第25話 お見合いの話があった!

東京の本社へ異動になって早くも3か月が経っていた。今の仕事は本社の研究開発部にいて、横浜と茨木の両研究所と米国の提携会社と日本の製薬企業との間の研究の調整が主な仕事だ。2年半の海外赴任で向こうのベンチャーとのパイプもできていて、何とか仕事がこなせていた。


マンションに帰ると郵便受に宅配便の不在配達の連絡票が入っていた。すぐに電話して明日土曜日の午前中に配達を依頼した。午後9時過ぎに実家の母親から電話が入った。


「雅治、お見合い写真を送ったけど、見てくれた?」


「いや、まだ見ていない。不在配達があったので、明日の午前中に受け取るようにしたけど、お見合い写真なの?」


「お前のことを高校の同級生だった大島さんにお願いしておいたら、お相手のお写真と履歴書を持って来ていただいたの。中学校と学年が同じだからお前の知っている方かも知れないけど」


「お見合いなんて、今はまだそんな気持ちになれないから」


「もう離婚して4年は経っているし、智恵さんも再婚しているし、気に入らなければ断ってもいいけど、写真と履歴書が入っているから見るだけも見てくれない? 出来れば会ってほしい。大島さんにはお前のことをお願いしているから私の立場も分かって」


「分かった。まあ、見てみるけど」


◆ ◆ ◆

土曜日にお見合い写真と履歴書が届いた。開いてみたが、僕は目を疑った。そこには紗奈恵のスナップ写真と履歴書が入っていた。そのスナップ写真は紗奈恵がニューヨークへ旅行に来た時に僕が撮ってあげたものだった。


また、仲介してくれている大島さんの紹介文があった。それには「池内紗奈恵さんは一度結婚されましたが、ご主人を事故で亡くされて、実家に戻れられています。私の高校の先輩の娘さんで、母親もいい人だから娘さんも間違いなく性格がいいと思います」と書かれていた。


僕はすぐに母親に電話を入れた。


「母さん、お見合い写真と履歴書を見た。その池内さんとのお見合いの話の経緯を聞かせてくれないか?」


「どうなの? その気になった?」


「ああ、3か月前の中学の同窓会に来ていた。彼女とは3年生のとき同じクラスだった。腑に落ちないことがあるから」


「一週間ほど前に、私も高校の同窓会があってね。そこで大島さんに久しぶりに会って、子供たちの話になって、お前が離婚したこともお話したの。そうしたら丁度大島さんのクラブの先輩のお嬢さんがご主人と死別して実家に戻って来ていて縁談を頼まれていると聞いたので、その方とのお見合いをお願いしたのよ。それでお前が嫌がるとは思ったけど、お持ちいただいた履歴書と写真を送ったの。あなたにその気があるなら、すぐにあなたの履歴書と写真を家に送りなさい。大島さんに先方へ持って行っていただくから」


「会ってみたいから、すぐに送る。大島さんには僕が是非会ってみたいと言っていると伝えてほしい」


「そう、乗り気になってくれてよかった。分かったわ。すぐに履歴書と写真を送って」


こんなこともやっぱりあるんだ。運命の糸がまた繋がろうとしている。切られても切られても繋がろうとしている。僕は確信した。


すぐに写真をプリントアウトした。写真はニューヨークで大森さんが撮ってくれた中から選んだ。それから履歴書をワープロで作る。ワードを打つ手が震えているのが分かった。落ち着け! 出来上がった履歴書を何度も確認した。


それらを大型の封筒に大切にファイルに挟んで入れて、コンビニの宅配便で実家へ送った。明日には届くと言う。それを送ってから、僕はようやく落ち着きを取り戻した。


だが、不安が頭の中をよぎる。紗奈恵はお見合いを受けてくれるだろうか? 3か月前も交際を断られた。今度もそうなるかもしれない。いや、その確率はかなり高い。


それから、しばらく母親からの連絡が途切れた。1週間経っても母からの連絡はなかった。僕はもうあきらめかけていた。あの時の興奮はどこへ行ったのだろう。またしても、繋がろうとしていた糸は切れてしまったのか? 彼女の言うように一度切れた糸はもう繋がらないのだろうか?


2週間後の金曜日の夜だった。もう9時をとうに過ぎている。今週も連絡がなかった。僕はどうしても母親に電話して聞く気になれなかった。その答えを恐れていた。買ってあったウイスキーをロックで飲み始める。お気に入りのジョニ黒だが、今日は味が悪い。


そろそろ寝ようかと思った時に電話が入った。母からだった。おそるおそる電話にでる。母の弾んだ声が聞こえた。


「先方が、お見合いを希望されているそうよ。今、大島さんから連絡がありました」


「そう? 本当?」


「あれからすぐに大島さんに写真と履歴書をお渡してお願いしてあったのだけど、大島さんからお返事がなくて私も心配していたのよ」


「大島さんは何と言っていた?」


「お渡しして1週間、お返事がなかったけど、お母様が娘さんを説得されたみたいで、娘さんもようやくその気になったと言っていました。お母親様から連絡があって、本人からも直接よろしくお願いしますと言われたそうです」


僕はホッとして身体から力が抜けた。運命の糸がつながった?


「それじゃあ、お見合いの日を決めなければならないね」


「大島さんもそうおっしゃっていました。都合はどうなの?」


「今度の土日には帰省できるけど、土曜日の午後2時ごろではどうかな? もちろん先方の都合でいいけど」


「分かった。大島さんに伝えてお願いしておくから」


「お願いします。決まったらすぐに知らせて。母さん、いろいろとありがとう」


2日後の夜に連絡が入った。今度の土曜日の午後2時に、同窓会をしたホテルのラウンジで池内紗奈恵とお見合いをすることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る