愛しの我が子です
リリスに案内された場所はリビングだった。
そいつは男だった。
後ろ姿で顔はわからなかったけど、私と同じ白い髪をしていて、真っ黒なローブを身に纏っている。そのローブが魔力の放出を抑えているのか、ただそこに居るだけでは誰も彼が魔王だと疑わないだろう。
「お待たせ」
その声に、男が振り向いた。
見た目30代くらいの男性だ。
でも、それは見ただけの感想に過ぎないことくらいはわかっている。
彼を真正面に捉えてようやくわかった中身の質が、異常に大きかった。流石は魔王と名乗っているだけある魔力量だ。多分この人は見た目以上に生きている。魔族は人よりも長生きだ。それは体の作りが異なっているからで、魔力量が多ければ多いほど生命力が上がる。
──そのように私が創った。
彼ら魔族は私の性質を強く受け継ぎ、錬金術を広く、そして長く繁栄させるために創ったのだから。
だからなのかな。魔王の雰囲気が、どこか私に似ているような気がする。そして、とても懐かしいような感覚がした。これの正体は……。
「あなたが魔王でいいんだよね?」
「お、おお……」
私を見てわなわなと震える魔王。
立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。
「ティア様、危険ですお下がりください」
リリスが構えた。
私の前に立ち、魔王から遠ざけようとしているのを、押し退ける。
魔王は私の前で止まり、膝を折って私に頭を下げる。
「ずっと……ずっとお会いしとうございました、我が君」
……うん、これでわかった。
最初は姿も形も変わっているのでわからなかったけど、数千年の時も経てば魔族だろうと変わるものだ。それを忘れていた。そして、今思い出した。
「リリス、少し席を外してくれるかな?」
「……大丈夫なのですよね?」
「大丈夫だと思うよ。魔王が何もしないのならね」
「勿論です。俺が我が君に害を及ぼすなど、ありえない」
「本人もそう言っていることだし、ここは私に任せて。魔王も私に用があってここに来たみたいだし、終わったら呼ぶから店番を頼むよ」
「わかりました」
「……意外と素直だね」
「私はティア様の決定に従うだけですわ」
「……そう、ありがと」
何かあったらすぐにお呼びください。リリスはそう言い残し、リビングを出て行った。
魔王が私に何かをしようと思えば、何かを言う前に私は殺されるだろう。
……まぁ、そうならないことは私が知っているけどね。
「さ、まずは座って話そうよ」
私はいつも自分が座っている椅子に座り、魔王はその反対側に腰を降ろした。
「
「ええ、お久しぶりでございます。我が君」
「…………えっと、その『我が君』ってのやめない? 一応お前は魔王なんだからさ」
「そんなの関係ありません。我らを産んでくださったのは、あなた様です。あなたは我らの母にして、主人。これは数千年の時が経とうと変わりませぬ」
「……でも、やっぱり我が君って言われるのはこそばゆいな」
「では、ララティエル様と……」
「それも却下。私は神であることを隠して生活しているの。ティアって呼んでくれる? いや、そう呼んで」
「──ハッ! 承知しましたティア様」
魔王アイヴィス・ヴェルズゲートは恭しく頭を下げた。
彼は私が創り出した原初の民、その内の一人だ。
魔族は特に私の、創造神ララティエルの力を強く受け継がせ、魔族の代表者にアイヴィスと名付けた。だから私が見た時、どこか懐かしく感じたんだ。
ある意味、私の子供と言えるような者は、このアイヴィスだけかもしれない。それだけ彼は私とそっくりに創られている。姿形の異なるホムンクルスのようなものだ。流石に私のように世界を創造することは彼の『器』では不可能だろうけど、魔力の質はとても近い。
にしても、こんなところで本当の我が子に出会えるとは思っていなかった。
「アイヴィスは何度目?」
「12でございます」
「その様子だと記憶は引き継いでいるみたいだね。……苦労をかけるよ」
私がアイヴィスに一つだけ教えたことがある。
それは『概念魔法』だ。概念とはその者の本質を見出す魔法であり、その者が望めばありとあらゆる現象を呼び起こすことが可能となる。それに魔力は関係ない。彼が望めば魔法は完成する。それが概念というものだ。
アイヴィスはそれで何度も『転生』を繰り返したのだろう。
数千年も生きていれば、この程度の魔力量では収まらない。逆にありあまる魔力のせいで暴走してしまっていただろう。でも、彼の魔力はとても安定している。最初は制御出来ているのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。
だとしたら私が知っているのは、概念魔法で自らの概念を修復し、未来に転生することのみだ。
アイヴィスは12度目と答えた。
つまり、彼は11回も死を繰り返している。
私が世界をほったらかしにしていたせいで、いつの間にか魔族が敵視されるようになり、11回も彼を死なせた。そして今もなお、彼をこの世界に留まらせてしまっている。
創造神として、彼らの母親として申し訳ない気持ちになる。
「ティア様、俺は後悔していません。こうしてあなた様にもう一度出会えることが叶ったのですから、むしろありがたいと思っています」
「忠実な我が子がこの世界に残っていてくれて、私は嬉しいよ」
「はい、俺もです」
心の片隅で思っていたことがある。
私が概念魔法を教えたのは、このアイヴィスのみだ。
でも、この世界の技術は全てにおいて下がっている。もしかしたら彼は、概念魔法を十分に扱うことなく死んでしまっているのではないだろうか? 一度死んでそれで終わりになっているのではないだろうか? と心配だった。
「アイヴィスは、ちゃんと私の言葉を覚えていてくれたんだね」
「勿論です。……ですが、ティア様もご覧になったことでしょう。この世界の現状を」
アイヴィスの顔が悔しげに歪んだ。
「何が起こった? お前が知っていることでいいから、私に教えて」
「……あれは世界が創られてから、僅か百年が経った時のことです」
アイヴィスは重い雰囲気で、口を開いた。
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