授業参観です

「よし、無事に着いたな」


 一時間後、私はギルドに来ていた。


 入り口を通った私に、誰もこちらを振り向かない。

 私が見えていないかのように、みんなは普段通りの会話をしていた。


「……良かった。ちゃんと機能している」


 地下に籠って準備をしていたのは、新しい道具を作るためだ。


 これには『気配遮断』『気配隠蔽』『熱源遮断』『透明化』『音抑制』『声遮断』『無踏歩』の7つが刻まれている。


 完全に気配を消すため、そういう系の効果がある刻印を、ふんだんに詰め込んだ物だ。


 おかげで、誰も私の存在に気が付いていない。


 ……ふふっ、これで私は完全な透明人間。えっちぃことを沢山してやるぜぇ……とはならない。

 だって、冒険者は男性がほとんどだ。逆にどうやってえっちぃことしろと?


「ふむ……リリスはどーこーにー……あ、いた」


 桃色の髪は目立つので、キョロキョロと見回すだけですぐに見つかった。


 彼女はギルドに備え付けられた酒場で、休憩していた。


 ヴァーナガンドさんに聞いた通り、リリスの周囲には誰もいない。近くの席は空いているのに、近寄り難いのか誰もリリスの近くに座っていなかった。


 酒場に誰も居ない訳ではない。


 むしろ沢山の冒険者が、休憩所として利用していた。


「なんか……意外だな」


 ヴァーナガンドさんの言葉を疑っていた訳ではないけど、それでも信じ切れなかった。


 でも、こうして自分の目で見たことで、本当なんだなと理解出来た。


「気に入らないな」


 みんな、リリスに話しかけたいような雰囲気を出しているけど、誰もが牽制しあって話しかけられずにいる。


 そのせいで、うちのリリスがハブられているみたいに見えて、なんか気に入らない。


 リリスは何も気にしていない風を装っているけど、一ヶ月ちょっと一緒に過ごしていた私にはわかる。あの顔は、少し寂しいと思っている顔だ。


 彼女は悪魔に対してプライドを高く持つだけで、本当はかなりのお話好きだ。中央区の商店が並ぶ場所で、おば様達と日常会話で盛り上がっているのをよく見る。


 本当は冒険者達と話したいんだろうけど、変に距離を置かれているせいで、上手く話せていない。そんな雰囲気を、リリスから感じる。


 今すぐ道具を外して駆けつけたいけど、それでは観察の意味がないからグッと我慢。


「……さて、次に行きますか」


 溜め息を一つ、ジョッキに残っていた飲み物を飲み干したリリスは、新しい依頼を受けるためにカウンターへ向かった。


「……ん?」


 だけど、そこで問題が生じた。


 リリスの前に、誰かがカウンターにいた。


 その子は燃え盛るような紅の髪をしていた。


 腰には同じように紅く染まった剣が二本。双剣スタイルの剣士なのか、体は良い感じに細く引き締まっている。


 ここら辺では見かけなかった少女が、カウンターの受付嬢と何かを言い合っている。


 話をよく聞いているとどうやらその子は、さっきこの町に来たばかりで、新しく冒険者登録をしたらしい。それなのにランクよりも高い依頼を受けようとして、受付嬢にストップを掛けられている。そんな感じだ。


「だから! 私は勇者パーティーの元メンバーだから、その依頼でも問題ないって言ってんじゃん!」


「ダメです。いくら実力があっても、ルールには従っていただきます。あなただけを特別扱いは出来ません」


「生活費が無いの! このままだと私野宿よ!?」


「借金すれば良いのでは?」


「プライドがあるの!」


「では頑張ってください」


「むきぃいいい!!」


 ……なんか、大変そうだな。


 というか、今『勇者』って言った?

 勇者って、あの勇者だよね?


 周りの反応を見ると────


「おい、勇者パーティーだってよ」


「マジかよ。本物か?」


「初めて見たぜ……」


「どうしてこんな場所にいるんだ?」


 そんな風にヒソヒソ話していることから、意外と勇者という名前は知れ渡っているらしい。


 それはそうか。


 勇者は人々の敵、魔族の王を滅ぼす存在だ。

 知れ渡っていなければ逆に変だ。


 二人はずっと喧嘩しているように言い合っている。

 当然、誰も近づこうとはしない。


 カウンターは一つだけではなく、三つも設置されている。

 依頼を受けたいのであれば別の場所に行けばいいだけだ。


 わざわざ面倒事に首を突っ込む必要はない。

 冒険者は好戦的だけど、面倒なことは嫌う。だから誰もが遠巻きに見つめるだけだ。


「あの……どうかなさいました?」


 そんな中、二人に声を掛ける人が居た。


 桃色の髪をなびかせて登場したのは、私の従者──リリスだ。


「何か問題が起こっている様子。私で良ければ、お話を聞きますが?」


 彼女はそう言い、親しげな笑みを浮かべるのだった。

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