嵐の夜に 4

『ティア様が攫われた』


 その事実は、私の精神状態を壊すには十分すぎました。


「ティア様が、攫われた……?」



 ──ギリッ。



 歯を食いしばり、拳を固く握ります。


「ハラルドの酒場に、悪魔と契約した男が入って来た。そいつが暴れ、怪我人の治療に駆けつけてくれたティアが、再び暴れ出した男に……」


「悪魔……また、悪魔ですか?」


 悪魔。悪魔。悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔。


 ──悪魔ぁ!


「また、また邪魔を。またティア様を、巻き込んだ……?」


 視界が暗く、そして赤く染まる。


「ふ、くくっ。クハッ──」


「おい、リリス?」




「く──そがぁ!」




 悪魔!

 ただの毛が生えた程度の小童が、私のティア様を誘拐しただと?!


「雑魚が、調子に乗りやがって! 私のティア様を! ──低級悪魔風情ガ、ナメルナァ!」


 怒りの感情を抑えきれず、溢れ出た魔力が私に同調して渦を巻く。


 それによってシュメル達は店の壁に叩きつけられるが、そんなのどうでもいい。


 この怒りはどこにぶつければいい。


 この悲しみは誰にぶちまければいい。


 この感情を、私は────


「リリス!」


 うるさい。


「リリスってば!」


 うるさい!


「──っ! か、ふっ」


 手に感じる湿った温もり。


 気が付いた時には、私の手がミアの腹部を貫通していた。

 慌てて引き抜くと、そこから彼女の血液が止めどなく溢れ出す。


 店の床は、すぐに血だらけになった。


「り、りす……なに、すんのさ。いたい、じゃんか……」


「みあ……?」


「……それ、見えちゃってるよ? いいの?」


 ミアの指は、私の後ろ──悪魔の羽を差している。

 周囲を見回すと、ミア以外は私の魔力に当てられて全員が気絶していた。


 ──っ、そうだ。


 見られたからには口封じを。


 でもミアは、私の……!


「落ち着き、なさいって……いい? ティアちゃんは生きている。悪魔が、わざわざ危険を犯して誘拐するってことは……彼女に用があるってこと。だから、ね? 落ち着きなさい」


「──っ!?」


「…………うん、もう大丈夫そうだ。あとは、頑張りなさいよ」


「みあ? ──ミア!」


 ミアは最後に笑顔を作り、全身から力が抜けました。


 慌てて駆け寄り、彼女の体を抱きかかえます。


 驚くほど冷たい。呼吸は……微かにしています。ですが、すぐにどうにかしなければ危険です。


「確か……地下室にポーションの在庫が」


 ミアをリビングに運び、ソファに横たわらせました。


「ティア様……申し訳ありません」


 在庫の中から純度の高いポーションを見つけ、ミアの口に流し込みます。


 ……良かった。呼吸が安定してきました。

 後は安静にさせておけば、問題はないでしょう。


「本当に、ごめんなさい。私が弱いばかりに……いや、ここは謝っている場合ではない。そうですよね、ミア?」


 彼女からの返答はありません。


 気絶しているのだから、当然です。

 ですが、今の私には、彼女が生きてくれていることが救いでした。


 後は────


「待っていてください。ティア様」


 地の果て全てを捜索し、すぐに見つけ出して差し上げます。

 だからどうか……どうか、ご無事で。

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