二人の戦いです

 ギルドの裏には、闘技場のような施設がある。


 リリスとミアの戦いは、そこで行われるらしい。


 冒険者の人口が多い昼の時間帯、ギルド内の目立つ場所で決闘の話をしたせいで、それを聞いた冒険者達が盛り上がり、闘技場の観戦席は人で溢れかえっていた。


 私は姿を隠したまま、人気のない場所で二人の決闘を見守ることにした。


 『遠見』と『暗視』の魔術刻印を刻んだ道具を持ってきているので、遠い場所からでも決闘の様子がはっきりと見える。


 他の世界で『遠眼鏡』と呼ばれている道具に、『暗視ゴーグル』の要素を付け加えた物だ。


「──あ、これを商品化すれば爆売れするかも」


 二つはやり過ぎだと思うので、『遠見』だけを刻んだ遠くを見るだけの道具になるけれど、それでもあるだけで相当便利なものになるだろう。


 でも、適正価格がわからないので、ジュドーさんと要相談だな。



「……お? そろそろ始まるかな」


 中心の方で何かを話していた二人は、ようやく互いに距離を取ってそれぞれの武器を構えた。


 ミアは二対の剣だ。


「……ふぅむ、ギルドで見た時も思ったけど、面白い剣だな」


 それは今も生きているかのように、怪しく脈動していた。

 あの剣からは、微かに魔力が放出されている。見た目からして炎属性。


 それに対して、リリスは何の装飾もされていない槍を手に持っていた。


 あれは、私が新しく発明した武器だ。


 刻まれている魔術刻印は8個。

 『魔力吸収』『物質変換』『超速錬成』『具現化』『遠隔操作』『性質強化』『強度倍化』『与撃向上』だ。


 元はペンダントになっていて、脳内で思い描いた武器に形を変えることが出来る、持ち運びの楽な武器だ。


 『魔力吸収』は空気中に漂う魔素を取り込んで、ペンダントに溜めてくれる。足りない物質は『物質変換』で補い、『超速錬成』と『具現化』で即座に形作る。『遠隔操作』は手元を離れてしまった時や、失くしてしまった時、すぐ手元に戻ってくるようにした。言ってしまえば保険だ。


 後半の3つは、武器の性能を上げるだけの刻印だけど、単純なだけ発揮される効果がわかりやすい。


 ただ相手を殺すためだけに作られたような武器だ。


 勿論、販売はしていない。


 ジュドーさんにあれを持って行ったら白目を向かれた。その反応を見て、これを販売したらやばいことになると悟ったのは、未だ記憶に新しい。


「審判役はヴァーナガンドさんが務めるみたいだね」


 ……あの人、めちゃくちゃ忙しいって言っていたのに、こんなところで何しているんだろう。


 ノリノリで開始の合図をし、二人は同時に地面を蹴った。


 中心でぶつかり合い、衝撃の余波が私のところまで届く。


 二人とも人間とは思えない速度で移動し、お互いに武器をぶつけ合う。


 手数の多い双剣の方が有利かと思いきや、リリスは落ち着いた様子で全ての剣撃を捌いている。

 槍は近距離に入られなければ、有利に立ち回れる武器だ。それは使用者の技量に応じて変わるけど、リリスの技は卓越していた。


 ミアは何度もリリスの槍を弾こうと剣を振るうけど、逆に弾かれ、弱点を晒すはめになっている。


 リリスはそんな隙を一つも逃さず、徐々に逃場を封じ始めていた。


 突き刺すだけではなく、叩く、なぎ払う、足を払い、柄の部分でフェイントと臨機応変に構えを変更し、ミアを翻弄している。


 ミアの表情には、僅かに焦りの色が見え始めていた。


 リリスに接近出来たのは、最初の一回。それ以降、一度も接近を許されていない。


「リリス、あんなに強かったんだ……」


 魔法型なのに槍で戦えるの? というのが、正直な意見だった。


 だってミアは本物の剣士だ。

 そんな相手に不得意な武器で大丈夫かと心配だったけど、リリスはそれを良い意味で裏切ってくれた。


 二人の戦いが始まるまで、それぞれ自由に歓声を飛ばしていた観客達は、いつの間にか誰も口を開かなくなっていた。


 ミアの剣技に目を奪われ、リリスの槍捌きに魅了されている。

 かくいう私も、二人の戦いから目を離せなくなっていた。


 みんな、偶然始まった二人の決闘に釘付けだ。


 二人はそれに応えるように、動きを加速させていく。

 それは残像だけを残し、やがて剣と槍のぶつかり合う音のみが聞こえるようになった。


 戦闘力の面では皆無な私は、もう二人の戦いについて行けない。


 でも、こんなところで諦めたら、主人として情けない気がした。どうにかして追いつこうと、私は必死に目を動かす。


 何度かの攻防の後、二人は同時に後退し、距離を取った。




 ──おそらく、次の一撃で決着がつく。




 ミアは両手を広げ、二振りの剣に魔力を流す。


 すると、剣は燃え盛る炎の柱となった。その影響で彼女の周囲は火の海で囲まれ、これは堪らないと審判役のヴァーナガンドさんもミアから距離を取る。


 ミアは炎の柱と化した双剣を合わせ、天を貫く巨大な柱を作り出した。膨大な熱量が闘技場の壁を溶かす。

 リリスの背後の観客席にいた冒険者は、身の危険を感じて即座に席を立ち、安全と思われる反対側まで急いで走った。


 そんな中、一番近くにいるリリスは、炎なんて見えていないとでも言うように、いつも通りの涼しい顔をしている。


 必殺技と呼べるものを繰り出そうとしているミアに対し、リリスは


 武器を構えることも、隙だらけなミアを狙うことも……余裕の表情だけを浮かべて、佇んでいるだけだ。


 挙句には、早く来いと指をちょいちょいと動かして、ミアに挑発をしている。

 これにはミアさん激怒。私の耳にも微かに聞こえるくらいの声量で、リリスに文句を言っていた。


「だりゃああああああ!!」


 魔力の収束を完了したミアは、裂帛の叫びと同時にその柱を振り下ろし──その一拍後、町全体を揺るがす轟音が鳴り響いたのだった。

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