勧誘していました

 リリスが声をかけた瞬間、困り顔だった受付嬢は途端に顔を明るくさせた。


「リリスさんっ! お待たせしてしまって申し訳ありません。今、少し手が離せなくて……」


「いえ、急いでいないので別に気にしなくていいですわ。それで、どうかなさいましたの?」


「実は…………と言うことがありまして」


「……ふむ、ふむふむ……ああ、なるほど?」


 受付嬢から詳しい話を聞いたリリスは、顎に手を置いた。


「あなた、名前は?」


「ミア。ミア・レーヴァテインよ」


「私はリリスと申します。それでミアさんは、宿代が無い。でも登録をしたばかりなので、報酬の安い依頼しか受けられず、このまま野宿になると困っている。それで間違いありませんね?」


「ええ、そうよ」


「……おかしいですね」


「おかしいって、何がよ」


「だってあなたは、元とはいえ、勇者パーティーの一人なのでしょう? お金はたんまりとあったはずです。それはどうしたのですか?」


 リリスの指摘に、ミアは「うぐっ……」と息詰まった。

 確かに彼女の言う通り、そこまで名声が高いパーティーの一人だったのなら、貯金は沢山あることだろう。


 でも、ミアはお金を持っていない。それはどうしてだ?


「……パーティーを抜ける時、馬鹿勇者に有り金全部ぶん投げたの」


「それはまたどうして?」


「あいつ、勇者だからって調子に乗って……全く冒険に行かないのよ。私や、私の仲間が注意をしても、何一つ聞かずに女を侍らせてばかりで……だから嫌になって、つい……宿代くらいは残せばよかったと後悔しているわ」


 怒りで暴走して、何もかもぶん投げて来た。

 気持ちはわかる。とてもわかる。


「気が付いた頃には、拠点にしていた街から随分と離れていたし……やっぱりお金無いから返してとも言えないじゃない。だから何処かで冒険者登録をしようかと思っていたら道に迷って、もう二日も野宿生活なの! お願いだから稼ぎの良い依頼を受けさせてぇ……!」


「いや、私に言われましても」


 ミアは号泣し、リリスに泣きついた。

 いきなり抱きつかれたリリスは、とても面倒そうに顰めっ面をしている。


「ちょっと離れてください」


「のぁああああ──ぶえ!?」


 そんなの御構い無しに体を揺さぶられ続けていたのがリリスの気に障ったのか、ミアの肩を掴んで引っぺがした。

 その勢いで床をゴロゴロと転がり、最後は壁に背中から衝突した。


「ちょっと何すんのよ!」


「いきなり抱きついてきたあなたが悪いです」


「わ、悪かったわね! ……もういいわ。あんたの相手をしていると、夜になっちゃう」


「ああ、待ってください」


「……何よ」


 その場から去ろうとするミアの手を掴む。

 そしてにっこりと微笑み、予想外の言葉を放った。


「ミアさん、私とパーティーを組みませんか?」


「…………はい?」


 ──おっとぉ? これはまさかの展開だ。


 まさか、リリスの方から誰かを勧誘するとは思わなかった。

 しかも、相手は勇者パーティーメンバーだった人で、初対面だ。


 これには話を聞いていた冒険者達も予想外だったのか、皆同様に目を丸くさせてリリスのことを見つめている。


「一人で依頼をこなすのも飽きてきた頃です。ちょうど、誰かメンバーが欲しいなと思っていたんです」


「え、あ……いや……良いの?」


「はい。ですが、条件があります」


「……その条件って、何よ」


「私と模擬戦をしてください。直接ミアさんの実力を確かめ、私の仲間に相応しいか見極めて差し上げます」


「……それ、勇者パーティーにいた私に言ってんの?」


「そうですよ?」


 下に見られていると思ったのか、凄んだ声で威嚇するミア。


 しかしリリスは、当然のことのように肯定の言葉を発した。


「あなたとなら、久しぶりに楽しい戦いが出来そうです。……ここの冒険者の皆様はどなたも弱く、私の仲間には相応しくありませんでした。ミアさんなら、きっと合格してくれると信じています。頑張ってください」


 さらっと酷いことを言っているようだけど、誰もそれに文句を言えていなかった。


 リリスが規格外に強いのは、この町で活動している冒険者なら全員が知っている。そのせいで雲の上の人を見るように、誰もがリリスから距離を置いた。彼女もそれに思うところがあったらしい。


 そんなところでミアを見つけ、ちょうど良いと勧誘したのだろう。

 悪く言ってしまえば、彼女は巻き込まれたという訳だ。


「その日に稼いだ報酬は山分け。それ以外に何か決めておきたいことはありますか?」


「それより聞きたいことがあるわ。リリスさんのランクは? 今の私は登録をしたばかりだからEランクだけど、Aランクの実力はあるわよ。最低でもBランクじゃないと、どんなに良い条件でも一緒には組みたくないわ」


「そこはご安心を。これでもギルドマスターからは信頼されており、この町で唯一の『Sランク』を任されています」


「Sランク!? そんな、英雄や勇者と同じだって言うの!? どうしてこんな町に居るのよ。私が言えたことじゃないけど、もっと良いところで仕事しなさいよ!」


「私はティア様の従者ですわ。あのお方が居る場所こそが、私にとって最上の居場所なのです」


 なんか、直接言われているみたいでむず痒いな。


「リリスさんって、誰かの従者だったの?」


「ええ、そうですわ。偉大なるティア様。その永遠なる下僕です」


「そのティアって人は……ここには居ないのね」


「おそらく、今頃眠っておられるのではないですか?」


「偉大なのよね? ただのお寝坊さんなだけじゃないの?」


「ティア様は日々地下室に籠って研究をしておられます。きっとお疲れなのでしょう。それに──」


「それに?」


「寝ぼけておられるティア様もお可愛らしいので、私は十分満足ですわ。あの方の寝顔は、眺めているだけで非常に癒されます。たまにふやけた笑顔を浮かべる時があるのですが、それがもう堪らなく愛らしくて……ご飯三杯はいけてしまいますわぁ……」


「あ、そう……」


 目をキラキラさせながら、やや興奮したように熱弁するリリスを見て、ミアは呆れ気味だ。


 ちなみに私は、恥ずかしさで悶絶寸前だった。

 寝顔を覗き見されているとは思っていなかったし、外でこんなことを言われているのは、ただの拷問に近い。


 最近、リリスはよく食べるな。そんなにお腹空くくらい頑張っているのかなぁ……と思っていたけど、まさかそういうことだったの?


「──っと、少々興奮してしまいましたわ。それで勧誘の件、どうなさいますか?」


「やるわ。私の剣技、見せつけてやるんだから!」

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