私の飼い犬は凶暴なのです

「ふぅん? 協力ねぇ……」


「はい。ポーションを作り出すティアさん。そして私が協力をすれば、更なるものを作れます!」


 悪魔は興奮したように声を荒げる。


 そして、奴は白い粉の入った袋を見せつけてきた。1キロはあるのではないかと思うほどの量だ。一体、どれほどの悪魔が犠牲になったのだろうか。それを考えると、平気な顔をして同族狩りをしたヤギ頭野郎にイラっとする。


「これさえあれば、人間どもを我ら悪魔の奴隷に出来ます」


「どうしてそんなに人を軽蔑するの?」


「そんなの簡単です。人は醜い生き物です。堕落し、そのくせ欲深い。それなら、私達で管理してあげようと思った訳です」


「あー、なるほど? それで、人を奴隷にした後、あんたはどうする訳?」


「勿論、奴隷に相応しい働きをさせてあげます。人間は働き、我らが君臨する。素晴らしい世界の完成です!」


「人はそこまで弱くないよ。反感を買って終わりだ」


「そのための薬です。あなたも見たでしょう? 悪魔でもなく人でもない半端者。薬を服用すれば皆、私の言い成りです」


「ああ、確かに、それを服用させれば、人間を操れるだろうね」


「そうでしょうそうでしょう。奴らは半端者として長くを生き、その人生を我らに捧げるのです。……ああ! 素晴らしい。これで私も、悪魔界でのトップに!」


 はぁ、わかった。こいつの目的は、実績を得て悪魔の上位に立つことなのか。


 そのために人間を操って、奴隷として使役する。そして半永久的な世界を作るのは、ただの過程でしかない。

 そんなに簡単に出来ることではないと思うかもしれないけど、それ自体は意外と簡単だ。


 麻薬は人にとって『快楽』だ。欲に深い人間は、すぐにその快楽を欲する。それに悪魔の言い成りになる物質──悪魔の心臓を加えれば、操ることなんて容易だ。


 まぁ私なら、そんな姑息な手段を取らず、一年以内に人を……いや、世界を掌握出来る。


 では、なぜそうしないのか。



 ……ただ単に面倒なだけですけど何か?



 私は上に立つつもりはない。それがどれほど大変かなんて、最高神をやっていて嫌という程味わった。


 下界でも頂点に立つつもりはない。人は人で、魔族は魔族で、神は神で。頂点争いはそれぞれの領分でやってくれと切に思う。


「一つ、質問をいいかな」


「はい、なんでしょう?」


「契約者は何処にやった?」


「殺しましたよ」


 それが何か? と言いたげに、悪魔は首をかしげる。


 ……なるほど。よくわかった。

 やはりこいつは、人間の命をなんとも思っていない。

 ただ替えのきく便利な駒だとでも思っているのだろう。


 そんな奴の作り出す世界なんてたかが知れている。


 確かに人は簡単に掌握出来る。彼ら個人の力は、とても弱い。


 でも人は、強い。そんなにやわじゃない。

 掌握をしたところで、人々は自然と集まり、独自の文化を築き上げていく。そして、いつか幻想の世界は崩壊するだろう。


 ……ああ、そうか。


 だから、人は私のお告げを聞かなかったのか。

 最初は彼らだって神託を受け継いでいたはずだ。でも、いつしか彼らは自分達で考え、新しい文化を築き上げた。まぁ……そのおかげで我が子達は停滞を繰り返しているんだけどね。全く、笑えない冗談だ。


「──ハッ! くだらない」


 だったら創造神たる私自ら、錬金術を広めてやる。


 誰かに指図されるだけのか弱い我が子達にではなく、しっかりと独自の文化を歩んで来た強い我が子達に、私が錬金術の素晴らしさを教えてあげるのみだ。


 どうだ。お前達が必要ないと捨てた錬金術は、こんなに凄いんだぞとドヤ顔で言ってやる。


「……くだらない、ですか?」


「ああ、くだらない。そんな世界を得たところで、私は幸せになれない。そしてお前は、どうやっても上級悪魔にはなれないよ」


「なんですって?」


「あれれ? 聞こえなかったかなぁ?」


 私は嫌味ったらしく笑う。


「あんたにはその資格が無いって言ったんだ」


 リリスを見ていると「ああ、こいつらは小さいな」と思ってしまう。別にサイズの問題じゃない。


 あんなに気高くて誇りある悪魔は、リリス以外にいない。彼女が下の悪魔を見下す理由が、少しわかった。こんな奴らが自分の下にいる。しかも、貪欲に上を狙ってくるんだから、至極面倒だと思うのが普通だ。


「お前じゃ上に行けない。行く前に死ぬだろうさ。……そうだなぁ。飼い犬に噛まれて、案外あっさりと終わるんじゃない?」


 悪魔は黙り込んでしまった。

 プルプルと体を震わせ、拳を強く握りしめている。


「──ああ、私の予想って意外と当たるんだよ?」


「ふざけるなよ。小娘が」


「は? ふざけていないし、誰が小娘だよ。そっちこそ、私を利用出来ると思うなよ。千年も生きていない小童風情が」


 こちとら何歳だと思っているんだ。神様だぞ。永久不滅じゃ。


 幼い容姿が悪い?

 ──なぜか成長が止まったんじゃい!


「──もう、いいです。折角あなたを使って差し上げようと思ったのに」


「お気遣いどうも。でも、いらない気遣いだったね。ご苦労様」


「どこまで私を愚弄すれば気が済むのですか?」


「愚弄しているつもりはないよ。だって本当のことだし? ……もし、不快に捉えたなら謝るよ。ドウモスイマセンデシター」


「…………どうやら死にたいらしいですねぇ!」


 ヤギ頭の悪魔が、魔力を解放する。上半身が膨れ上がり、紳士服は破けてしまった。


「勿体無いなぁ……いちいち本気を出すたびに、その服破いているの?」


「ふっふっふ、勘違いされては困ります。この程度が私の本気な訳ないでしょう?」


「え、じゃあ本気じゃないのに破いているの? 見た目は賢そうなのに馬鹿なんだね。脳筋ってやつ?」


「これを見ても、まだ馬鹿にしますか……良いでしょう。その蛮勇に敬意を示し、一瞬で殺して差し上げます」


 悪魔の魔力が、その数倍は跳ね上がった。


「あ、参考までに聞いておくけど、あなたの爵位は?」


「子爵です。ふふっ、どうです? 貴族階級を持つ悪魔なんて、初めて見たでしょう。今更恐れを感じても──」


 ──ハッ!


「ざっこ」


「っ、貴様ぁ!」


 ヤギ頭が真っ赤に染まった。

 体からは血脈が浮き出ていて、ガチおこだ。


 奴が腕を上げる。


 きっと、あれに当たれば私の体は、粉々に砕け散ることだろう。多分、避けることも出来ない。こんな洞窟の中だ。逃げるにしたって、すぐに追いつかれてしまう。


 でも私は、死ぬつもりはなかった。


「ああ、そうだ。飼い犬といえば、私の飼い犬も結構乱暴なんだよねぇ」


「……いきなりなんです?」


「いや? 不意に思い出しただけ。……ほんと、飼い主のこととなると何でもする困った子だよ。でもね? 絶対に期待通りの働きをしてくれる、自慢の従者なんだよ」


「何を言っているのか、さっぱりですね」


 悪魔はわからないと言い、首を振った。


 そうだね。こいつの言う通りだ。思い出したとしても、こんな窮地に立った状態で言う言葉じゃないのは確かだ。私だって理解している。


 私は誰よりも、無駄なことが嫌いなんだ。




 ──じゃあ、どうして言ったんだと思う?




「もう良いです。死んでくださ──」




 ──ッ、ガァアアアン!


 耳をつんざくような破壊音によって洞窟全体が激しく揺れ、悪魔はバランスを崩した。


 勿論私も立っていることが出来なくて転びそうになるけど、私を包み込む感触のおかげで、私は立ったままを維持することが出来た。


 鼻腔をくすぐる甘い匂い。

 目の端に見えた桃色の長髪。


「……遅いよ」


「申し訳ありません」


 そこには私の忠実な従者──リリスがいた。

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