嵐の夜に 3

「随分と遅くなってしまいましたわ……」


 ティア様に伝えた時間より、帰りが大幅に遅れてしまいました。

 時刻はすでに夜の8時。二時間の遅れです。


 わたくしは急ぎ、ティア様の待つ家へと戻っていました。


「ごめんね。私のミスのせいで、こんなに遅れちゃって……」


 後ろを走るミアが、申し訳なさそうに謝罪します。


 これほど帰りが遅くなってしまったのは、冒険者ギルドと専属契約を結んでいる冒険者のみが受けられる『重要依頼』にて、少々トラブルが起きてしまったためです。


 冒険者ギルドとの専属契約を結ぶ条件は『Aランク以上』。それだけです。……なのですが、この町は田舎ということもあり、その条件に達しているのは、現在私のみらしいです。


 ……ということで、受けるしかない状況にあった私は、報酬も良いということで仕方なく説明を受けることにしました。


 それは今、ティア様達が追っている『麻薬密売』の元凶が潜んでいるであろう洞窟の調査で、ここで何か有益な情報を得ることが出来れば、ティア様のお役に立てる。


 そう思った私は、張り切って例の洞窟へと向かいました。

 洞窟を探索して怪しい奴を捕まえる。そんな簡単な任務です。


 すぐに終わる予定だったのですが、巧みに隠された『転移』の罠をミアが踏んでしまい、私達は別行動となってしまいました。


 奥広い洞窟のせいで彼女を探し出すのに時間が掛かってしまい、しかも洞窟に潜んでいた犯人は用心深い性格だったのか、生活していたと思われる空間を見つけた時には、すでにそこはもぬけの殻でした。


 しかし、そこには確かに『麻薬』の痕跡があり、依頼は達成ということになりました。


 私はそれに納得出来ません。出来ませんが……逃げられてしまった以上、私に出来ることは何もありませんでした。


 強引に探すことも可能でしたが、この嵐の中です。捜索が難航することは間違いありません。


 これ以上ティア様を待たせる訳にはいきませんから、貰えるものは貰って帰ることにしました。


「ほんとに、ごめん」


「……いえ、罠に気が付けなかった私にも非があります。お互い様ですわ」


 しっかりと注意すれば、簡単に見破れる罠でした。

 ティア様のお役に立ちたいと功を焦って進んだ私にも、問題があります。


「それに、私達は仲間なのですから……それくらいでは怒りませんわ」


「でも、帰るのは遅くなちゃったでしょう? ティアちゃんも、帰るのが遅いって怒っているんじゃない?」


「……いいえ、ティア様でしたら、怒るより心配するでしょう。きっと今も、玄関の方でうろうろしているはずです」


「それでもティアちゃんには謝らないとな。……にしても、私も本当にお邪魔して良いの?」


「勿論です。ティア様にも、私の新たな仲間を紹介したいですし、料理は大人数で囲った方が美味しく感じられますわ」


 ミアの分の食料も買い込んだことですし、何も問題はありません。


 きっとティア様も、彼女のことを歓迎してくれることでしょう。

 ついにリリスにも友達が! と言って、私以上に喜んでくれることでしょう。


 ……ふふっ、その姿が容易に想像出来ますね。


「……なんか、意外よね」


「何がです?」


「リリスは何というか……あまり人に関心がないタイプなのかと思っていたわ。Sランクってのもあるんだろうけど、冒険者の中では異彩を放っているように感じたの」


「これでも私は、誰かと話すのは好きですよ。だから、ミアが仲間になってくれて助かりました」


 仕事が休みの日は買い物のついでに、中央区のおば様方とずっと話していますし、冒険者の方々ともっとお話をしてみたいと思っていました。


 ……ですが、冒険者からは距離を置かれてしまい、少し寂しい思いをしていたところで、ミアが現れました。


「これからも、末長くお付き合いしていきたいですわ」


「ちょ──! その言い方は誤解を招くからダメ!」


「ふふっ、冗談で──チッ。ミア、状況が変わりました。走りますわよ」


「え、ちょっと!」


 不意に察知した複数人の反応。


 それは、我が家から感じられました。

 こんな時間に? 嵐の真っ最中に?


 ──何か、嫌な予感がします。


 ミアに傘を預けた私は、雨に濡れることも厭わず地を蹴りました。


 呆気にとられながらも、しっかりとミアは私の後を付いてきます。『悪魔公デーモンロード』である私の動きに対応出来るのは、さすが元勇者パーティーメンバーと言ったところでしょうか。


 彼女のことは、もう気にしなくて良さそうです。


 今はただ、少しでも早く我が家へ…………。


「ティア様……! ──っ!」


 今はもう閉店しているはずが、店の方は明かりが付いていました。

 その中に、先程感じた複数の反応。ですがティア様の魔力は──どこにもありません。


 私は店の扉を開けます。ざっと見たところ、中に居るのは四人。どれも冒険者風の格好をした者達です。……私が居ない時を狙い、強盗にでも来たのでしょうか?


 素早く状況を見極め、私は店内で一番近くにいた女性に標的を定めました。

 具現化した魔力を縄状に伸ばし、身動きが取れないよう縛り上げます。


「あなたは誰ですか? ティア様を、どこにやりました?」


 首筋にナイフを当て、問い詰めます。


「う、ぐ……」


「返答次第では、その首を刎ねます」


 一筋の赤い線が、侵入者の首元に流れました。


 ティア様からは「危険なことと、暴力沙汰は禁止。殺すなんて以ての外」と言われていましたが……こいつらがティア様に何かをしたというのなら、発言通り私は、人を殺すことを厭いません。


 私は悪魔。

 罪を犯すのは、今更なことです。


「早く答えなさい。それとも、一人ずつ死んでいきますか?」


「ま、待ってくれ! 俺達は付き添いで来ただけだ!」


 別の場所で座っていた男性が、声を荒げます。


「付き添い? ……一体、誰のです?」


「──俺だ」


「…………シュメル、なのですか?」


 奥から姿を現したのは、シュメルでした。


 彼の鮮やかな金髪は雨でずぶ濡れになっていました。おそらく、嵐にやられたのでしょう。……ということは彼らが来たのはつい先程なのでしょうか? エルフ特有の美しい顔は、今は見る影もありません。


 そのせいで彼が『シュメル』だということを認識するのに、時間が掛かってしまいました。


「どうしてあなたがここに?」


「まずは、その女性を離してやってくれ。彼女らは、俺に協力してくれた」


「……わかりました」


 彼らが敵ではないとわかりました。ならば、拘束し続ける必要はありません。

 魔力で作り出した縄を霧散させ、ナイフもペンダントの形に戻します。


 解放した女性に向き直り、頭を下げます。


「申し訳ありません。侵入者だと勘違いしてしまいました」


「い、いえ……気にしないでください……」


 シュメルは何故ここに居るのでしょうか。この方達は、一体誰でしょうか。

 気になることはありますが、それ以上に大切なことがあります。


「ティア様はどこですか?」


 シュメルならば知っているでしょう。

 そう思っての言葉でしたが、彼は……彼らの表情は、揃って沈痛なものとなりました。


 その顔が──とても嫌なものに見えました。


 ドクン、ドクンッと……心臓が強く、うるさく鼓動します。


「ティアは……ここにはいない」


「それは知っています。だから、どこに行っているのですか?」



「攫われた」



「……は?」


「ティアは──攫われた」

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