姫騎士が来ました

 数日後、私は店のカウンターでダラけていた。


「店員として、その態度は如何なものかと思うが?」


 抑揚のない声でそう言うのは、この町ただ一人の医者シュメルだ。


「別にいいじゃん。客がいないんだもん。ちゃんとやる理由もないよ」


「俺も客なのだが」


「……じゃあ、何か買ってよ」


「在庫は十分だ。無駄遣いする訳にはいかない」


「ただの冷やかしは客じゃないもーん。目の前でダラけて問題ないもーん」


 現状、店に頻繁に出入りしているのは、シュメルだけだ。


 ジュドーさんは他の用事のせいで、ほとんどの時間をギルドで過ごしているらしい。どうやら、少し面倒なことを調査しているのだとか。変なのに巻き込まれるのも嫌なので、あまり詳しくは聞かないようにしていた。


 たまに冒険者の人達が武器と防具の修理をしてほしいと来るけど、ポーションは冒険者ギルドの方で販売しているのを購入しているのか、この店の薬はあんまり買っていかない。買うとしても冒険で役に立つ消耗品くらいだ。


「ティア様、ギルドのポーション補充からただいま帰りましたわ」


 カランカランと店のベルが鳴り、リリスが帰って来た。

 彼女にはギルドで販売しているポーションの定期補充に行ってもらっていた。


「今日はどうだった?」


「いつも通り、ポーションはしっかりと売れましたわ。でも、他はイマイチですわね」


「やっぱり、ポーション以外はあまり売れないか」


「ええ……どうやら、変な噂が立っているようで」


「変な噂? なにそれ?」


「……ああ、それは俺も小耳に挟んだことがあるな」


「あら、シュメルさんも既に知っていましたか」


「詳しい所まではわからないがな」


 え、知らないの私だけ?

 でも噂なんてあったかな。それが売り上げに関係しているのなら、詳しく知りたいけど。


「どうやら周辺の町で、未知の薬品が出回っているらしい」


「未知の薬だって? ポーションはこの町以外で売っていないから、全く別物だと思うけど……それがどうしたの?」


「その薬は落ち込んでいた精神を高ぶらせたり、普通では出せないような力を出せたりと、普通の薬とは少し違う。ただ、副作用が危険で、激しい嘔吐感や幻覚に見舞われるのだとか」


「継続して服用しなければ、感情が脆くなるとも聞きましたわ」


「…………ああ、なるほど。それか」


「知っているのか?」


 精神を安定させる。異常な力を与える。

 副作用には幻覚と、激しい嘔吐感。そして連続で服用しなければ、感情の上下が激しくなる。悪く言えば情緒不安定になる。


 この情報を聞いたら、これくらいしか思いつかない。


「それは一般的に『麻薬』と呼ばれている物だね。一時期の効果は凄いけど、その分中毒性が高くて、時に人格すらも壊す危険な薬だよ」


「どうしてそれを、ティアが知っている?」


「前に別の場所で見たことがあるからだよ。作ろうと思えば作れるけど、欲しい? 最悪人生壊れるけど」


「いや、いらない。そんな危険な物を持っていても、困るだけだ」


「そう。賢明な判断だと思うよ。……でも、そうか。麻薬が流出しているのか。一体誰が、どこで?」


「出どころはわからない。だが──」


「うん……ポーション以外の薬が売れないのは、多分それのせいだね」


 ポーションは噂が出回る前に安全だとわかっているから、冒険者の皆はまだ購入してくれている。

 でも、他の薬が同じように安全かわかったものではない。



 ──チッ、面倒なことになった。



 まさか麻薬ごときに、売り上げの邪魔をされているとは思わなかった。

 これは、後でギルマスを含めて話し合う必要があるな。


 もしかしたら、ジュドーさんが言っていた面倒な調査というのは、麻薬が関係しているのかもしれない……というのは流石に考え過ぎか?


「──ティア様。何やら、外が騒がしいようです」


 そのことにいち早く気付いたのは、リリスだった。

 少し遅れてシュメルが、最後に私が異変に気付く。


「大勢の反応が、一直線にこの店にやって来ます」


 ガチャガチャと、鎧で武装をしているような音だ。

 それが大勢、私の店に向かって来ている。


「……どうやら、穏便な話ではないようだね。シュメル、裏口を使わせてあげるから、そこから出て行って。外から来る人達にバレないようにね。リリス、案内してあげて」


「わかった」


「ティア様、お気を付けて」


 二人は階段を降りて行く。


 ──さて、誰が来るのだろうか?


 ゆっくりと来客を待っていると、やがて店の扉が乱暴に大きく叩かれた。

 壊れたらどうするのさ。責任とって弁償してもらうからね。


「そんなに叩かなくても、開いてますよー」


 私の言葉がちゃんと聞こえたのか、次は乱暴に扉が開かれた。


 だから壊れたらどうするのさ。


 その程度で壊れるような補強はしていないから別にいいんだけど、気分はあまりよろしくない。


 店内に大勢の鎧を着た人達が押し入って来る。全員揃って抜刀状態という、完全に敵意剥き出しだ。

 胸の辺りに何処かの国旗のエンブレム。……ってことは、国の騎士さんかな?

 真ん中の人だけ、他と鎧が違う。持っている剣も…………多分、その人が隊長なのだろう。


 ……リリスがここに居なくて良かったな。いきなりこんな失礼な態度で来たら、怒りがプッツンして暴れること間違いなしだ。それに対して、何の力も持たなくて抵抗できない私は、おとなしく両手を挙げて降参のポーズだ。


「私の店にようこそ。商品を買いに来た……て感じではないようだけど、何の用?」


「私はヒューバード王国の第二王女、アリス・マレット・ヒューバードだ!」


 真ん中の人が声を張る。

 まさか女性で、しかも国の第二王女様だとはね。これは予想外。


 ヒューバード王国というのは、ここら一帯の領地と、いくつかの小国を占めている大きな国家だ。


 でも、そんな重要人物が、こんな田舎町に何用なんだろう? 荒々しい声の質からして、友好的ではないのは確かだ。


 アリス王女は兜を脱ぎ、鋭い視線を私に向ける。


「ここで怪しげな薬を販売していると聞きつけた。貴様の身柄を捕縛する! 逃場はないと思え!」

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