暇を持て余した神様です

 話し合いはその後も順調に進んだ。

 一先ずは悪魔関連で怪しい奴を捜査するということになって、私達は解散した。


 ジュドーさんは短い挨拶をして、対策のために職員と何処かへ行ってしまった。


「アリス王女は、これからどうするの?」


「私は一度王都へ戻り、父上と今回の件について話し合おうと思っている。……ティア殿を身勝手に拘束してしまったのもあるからな。それも含めての話し合いだ」


「良い結果を期待しているよ」


「ああ、期待していてくれ。君のおかげで調査の方も進み出せる。本当に感謝しているよ」


 アリス王女が手を差し出す。


「まだ感謝するには早いんじゃない? でも、気持ちは受け取っておくよ」


 私はその手を掴み、握手を交わした。


 アリス王女と騎士達は、感謝と謝罪の意味を含めて、私の店で色々な物を買っていった。


 ポーションは勿論のこと、長旅をする上で役立つ道具や保存食も何個か購入してくれた。私は、今後もお互いに良い関係を築けるようにと、サービスで全員分の鎧と剣を新品同様に修復してあげた。


 その時のみんなの驚いた顔は面白かった。


 シュメルも言っていたけど、こんなに早く、しかも完璧に修復する技術の持ち主は、王国全てを探しても私くらいなのだとか。これは鍛治職と錬金術師の特権とも言える技術なので、そんなに簡単に負けるつもりはない。


 でもこれで、完全に私への疑いは消えたようだ。


 こんなに凄い技術を持っているのだから、普通に商売をした方が、危険な麻薬を取り扱うことより稼げるだろうという考えらしい。


 私としては、まだ少しだけ疑っていたのかよ。という気持ちの方が大きかったけど、これで変な疑いをかけられなくなるならいいやと、ポジティブに考えることにした。




          ◆◇◆




 それから数日が経ち、事態は思ったよりも進展を見せていなかった。


 すぐにジュドーさんとアリス王女が動いてくれているはずだけど、まだあまり情報を掴めてはいないらしい。


 私に出来ることは今のところ何一つもない。


 そして田舎は思ったより何もない。

 それはそうだ。それが『田舎』というものなのだから。


 そして、人は何もすることがないとどうなるか?


 答えは簡単、何も考えなくなる。ただ平凡な生活に身を任せ、毎日をだらだらと過ごす。

 刺激が欲しいと思っているわけではない。それがスローライフというものなので、文句はなかった。



 ──スローライフ万歳?



 ああ、勿論だ。


「でも、少しは何かあってもいいんじゃない? と思うわけよ」


 私はそう呟く。


「そこんところ、どう思う?」


 独り言のように天井を見つめながら呟き、奥の方にいるであろう人物に問いかける。


「知るか」


 その声は簡素なものだった。


「えー? つまらない回答だなぁ……」


「知るか。いきなり家に来たと思ったら、意味のわからないこと言いやがって……用がないなら出てけ」


「そんなんじゃシュメルもモテないよ?」


「うるさい。モテるためにここにいるのではない」


「……ちぇ、いかにもシュメルらしい答えですね……っと」


 私は待合室にある椅子から飛び降り、カウンターの奥まで歩く。

 どうしても拭いきれない薬品の臭い。病院らしい臭いだ。


 私は今、シュメルの家に来ていた。


 特別な用があったわけではない

 ただただ暇を持て余していたところ、そういえばシュメルの家に行ったことがなかったな……と思ったのでふらりと来たのだ。


 今はこの通り、邪魔者扱いされているけど……。


「こら、勝手に入ってくるんじゃない」


「別にいいじゃん。私だってただの一般人じゃないんだから、別に危険な物も取り扱っていないんでしょう?」


「……まぁ、そうだが」


「ね? だから大丈夫だって」


「あ、おい……ったく。物だけは壊すなよ」


「もし壊しても新品に戻してあげるよ」


「そうじゃなくて、静かにしているという約束をさせろ」


「わかったわかった。約束するから首根っこ摘むのやめれ! ……もうっ!」


 掴まれた腕を振りほどき、私はようやく拘束から逃れることが出来た。

 カウンターの奥は薬品の入った瓶が、棚にずらりと並べられていた。


 うむ、流石は町で唯一のお医者様だ。


 どんな病気にも対応出来るよう、沢山の種類の薬が用意されていた。中にはエルフにしか扱えないような『秘薬』と呼ばれる部類の希少な薬品もあった。


 効果はある程度なら見ただけでわかるけど、そこそこ強い。……これは戦闘力の意味ではなく、薬の効果での意味だ。


 私から購入している薬品以外は、全て自分で作っているとシュメルは言っていた。


 ……ふぅん?


 この世界に来てから、クラフターの質は落ちていると思っていたけど、技術が良い奴は十分な腕を持っているんだね。


 使っている器材の質をもっと良くすれば、もっと良い薬を作れるだろうな。

 ただ、その質の良い器材というのがこの世界に流通していない。そこが残念なところだ。


「でもこれなら、私がいなくなっても大丈夫そうだね……」


 そう言って気がつく。

 元々シュメルは一人でこの町を支えてきた。私がいなくなったところで、何も変わらないだろう。


 ……余計な心配だったか。


「今回の件のことか?」


「……ん?」


「今回の麻薬の件があるから、お前は弱気になっているのか?」


「そうじゃないよ。厄介に感じているのは確かだけどね」


「お前は何が絡んでいると予想している?」


 ……ああ、そうか。


 シュメルはあの会話に参加していない。麻薬だとは知っていても、まだ詳しい情報は明かされていないのか。


 そして私は迷う。

 これを彼に言って良いものなのかと。

 知っておいて損はない。でも、知ると危険が増す。


「教えてくれ」


 シュメルは真っ直ぐに私を見つめた。


「……はぁ、仕方ないな。今回の麻薬の件で絡んでいるのは、間違いなく悪魔だ」


 シュメルの眉間が歪む。

 また悪魔か……そう言いたげなのは、彼の雰囲気からよくわかった。


「気持ちはわかるよ。……ほんと、やってられないよ。私はただ静かに暮らしたいだけなのに、外から面倒事がやってくる」


 これも神の導きってやつならば、私はそれを今すぐに消し去りたい。


「……不満なのか?」


「ん?」


「だから、お前はこの生活に満足していないのかと聞いているんだ」


「……えー、どうだろうね。わからないや」


「なんだそれ。お前から聞いてきたことだろう」


 呆れられた。

 でも、わからないのは本当だ。


 私は望んでこの田舎に来たので、勿論満足はしている。


 邪魔が入るのは仕方ないと割り切っていた。世の中は常に動いている。それの中心が今ここだというだけのこと。この件が終われば、またすぐに静かな生活を取り戻せると、そう思っている。


 満足していないのは『この世界に』だ。


 私は全ての力を使ってガイアを創世した。


 それなのに私の満足のいく世界ではなくなっていたのだから、不満があるのは当然だろう。

 だから満足しているし、満足していない。


「シュメルは、この世界に満足している?」


 だから私は、シュメルにそう問いかけた。

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