジの端の方から誰かが手を振って合図していた。大島さんだという。その隣に紗奈恵がいた。軽く会釈していた。僕は初めて池内紗奈恵とのお見合いの成立を信じることができた。


「大島さん、お初にお目にかかります。今日はお骨折りいただきましてありがとうございます」


僕は興奮しているからか早口になる。


「いいえ、ご縁があればよろしいですね。こちらが私の高校のクラブの先輩のお嬢さんの池内紗奈恵さんです」


「市瀬雅治です」


「母親の市瀬涼子です」


「よろしくお願いします」


「ご両親は?」


「私のお見合いだから親がとやかく言うことはないと来ませんでした。でも決して反対している訳ではないんです。両親は勧めてくれています」


「分かりました」


「大島さん、この度は池内さんをご紹介いただきありがとうございます。僕と池内さんは中学3年生の時に同じクラスでお互いに知っていました。3か月前に同窓会でもお会いしています。ご縁があったのだと驚いています」


「私はそのご縁というのが結婚では一番大事なことだと思っていますから」


「大島さん、これから二人だけでお話をさせてもらえませんか? 母さんもそれでいい? 何か聞いておくことはない?」


「ひとつだけあります。池内さん、息子は一度結婚に失敗しています。それを承知してこの見合いを受けていただけたのですか? 結婚に失敗するということは片方だけが至らないということではありません。息子も至らないことがいっぱいあったはずです。それを繰り返すかもしれません。それでもよろしいのですか?」


「夫が事故で亡くなったのは私のせいだと思っています。私は息子さんの嫁にふさわしくないかもしれません。それでもよろしいのですか?」


「そういう風に思っていらっしゃるのなら大丈夫です。息子も同じですから、気にすることはありません。お互いにそれを糧にすることができたらいいと思います」


「ありがとうございます」


「じゃあ、お二人は場所を変えたらいかがですか? 私たちはここでもうしばらくおしゃべりをしていきますから」


大島さんが言ってくれた。僕たちはホテルのラウンジを出て場所を探した。この辺りはホテルが多くて、少し離れた場所に別のホテルがあってラウンジもあった。二人はそこへ入った。


「よく僕とお見合いする気になってくれたね。3か月前は断られたから」


「大島さんからあなたとのお見合いの話があった時に、あなたの言葉を思い出しました」


「なんて言ったっけ?」


「この間送っていただいた時、別れ際の言葉です。運命の糸はそんなに簡単に切れるようなものじゃない。切っても切られても結ばれる二人はどんなことがあってもいずれは必ず結ばれるとおっしゃっていました」


「君は一度切れた糸は繋がらない。繋いでもまたきっと切れますと言っていたね」


「あなたは切れてもいいじゃないか。また繋いでみればいいじゃないかと言ってくれました」


「君の気持ちを変えようと苦しまぎれに出た言葉だけど、僕は君とのお見合いの話があった時は身震いするほど怖くなった。こんなこともあるんだと」


「私はあの特急電車に乗ったときに、なぜあなたと結婚しなかったのかと後悔しました。あなたの気持ちが分かっていて、そのときのあなたの立場が分かっていながら、待つことができずに目の前の幸せに飛びついてしまいました。あなたはこのまえの同窓会の帰りに、学生時代に家まで送った時に付き合ってくれと言わなかったことを後悔していると言っていましたね。私も同じ後悔をしていましたが、後悔することはいままでの私の人生を否定するようで、ずっとあなたを受け入れることができませんでした。ただ、今は運命の糸が繋がっていたと思えるようになりました。それに両親があなたのことを勧めてくれました。あのお正月のことを両親も覚えていました。あなたとはご縁があるんだと言って。それでお会いすることに決めました」


「ということはお付き合いしてくれるということだね」


「はい。その前にお話ししておきたいことがあります。私のことをすべて知ったうえで、あなたにもう一度そう言っていただけるかどうか分かりませんが」


「聞かせてくれる」


「私は亡くなった夫に結婚を申し込まれる前に付き合っている人がいました。付き合っていると言うより私が一方的に好きになっていただけかもしれません。クラブの先輩で大学3年生の時、彼は大学院2年生でした。彼は一流会社に就職が決まっていて、私はカッコいい彼と結婚したかった。だから一生懸命でした。そして気を引くために身体の関係を持ちました。でも彼は私の方を向いてくれずに就職して離れていきました。失意の私は何も知らない夫から交際と結婚の申し込みをされて私はそれを受けてしました。彼もまた一流会社に就職していましたから」


「女性が自分を幸せにしてくれそうな男性を何人かから選ぶのはごく自然なことだと思うけど」


「私はあなたが私を好いてくれていることは分かっていました。それで付かず離れずであなたとお付き合いをしていました。私はあなたを含めて3人を天秤にかけていたずるい女です。だから幸せになれなかった。私はあなたを不幸にするかもしれません」


「そんなに自分を卑下すことはないと思うけど、誰でも結婚相手は選んでいるんだから」


「同じクラブでしたから、夫は私と片思いをしていた彼との関係を疑っていたのかもしれません。嫉妬深い人でしたから、それも不仲になった原因かもしれません」


「確かに、僕の部屋に君を探しに来た時に僕も疑われた。でもそれだけ君を愛していたと言うことじゃないのかな」


「でも、独占欲と嫉妬心が強くて、息苦しいほどでした。私はそういう風に愛されるのには向かない女なのかもしれません」


「僕にもその傾向がないとは言えないけど、でもそんなことは当たり前で男の本能のようなものじゃないのかな。彼とはただ相性が悪かっただけではないのかな」


「だから、あなたと上手くやっていけるか心配なんです」


「君の話はよく分かった。それとその心配もよく分かった。でもそんなことやってみなければわからないし、僕はたとえ上手く行かなくても、後悔はしない。その前にできるだけのことをする。だから、付き合ってくれないか?」


「今の話を聞いていただいて、それでもとおっしゃるのならばお受けします。お話をして良かったです。これで引っ掛かっていたものがなくなりました」


「こちらこそ、話してくれて、ありがとう」


「これから私の家へ行って両親に会ってくれませんか?」


「これから?」


「はい」


「君の気持ちが変わらないうちにご両親に会っておくのがベストだと思うから、すぐに会いに行こう」


紗奈恵は電話してきますと席を立った。2~3分して戻ってきて、ぜひ来てほしいと両親が言っているとのことだった。


すぐに二人はホテルの入り口でタクシーに乗って、池内家へと向かった。途中、母と大島さんが歩いているのが見えた。


すぐに池内家へ着いた。ここを訪ねるのはあの正月以来だ。玄関を入ると両親が待っていた。葬儀の時も見かけていたが、あの時よりもまた歳をとっていた。


「ご無沙汰いたしておりました。市瀬雅治です」


「どうぞ、お入り下さい」


リビングに通された。リフォームをしたようであの時とはずいぶん違った印象を受けた。


「今日はお見合いに同席せずに失礼しました。どうしても二人とも同席する気になれなくて」


「このお見合いには気が進まないとか?」


「そうではありません。今回は娘にすべて任せようと思ってのことです。亡くなった彼女の夫と結婚したのは私たち二人が熱心に勧めたからだと思っているのです。それであのようなことになりました。娘はあの時、始めは気が進んでいませんでした。誰かは分かりませんでしたが、気になる人がいたようでした。それがあなただったような気がしています」


「おっしゃっていることはよく分かりました。それですぐにここへ参りましたのは、お嬢さんとお付き合いさせていただこうとご両親に直接お願いに参りました。ただ、私には離婚歴があります。それをご理解いただいた上でのことですが」


「娘はお受けしているのですか?」


「ようやく承諾してもらいました。そうだね」


「はい、お受けしました。私からもお願いします」


「それはよかった。娘をどうかよろしくお願いします」


「これで思いが叶いました。娘さんを幸せにします」


「まるで、プロポーズをお受けしたみたいですが」


「それと同じだと思っています」


「そうかもしれません」

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