魔王がやって来ました

「急に壮大な話になったな」


「どうなの?」


 シュメルとの距離を詰めた。

 近いと手で押し退けられるけど、それくらいでは止まらない。


「…………満足は、していないな」


「なんで?」


「生きづらいからだ。もっと平和な世界だったら良かったのに……そう思ったことは一度や二度ではない」


「何が原因?」


「決まっている。魔族だ」


 ……魔族か。


「その魔族ってのは、みんなに何をしたの? 私は良く知らないんだ。教えてくれる?」


「魔族は昔に人と大規模な戦争を起こした。それのせいで魔物が生まれた。それのせいで俺達は苦しんでいる。魔族は敵だ。人と、俺達亜人の共通のな」


「魔族と敵対している理由は、本当にそれだけ?」


「……ああ、そうだ。魔族は遥か昔に敵対し、魔物を生み出した。そう言い伝えられている」


「それは違うよ」


「……何?」


 私はシュメルの考えを否定した。

 だって、おかしいじゃないか。魔族は何も悪くないのに、こうして責められているのだから。


 ……前から気になっていた。


 どうして魔族が敵とされているのか。小耳に挟んだ感じ、どうやらその溝はとても深いようだ。

 そうその溝を埋めることは出来ない。そんな諦めが、誰からも感じられた。


 もしかしたら魔族は、本当に何かをしたのではないか? 

 そう思っていたけど、どうやらそれだけではないらしい。


「確かに魔族は、人と戦争を起こしたんだろう。でも魔物は、魔族達とは一切関係がない」


「どうしてそう思う?」


「むしろ、どうしてその程度のことがわからないの?」


「…………」


 私の強い口調を受け、シュメルは押し黙った。


「魔物は自然発生した魔力だけの生命体だ。その場に残った魔力の残滓によって生まれ、独自の生活環境を手に入れている。森に魔物が多く住み着いている理由は、魔力の残滓が霧散しにくいから。それが溜まりに溜まって、より強い魔物が生まれてしまっているんだね。つまり、だ。魔物を生み出したのは人でもあるってこと。その責任を押し付けているだけだよ。……はぁ、この程度もわからない人達に勘違いされて敵になっただなんて、魔族が可哀想だよね。こんな馬鹿なことで何人が不幸になったんだろう」


 どうしてこの程度のことがわからなかったのか。

 誰かが魔物を調べれば、簡単にわかることだ。


 でも、誰もそれを調べなかった。それはなぜか?

 それも簡単なことだ。調べる技術がなかっただけのことだ。


 魔物が死んだら『魔核』だけを残して霧散する。そんな相手を調べようだなんて、誰も思わなかったんだろう。

 『魔物は共通の敵』それがわかっていれば、それでいいと諦めてしまった。


 それが魔族が敵視される過ちの始まりだ。


 ……ああ、本当に魔族が可哀想だ。


 彼らも私の子供と同じ。

 そんな我が子達が、同じ我が子達の怠惰によって苦しい思いをしているなんて……もし一番最初に出会ったのが魔族だったのなら、私は彼らに味方していたことだろう。


 いや、今でも遅くはない。


 だからってこの町の人達を裏切るなんてことは出来ない。彼らも等しく私の子供なのだから。


「俺は何も聞かなかったことにする。だから、ティアはこの話を他で話さない方がいい。お前の身のためだ」


「……ふむ、わかった。その忠告、覚えておくよ」


 確かにこれは、他で言ったら大変なことになる。

 魔族に加担するものとして捕えられる可能性だってある。


 ここはシュメルの言葉に従っておこう。


「……長居しすぎた。今日のところは帰るよ」


「待て」


「ぐえっ……もう、何さ」


 首根っこを掴まれたせいで、変な声が出てしまった。


「最後に一つだけ聞きたい」


「急に何さ」


「お前も急に質問してきただろう。今度は俺の番だ」


「ああ、そう……別に良いよ。一つなら答えてあげる」


 別に何度でも質問をしていいんだけど、シュメルは変にそこを意識する。要は真面目なんだ。


「お前は何のためにここに来た?」


 はっ、と薄く笑う。


「随分と掘ってきたね」


「いいから答える。嘘は許さない」


「はいはい、約束だからね。ちゃんと答えますよ」


 答えると言った手前悪いけど、これはあまり意味のない質問だ。

 なぜなら、私はこれを何回も言っているのだから。


「私はただ静かに暮らしたいだけだよ」


「……本当か?」


「本当だって。じゃなければこんな田舎に来ないよ」


「ここは田舎だが、少し特殊だ。昔から、何か事情を抱えた流れ者が集まりやすい。ティアもそうなんじゃないのか?」


「そう言うシュメルはどうなの?」


「…………俺、は」


「……ふふっ、ごめん。言いづらい事情もあるよね。とにかく私は、スローライフを楽しみたいだけだから。これだけは本当のことだよ? でも…………」


「でも、何だ」


「それを邪魔する奴には、其れ相応の罰を受けてもらう」


「──っ!」


 息を飲む音が聞こえた。


 私は真剣な表情をふにゃっと崩し、いつも通りのあどけない笑顔を浮かべた。


「はい、これで質問タイムはおしまい。リリスを待たせているから、次こそは帰るよ」


 また何か欲しいものがあれば店に来て。それだけを伝え、私は外に出た。



「うーん……やることは無いけど、やりたいことばかりだ」


 そんな意味不明なことを呟きながら、帰り道を歩く。

 今日の私は矛盾しまくりだ。でもそれは、仕方ないことなのかもしれない。


 ──魔族と会って話を聞きたい。


 でも、魔族の住む大陸に渡るのは危険だ。

 連れて行ってもらうには、リリスの協力が必要か? となれば、ちょっとした旅行と洒落込んでも良さそうだ。



 ──錬金術を広めたい。



 この町でやることはやった。邪魔者をあぶり出すのは、ジュドーさんやアリス王女に任せるのみだ。


 やりたいことはある。

 けれど私がやることはない。


 そんな狭間に立たされ、複雑な気持ちだ。


 この町で暮らしていると、どうしても時が経つのを遅く感じてしまう。

 何かやれるのではないのかと思うけど、別に急いでやる必要もないとも思ってしまう。


 ここに初めて来た時、ハラルドさんはここの人達は適当だと言っていた。


 どうやら私も、それに染まってきたらしい。

 ははっ、と自嘲気味に笑う。


「私なりにエンジョイすれば良いだけの話だよね」


 先程、シュメルと話したばかりだ。


 私はスローライフを楽しむ。唯一の従者リリス、そしてギルドの人達と、何かが起こるまでゆっくりとのんびり過ごせば良い。


「……今日のご飯は何かなぁ」


 ふと、中央区から良い匂いがした。


 鼻腔をくすぐり、お腹の辺りが切なくなる。

 今頃、リリスはお昼ご飯を用意してくれていることだろう。


 それもとびきり美味しいやつをだ。

 考えるだけでよだれが出てくる。


 若干早歩きになり、少しでも早く家に帰ろうと急ぐ。


「ただいまー」


「…………ああ、ティア様。お帰りなさいませ。ちょうど良いところに来てくださいました」


 遅れてリリスが玄関の奥から顔を出した。

 ちょうど良いところに……?


 何か問題があったのかな?


「何かあったの?」


「ティア様にお客様が……」


「客?」


 今はジュドーさんもヴァーナガンドさんも、麻薬の件で何処かに出掛けてしまっている。

 アリス王女は来る前には必ず連絡を入れてくれるから違うだろう。

 シュメルはさっき会ってきたから絶対に違う。


 ……ってことは誰だ?


「その……実は、ですね……」


 珍しく歯切れが悪い。


「魔王がいらっしゃっています」

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