第16話 ニューヨークでの紗奈恵との再会

成田便の到着ゲート前で僕はリムジンの運転手と一緒に「池内様、大森様」のプラカードを掲げて待っている。


搭乗客が大きなスーツケースを引きずりながら出てくる。最初に出てくるのはビジネス客でそれからツアー客が出てくる。皆ほっとした表情だが長いフライトの疲れが見える。成田からニューヨーク便は遅れもなく定刻に到着していたが、エコノミー席で10時間を超えるフライトは確かにきつい。


女性の二人連れが出てきた。すぐに池内さんと大森さんだと分かった。声をかけて手をふると僕を見つけて安堵の笑顔を見せた。少し疲れているようだがうまく出迎えられてよかった。僕は池内さんのスーツケースを、運転手は大森さんのスーツケースを引きながら駐車場の車へ向かう。


「出迎えがうまくいってほっとしているよ」


「お顔を見て安心しました」


「市瀬君はすっかり垢抜けしてもう立派なニューヨーカーね」


「そうでもない。2年近くになってようやく慣れてきたところだ」


「お世話になります」


「せっかく僕がここにいるのだから、お役に立ちたいと思ってね。僕も二人に会って話ができるのを楽しみにしていたから」


「日本へは帰っていないの?」


「ああ」


「さすがにニューヨークね、空気が違うわ」


「大森さん、空港はジェット機の排ガスの匂いがするからじゃない」


「そうなの、このにおい」


「ニューヨークの街は独特のにおいがする。僕はあまり好きじゃないけどね。行ってみると分かると思う」


駐車場でスーツケースをトランクにしまって、ホテルへ向かう。高速道路を走って混んでいなければ40~50分で到着する。僕は運転手の横に座っている。


「すごい、看板が皆、英語で書いてある。それに右側通行で、運転しているのはみな外人、アメリカへ来たのね」


大森さんが外を見ながらはしゃいでいた。紗奈恵は静かに外を見ている。


ホテルは僕のコンドミニアムから徒歩で10分くらいの所にある。チェックインを手伝って、僕はロビーで待っている。


「ゆっくりでいいから、シャワーでも浴びて」と言ってある。まだ6時前だ。この後3人で食事をすることになっている。二人がロビーに現れた。すっかり着替えている。シャワーも浴びたとみえて、すっきりしている。


「お待たせしました。これから食事とおっしゃっていましたが、私たちはまだお腹が空いていません。到着する少し前に機内食を食べましたから」


「それなら、これからエンパイヤ・ステート・ビルに行かないか。ここから歩いて行けるから、今からなら昼の景色と夜景の両方が見られる」


「それがいいですね。市瀬君のお腹は大丈夫?」


「大丈夫だ。二人の観光が優先だ」


話が決まるとすぐに歩き出した。8月下旬の今頃は暑さも治まってきて汗をかくほどでもない。


「どう、ニューヨークの街のにおいが分かる?」


「独特の匂いがするね。金沢では絶対こういうにおいはしないわ。これがニューヨークのにおい?」


そう言って大森さんがクンクンしている。


「地下鉄からの排気のにおいとレストランやデリの排気の香辛料のにおいが混ざっているように思っているけどね」


「確かに、言うとおりかもしれない。日本人にはちょっとなじめないにおいですね」


「すぐに慣れるけどね」


すぐにビルについた。ビルの外にいる2階建てバスチケット販売員から入場券3人分を購入して2階へ上がる。前もって入場券を買っておくとすぐにエレベーターに乗れる。ここまでは順調だ。エレベーターを乗り継いで展望台へ到着した。今日は晴れているが結構、風が強い。


まだ明るいのでこの展望台を1周しながら、ニューヨークの街全体を説明してあげる。ここはマンハッタン島の中心にあるので、四方が見渡せて最高のながめだ。


ここから見るとニューヨークがマンハッタン島にあることがよくわかる。両サイドを川が流れている。ハドソン川とイーストリバーだ。


少しずつ回りながらその方向にある名所を説明していく。暗くなるまで時間は十分にある。大森さんは地図を取り出してそれぞれの場所を確認して写真を撮っている。


2巡目、3巡目になっても飽きがこないと見える。僕も始めて来た時はそうだった。紗奈恵は無口だが嬉しそうに街並みを眺めている。僕は彼女の横顔を見ている。あの時の憂いはもう見えない。時間が経ったんだな、そう思った。


大森さんが紗奈恵に聞こえないように僕に話しかけてきた。


「市瀬君、ありがとう。池内さんに気を使ってくれて。随分気落ちしていたから」


「ああ、何とか慰めてあげられればと思って、ときどき連絡していて、これを思いついた。少しは良かったのかな?」


「行きたいと言って私を誘ってくれた。それにとても喜んでいたから」


「大森さんと二人で来てくれて本当によかった。ありがとう」


次第に日が暮れてきた。街路や建物の明かりが目につくようになってきた。そうなると暗くなるのは早い。しばらくするとすっかり辺りは暗くなって夜景になっている。街全体が宝石箱のように輝いている。


「すごく綺麗!」


大森さんは一生懸命に写真を撮っている。紗奈恵は黙ってその宝石箱を眺めている。紗奈恵が僕の方を振り向いた。


「誘ってくれてありがとう。とても素敵な夜景ですね。勧めてくれた訳が分かりました」


僕は「ああ」としか答えられなかった。でもそれを聞いて嬉しかった。僕は彼女と会って話したいことがいっぱいあると思っていた。でもいざとなると何を話してよいか分からなかった。


「疲れただろう。降りようか。大森さんも気が済んだ?」


それからエレベーターで降りて、ビル内のハンバーガーショップで簡単な夕食を3人で食べた。大森さんは本場のハンバーガ―が食べてみたかったから丁度いいと言っていた。でも味はやっぱり日本の方がいいと言った。僕もそう思う。紗奈恵は食べきれないからと言って僕に半分分けてくれた。


その後、ホテルまで送っていった。そして明日は9時に迎えに来ると言って帰ってきた。初日として、あの場所を選んでよかった。有効に時間が使えた。二人とも疲れただろう。おやすみ。

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