第24話 告白

2次会ではそれぞれが持ち回りで歌を歌うことになって始まっている。皆それぞれの好きな歌を入れて歌っている。紗奈恵は「君を許せたら」を歌っていた。初めて彼女の歌を聞いたが、意外と歌がうまい。僕も歌が嫌いな方じゃない。この頃は一人で音楽を聴いていることも多くなった。僕は「レモン」を歌った。


ようやく紗奈恵の隣りの席が空いた。すぐに僕は隣に座った。もう時間が残り少ない。ただ、そばに座っていても話題が見つからない。紗奈恵は黙って歌を聞いている。それでも僕は彼女の隣りに座っていることに満足していた。それに彼女は席を移動しようとはしなかった。


どこかで聞いた歌を誰かが歌っている。スナック純で聞いた曲だった。僕には辛い曲だ。聞いていると悲しくなる。紗奈恵はそれをじっと聞いていた。


「なんという曲か知っている?」


「知っていますか?」


「『22歳の別れ』という1970年代の曲だ。」


「聞いていると身につまされる歌詞ですね」


「えっ」


それ以上、言葉がでなかった。紗奈恵は何を言いたかったのだろう。でもどうしてとは聞けなかった。2次会は2時間の予定だった。すぐに時間が来た。


「一緒に帰らないか? 送っていくよ」


彼女は何とも答えなかった。彼女の家はここから歩いても25分くらいの距離だと思う。出口で皆と再会を誓い合って別れた。帰りの方向が同じ数人が歩き始める。僕は紗奈恵のそばを歩いている。


一人減り2人減りして僕たちだけになった。この間にどうしても話しておきたいことがあった。思い切って口に出した。


「僕とやり直す気はないか?」


「えっ」


「僕と付き合ってくれないか? あれから、連絡しても応えてくれなくなったから、連絡だけでも再開してくれないか?」


「辛くなったんです。あなたとお話するのが」


「辛い?」


「何の解決にもならないから。それに私はあなたには似つかわしくありません。一度あなたを裏切りました」


「裏切った?」


「あなたの気持ちを知っていながら、彼との結婚を決意しました。あの歌のとおりなんです」


「いや、あの時の君の決心は間違っていなかったと思う。僕はあの時、彼のように君にプロポーズする勇気も君と生活する力もなかった。ただ、好きなだけだった。だから、今でも後悔はしているけど、それは僕の問題で、君が僕を裏切ったとは思っていない」


「私は裏切ったと思っています」


「覚えている? 大学の学園祭に誘ったら君が来てくれて、今日のように遅くなったので僕が家まで送って行ったこと」


「そんなことがありましたね」


「僕はその時、君が好きだったけど、何も言えなかった、好きだとも、付き合ってくれとも言えなかった。勇気がなかったというか自信がなかった。あの時、好きだから付き合ってくれと言っていれば、君の気持ちを繋ぎ留められていたかもしれない。それが僕の後悔だった。そして、今のようなことにはなっていなかったかもしれない」


「その時の後悔を繰り返したくないから、今、僕の気持ちを素直に君に伝えておきたい」


「僕が結婚に失敗して失意に満ちて関西に赴任してきた時に、偶然に君と再会した。住んでいるところも同じで、その偶然に驚いた。それに決定的なことは君が僕に助けを求めたことだ。驚いたし怖くなった。運命の糸がまだ繋がっていると思った」


「それからは君が知ってのとおりだ。僕は電話をしたり、スカイプをしたりして、君との繋がりを大切にしてきた。でも君はそれを切ろうとした。運命の糸はそんなに簡単に切れるようなものじゃない。今日の同窓会で再会して、僕はそう信じるようになった」


「運命の糸をですか?」


「僕の大学時代の友人が同級生を好きになった。相思相愛だったが、彼女の両親が反対した。彼女は一人娘だった。遠方に彼女を嫁がせたくなかったからだと思う。それで親思いの彼女は結婚をあきらめて彼と別れた。


その彼女に今度は僕の親友が卒業前に惚れたんだ。その惚れこみようはなかった。卒業してからも毎日電話して彼女の気持ちをつかもうとした。でも彼女の両親が反対したので、彼女は親友との交際を断った。


でもそれがきっかけで彼女の気持ちが変わったのではないかと思う。偶然に元カレと再会して、また付き合うようになって結婚したそうだ。


同窓会に出席したときに理由を聞いたらお互いに忘れられなかったと言っていた。それに運命の糸は切れないと言っていた。切っても切られても結ばれる二人はどんなことがあってもいずれは必ず結ばれると言っていた」


「私は一度切れた糸は繋がらないと思っています。繋いでもまたきっと切れます。だからお受けできません」


「切れてもいいじゃないか。また繋いでみればいいじゃないか?」


「怖いんです。それでもまた切れてしまうのが」


「分かった。そこまでいうのなら。でもまた同窓会で会おう。3年後くらいにまた開くと言っていたから」


「そうですね。私もできれば出席します」


「その時までに気が変わっているといいけどね」


「今のままだと思います。そんなことは考えないでほかの人を探してください」


彼女の家の手前で僕は彼女と別れた。後悔のないように今日は気持ちを伝えられた。これで思い残すことはなくなった。東京へ戻ろう。3年後には彼女の気持ちも変わっているかもしれない。それを期待しよう。

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